第4話 ぱくぱく
「どうかしら」
「これって……これこそが梨じゃないか?」
「あら。本当にちゃんと思い出して、聞き分けてくれていたのね。正解よ。先ほどの話を聞いて、急遽、出題する音を変更したんだけど」
「逆に助かったかもしれない。時間をおいてあとで梨の音を聞かされたら、迷っていたかも」
「うーん、失敗だったかな。じゃあ、三つ目の出題はこれにしようかな、っと」
“ふーふー……ずずず……はぁ……コトッ”
「どう? ほぼ飲み物に近いってことで、難しいかしら」
「そういうからには、スープ、汁物と思っていいんだろうね。愛菜ちゃん、何だかんだ言いながら、優しいなぁ。ヒントをちゃんとくれる」
「分からないわよ。嘘をついているかもしれないし」
「そ、それは困る」
「ふふ、嘘なんてつかないし、引っ掛けもしないつもりよ。あなたと違って、私はフェアなんだからね」
「……みそ汁だと思う」
「うん? ああ、解答ね。みそ汁と思った根拠はあるのかしら」
「引っ掛けがないということだから、最後に聞こえた“コトッ”というのは器をテーブルに戻した音なんじゃないか。普通、洋風のスープは容器を持って飲むことはない。ただ、カップスープがあるから絶対とは言えないんだけど。でも君がカップスープを飲んでいるのを見た記憶はないし、フェアだって言うのなら、やっぱりお椀に入った汁物だろう。辛い物は愛菜ちゃん、苦手にしてたから、東南アジアや韓国料理ってこともなさそう。あとは勘になる。少なくともとろみの付いた汁物じゃないことだけは言えるかな……あれはちょっと息を吹きかけたくらいじゃ、適温まで冷めないと思うから。それでまあ、日本の汁物となったら、みそ汁が代表格だし」
「それでいいのね?」
「う、うん。絞り込みようがないから、直感で」
「――ぶっぶー。外れよ」
「え、みそ汁じゃなきゃ何だったのさ」
「正解は、溶きタマワカメスープでしたー。外されたら外されたで、意外と嬉しいものね、これ」
「ワカメスープ……そういや、中華を食べに行ったとき、何度か頼んでたっけ。完全に除外してしまってた」
「初めて外して、動揺しているかもしれないけれど、どんどん行くわ。追い詰めてやるから」
“ふーふー……ずずず、ずずず……ポシャッ”
「似た感じのを敢えて持って来たけれども、いかが?」
「これは、素直に、ラーメンだろ? 何度も食べに行ったから、君の食べるリズムを、僕も何となく覚えている。麺が長いとすすりきれずに噛みきって、その分の麺が、スープに落ちるんだ」
「それだけ自信たっぷりなら、確認する必要なさそうね。そうよ、正解」
「よかった。ほっとしたよ」
「安堵されると何かむかつく。次、えっと五問目」
~ ~ ~
「――正解よ、合ってる」
「ふぅ……我ながらよく当てているなと感心するよ。愛菜ちゃんのことをちゃんと見てたんだなっていう証として、認めてくれると嬉しいんだが」
「ふん。まだよ。――ここまでの集計は、二十九問出して二十七問に正解。間違えたのは二つだけだから、最初の条件だったとしてもまだ踏ん張ってるわけね、生意気にも」
「がんばってるんだから、もう少し優しい言葉を……」
「甘えないで。まだ許したんじゃあないんだから」
「はい……」
「けれども、結構長い時間やって来たし、次の三十問目で区切りにしようか」
「よ、よし」
「次、正解すれば、無条件で許すことにするわ。間違えた場合は、そのあと考える」
「分かった。さあ来い」
「……」
「……まだ?」
「用意に時間が掛かるの。最後は生音で聞かせてあげるから、楽しみにしてよね」
「生? 何でまた最後だけ……」
「そうする必要があるんだな、これが。実を言うと、出題している合間合間に、ちょっとずつ準備を進めていたのよ。あなたを驚かせたくってね」
「? あ、ああ。何にせよ、生で聞かせてもらえるのはありがたいよ。録音した音よりかは分かり易いはずだ」
「さあ、どうかしらね。よし、準備完了。このあと食べ始めるから、ようく耳をすませて、聞いてなさい」
「う、うん」
「では、いただきます」
“かっ。じゅぶり。くちゃくちゃくちゃ”
「――どう?」
「まだ何とも。肉っぽい印象を受けたけれども」
「そうね、肉系よ」
「やっぱり。しかし他に手掛かりが……あのさ、もう少し食べてもらうことはできないかな」
「できるけど」
「お願いしたい。可能なら、さっきとは多少違う感じでかぶりついて欲しい」
「しょうがないな。やってみるわ、音を立てるために、下品になるけど」
“じゅぶり。がきっ。こりこりこり。……くちゃくちゃ。ちゅぱちゅぱ”
「――どうかしら」
「……少しエッチな音に聞こえなくもなかったんですが」
「ばか」
「真面目な話、同じ物を食べたんだよね? たとえばブタの丸焼きを食べているとして、部位によって全然違うという場合があると思うんだけど、今、君が食べたのは同じ部位?」
「同じよ」
「そうか……じゃあ、無理をして骨か軟骨を食べたとか?」
「そうね。それはある」
「だったら、骨付きの鶏肉か、煮豚ってところか……。煮豚の軟骨はそこまで硬くないと思うから、骨付きチキンの唐揚げという気がする」
「本当にその答でいいのね?」
「うっ。確証はないけど、他の可能性を追うと、収拾が付かなくなるからな……」
「ヒント、あげましょうか」
「お、ほんと? ありがたい、まじ助かる。お願いします」
「うふふ。あなたが大好きな物よ」
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