第3話 ごくごく

「あ、あの、異議を唱えたい訳ではないんだけれども……さすがに厳しすぎる気がして」

「何でよ」

「ま、まず、何問出されるのかを聞いていない」

「何問? 出題数なら、そうねえ、百四十は集めたと思うけど?」

「百四十? む、無理じゃないかな。だってほら、僕と愛菜ちゃんとで食事をする機会はそれなりにあったけれども、百四十もの食べ物や飲み物を、僕の前で口にしたかなあ?」

「言われてみれば、全部はあり得ないわね」

「だろ? いくら君に注意を向けていたとしても、聞いたことのない咀嚼音までは多分、当てられないよ」

「うーん、そっかー。仕方がないわね。だったらごくごく当たり前にある食材に絞るのでどうかしら」

「絞っていくつくらい?」

「分かんないけど、多分、六十ぐらい?」

「六十……まだきついかも。そ、その六十の中には飲み物も含まれているんだよね?」

「そうね。緑茶、麦茶、コーヒー、紅茶、炭酸飲料……」

「そういった飲み物を聞き分けるのは、無茶苦茶難しいと思うんだ。喉を鳴らす音には、たいした差はないんじゃないかなーって」

「そうかしら。喉だけじゃないんだけど。緑茶やコーヒーだと、熱いから、フーフーやって冷ます音も入っているし、炭酸系はよく耳をすませば炭酸の弾ける音が聞き取れると思うんだけどな」

「い、いやいや、愛菜ちゃんの言う通りだとしても、緑茶とコーヒーの区別は無理っぽいし、炭酸なんて世の中に何種類あるのって話だし」

「うーん。あなたを困らせて、懲らしめたい気持ちもあって言いだした提案なんだから、多少の無理は受け入れてくれて欲しいんだけど」

「あうう、そう言われると返す言葉に困る……で、でも、最初っからクリアできる可能性がない、可能性があるとしても極めて低ければ、それは条件じゃなくて、シンプルに僕に対する意地悪、嫌がらせってことに……」

「言うじゃない」

「い、いや、あの、こんな風にハードルを示してくれるっていうことは、愛菜ちゃん、君も僕を完全に見限った訳ではないと信じたいんだ。ほんの少しでもいい、僕を許して関係を元通りにしたいっていう気持ちが、ほんと、極々わずかでもあるんだったら、希望の持てる条件にして欲しい。お願いします」

「……仕方がない。ここは私が大人になるべきね。じゃあ……三十問出して、誤答は三つまで。四つ目の間違いをやらかしたとき、あなたと私との縁は完全に切れる」

「……まだ厳しいかも」

「これだけ譲歩したのに? 図々しい」

「もう少しだけ、僕の言い分も聞いてほしい。懸念があるんだ」

「懸念ねえ。言ってみなさいよ」

「電話口で聞くという状況のせいで、自信が持てないんだよなぁ。ほら、僕が君の咀嚼音を聞いたシチュエーションて、百パーセント、居合わせたときのみだろう? 電話を通しての音だと、だいぶ、いや、全然感じが異なると思うんだ」

「言い分は理解した。けれども、その主張を全面的に認めるとすれば、会わなくちゃならなくなる。それに、録音した音と実際の生の音とは違うという言い逃れだって、成立しかねないわ。まさか、私にリアルタイムで飲み食いしろとは言わないわよね?」

「そこまではさすがに……言えないよ」

「だったら、適当なところで折り合いを付けましょ。今回は私の方が有利な立場にいてしかるべき。四の五の言わずに、条件を飲みなさい」

「し、しかし」

「ま、三つ間違えたら即アウトというのはきついでしょうから、判定基準は私の気持ち一つで決めることにするからね。せいぜい、私の機嫌を損ねないようにして」

「えっと、それってどういう……?」

「気付いてないみたいだから教えてあげる。声だけでやり取りしてることを忘れてない? この状況って、音を聞かせてあなたが解答して、正解だったかどうかをあなたはどう確かめるのかな?」

「それは……君を信じるしかない、というわけか」

「そういうこと。では始めましょ。最初はこれ」

“さく。ぱか。さく。しょくしょくしょく”

「どう? 聞こえたわよね?」

「ああ、聞こえたよ。二つ、思い浮かんだ」

「何と何?」

「リンゴと柿。三日月型に切ったのを、かじって、割って、噛み砕くってイメージが浮かんだ。ただ、愛菜ちゃんはかたい柿が好きじゃないから、わざわざ収録するかなと思う」

「じゃあ、リンゴ? もう一つ、似たような果物が抜けている気がするんだけど、いいのね」

「似たようなって、梨かい? 梨は水分が比較的多いだろうから、噛み砕くときの音がもっと湿った感じになるんじゃないかって気がして……分からんけど」

「分からないという割には、結論が早くない? やけになってるんじゃないでしょうね?」

「無論、やけになって言ってるんじゃない。大真面目に考えて、君とデートしたときのことを思い出していた」

「……」

「さっき、あれこれと理屈を付けたけれども、後付けに近い。結局は、君がどんな風に食べて、音を出していたかを必死になって思い出そうとしている」

「へー、いい心がけだわ。じゃ、リンゴでいいのね?」

「うん」

「――おめでと、正解よ」

「安心するのは早すぎる。まだたったの一問、当てただけよ。えーっと、はい、次これ」

“しゃくしゃくしゃく”

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