第5話
「どうして私は今日も生きているんだろうね」
夫がそう呟きました。そんな夫を見てみると手には新聞紙が。どうやら何かの記事を読んでいたのでしょう。
「どうかしましたか」
「いやぁほら、こういう記事を読んでいるとよく思うんだよ」
そう言って見せてきたのは自然災害の記事。ただでさえ広範囲に及ぶものであったのにそれが起きたのが深夜帯だったものですから、死傷者はかなりの数発表されていますし今後も増えると言われています。
かなり大きな災害でしたから、夫が見ている新聞以外にもテレビやネットニュースなどがメインで取り上げています。テレビについてはその内容のものしか放送していないと言っても過言ではないでしょう。
「こうやってなんの罪も無い人の命が奪われていっているのを見ているとね、『どうしてそんな人たちが亡くなって私が生きているんだろう』って思うんだよ。私がそんな人たちよりも長生きしている意味があるのかって、ね」
「意味ですか。生きることに意味が必要ですか?」
「ふむ、難しいね。そもそも『自分が生きる意味』を理解して生きている人なんてほとんどいないんじゃないかな」
「貴方は理解しているんですか?」
「私はしてないね。だからこそ悩んでいるんだよ」
「そうですか」
そう言う夫は本当に辛そうな顔をしていました。感受性豊かなのは構いませんが、こうした記事を読んだだけでも心にダメージを受けてしまうのは考えものです。
「それならいいじゃないですか。理解していないもので比べることは出来ませんよ」
「そうなんだけどね……」
「私は貴方が亡くなったら後を追います」
「えっ」
「冗談で言っているつもりはありませんよ。とは言っても実現させるのは難しいかもしれませんが」
私の言葉に相当驚いたのか、目を丸くしたまま固まってしまいました。そんなことを言われるとは想像も出来なかったのでしょう。
「そうか……それなら私は生きないといけないね」
「当然です。私のためにも生きてください」
夫は苦笑いをしていました。
冷静に自分の発言を振り返ってみれば、少し重すぎた気もします。夫を負のループから抜け出させるためとはいえ、私にしては出過ぎた真似だったかも知れません。
少しでも元の空気に戻すためにと私から質問を投げかけました。
「ちなみに、私が先に亡くなったらあなたはどうしますか?」
……余計に私という存在が重くなった気がします。流石に悪手過ぎではないでしょうか。
私の質問に対して夫は、今度は苦笑いではなく大声で笑ってから答えてくださいました。
「そんなの聞くまでも無いじゃないか! もし君がいなくなってしまったら追うまでもなく、さっさと弱って逝ってしまうさ」
「そうですか」
「そのくらい、君は私にとってかけがえのない存在なんだよ。私の人生において君は必要不可欠だからね」
そう言った夫はここ最近で一番優しい顔をしていた気がしました。私が夫に対して甘いのと同様に、夫も私に対して甘いのでしょう。夫婦の離婚理由として『価値観の相違』がよく挙げられる時代ですから、そういった意味ではとても良いことなのかも知れません。
「さて、今日は休むつもりだったけど少し原稿でも進めようかな」
「大丈夫なんですか?」
「大丈夫大丈夫。ちょっと進めたら今日はやめにするし、今なら筆が少し進みそうな気がするからね」
「分かりました。休息も大切なのですから、今日は作業をしすぎないようにしてくださいね」
「もちろんそのつもりだよ」
そう言って自分の書斎へ入っていった夫でしたが、結局私がお昼御飯で呼びにいくまで作業を続けていました。
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