第5話 ぺろぺろ
「僕の好物? 鶏の唐揚げ、好きなことは好きだけど、大好物ってほどじゃないよな。愛菜ちゃんにそう言った覚えもないし」
「より正確に言い直すわ。あなたが大好きだった物、よ」
「え? 大好きだった……てことは何だ。過去形? 今は嫌いになった食べ物? 何だそれ。ぜんぜん、自覚がないんだが」
「このヒントを聞いても分からない?」
「分からないどころか、かえって混乱している」
「それじゃあ、第二ヒントも出してあげるわ。私自身、嫌いな物だから。嫌な思いを押し殺して、やっとの思いで食べたわ」
「ううん? ますます分からない。嫌いな食べ物っていうけれど、そんな感じには聞こえなかった。うまそうな咀嚼音だった印象なんだけど」
「うーん、味は悪くなかったかな。自分で味付けしたから。ただ、初めて食べる物だったから、料理の仕方に苦労した」
「初めて? それを早く言って欲しかった。あ、いや、でも分からないことには変わりがないんだよな。初めて食べた物なのに嫌いってことは、見た目の問題か? それに、僕もその食べ物は嫌い……ううーん、まるで心当たりがない」
「降参?」
降参ていうか、最後に来て急に難度が高くなってない? 君が今、初めて食べたってことは、僕は以前にその咀嚼音を聞いているはずないし。どう転んでも、正解のしようがない。正解させる気のない問題じゃないかと……」
「ある意味、そうかもしれない。でもね、ヒントを辿れば正解しても不思議じゃないと思うんだけどな」
「いや、真剣に考えて、想像を逞しくしたけれども、戸惑いが大きくて、わけが分からなくなっている」
「そう? だったら、この問題は外れでいいのね? その場合、私があなたを許すかどうかは、答を知ったときのあなたの反応を見て決めることになるけれども」
「そうなのか……大丈夫。何が来ても、納得の行く答なら、受け入れるよ」
「あら。あまりあっさりしているのもつまらないわ。もうちょっとヒントを出そうかと用意していたのに。それを聞いたら、正解にだいぶ近付く、ほぼほぼ答だと言ってもいいくらいの大ヒント」
「そうなんだ? 一応、聞かせてほしい」
「ヒントその三。普通、食べるものではありません」
「何?」
「ヒント四。世界中にいくらでもいると言えばいるし、たった一つと言えばそうとも言える」
「な、何を言っているんだ、愛菜ちゃん」
「ヒント五。これまでにあなたも私も、それを何度となく見た経験がある。ヒント六。でも、今日、いえもう昨日のことね。昨日、あなたは一度も見ていない。私は見たけれどね」
「……なんか……分かんないが、凄く嫌な感じがしてきた」
「その嫌な感じが、正解を射貫いているかもしれないわよ? 食べ物以外で、あなたがかつて好きだったけれども、今は嫌いになっているはずのもの。そして昨日、会いに行ったけれども会えなかったもの」
「まさか」
「さあお待ちかね。映像、つなげるわね。今まさに起きている出来事を見てちょうだい」
「え」
“ゴクリ”
「――うっ。うわーーー!」
「まだ早いでしょうが。赤に染まった私の顔と手しか映ってないじゃないの。ほら、全体を見なさい」
「……な。何だい、それは」
「それってどれのこと?」
「愛菜ちゃんが手に持っているそれだよっ。何で三本目の手があるんだ?」
「三本目なんかじゃないわ。ほら、ちゃんと肘のところで切断されてる」
「う。気色が……」
「この手に見覚えはある? さすがにないか。私ほどあの子のことを見ていたとはさすがに思えないから」
「そ、そういうってことは、やっぱり、その手……宝田さんの……?」
「あははははははっ! それ、答えてよかったのかしらね? ここは嘘でも、分からないって答えるのが筋でしょっ。私の機嫌を取るためには、ねえ?」
「い、いや、だって、あれだけヒントを聞かされたら……」
「嫌でも分かるって? それでもなお、分からないと答えて欲しかったなあ、私。がんばってこんな物、口にしたのに。ほら、ここ」
「……ひっ」
「ね? 最初に食べたのが人差し指。ほらほら、骨が剥き出しになって、ほんと、骨付きのフライドチキンの残りみたいね。次が小指。小指だから何とか骨までぼりぼりいけたけれども、正直、滅茶苦茶固かったんだから」
「うう……僕のせいでこんな……?」
「そうだよ? 今さら反省して、後悔しても遅いってことを分からせるにはこれが一番よね。あ、そうだ。手だけだとまだ実感が湧かないんじゃない? もっとおぞましい物が、隣の部屋にはあるのよ。見せてあげる」
「や、やめてくれ」
「だーめ。あなたには見る義務があるのよ、貝塚正太郎クン。ついでに、そろそろそちらの映像も見られるようにしてくれないかしら。あなたの表情を見たいの」
「……」
「――隣の部屋にやって来たわ。灯りを点けるけど、さっきよりも衝撃的な“絵”が目に飛び込むと思うから、注意してね」
「うう……うわぁあああ!」
「いい叫び声だこと。いったいどれを見て、そんな悲鳴を上げたのかしら。画面の角度からすると……これかな。ちょうど、頭が映ったのよね? 距離があるし、汚れてるし、はっきり見せてあげようかな」
「やめろっ。持ち上げるなっ」
「大きなスイカぐらいの重さがあるって言うけれども、これは軽く感じる。脳みその関係かしらね、あははは」
「……」
「無視っていうのはなしでしょ、貝塚正太郎クン。あなたが原因で起きたことなのだから、責任を持って見てくれないと。そうそう、さっきも言ったように、そっちも映像をつないで。目を背けていないことを証明してよ」
「……そうしたら、もうやめてくれるか?」
「やめるって何を」
「し、死体を冒涜するような行為一切を」
「……分かったわ。私だって、趣味じゃない。ただただ、あなたの驚きの表情が見たかったのがメインの目的なんだから。――はい、戻したわよ」
「……あ、ありがとう。い一応、礼を言うよ……」
「憔悴しきった顔ね。期待していたのとはだいぶ違うなあ。もう衝撃は過ぎ去ったってことかしら」
「衝撃はずっと続いてる……とにかく気分が悪い」
「ん~、それだとつまらないから、もう一回」
「え、何だって?」
「さっきの頭、宝田咲恵のだと思ったでしょ。だけど、違うんだな、これが。ほらっ、サプライズ!」
「ぎゃ! な、何で宝田さんがいきなり映る、ん、だよ――」
「あははは、あははははは! ははははははっ!」
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