第3話
名が世間に知れるようになってから、夫は様々な媒体からインタビューを受けるようになりました。テレビの番組やコンビニに置いてある雑誌の表紙などで夫を見るのは、何だかとても不思議な気持ちになります。
夫は元々それなりにオープンな方ではありましたので、文学の専門誌やインターネットのニュースサイトから取材を受けることはありました。これは当然のことですが、その際にインタビューされるのは作品や文章のことばかり。それはもちろん夫のことで世間様が気になるのは、どのような思いで、どのように作品を制作しているかだからです。インタビューをする側もされる側も、需要と供給がはっきりしていました。夫も自分の専門分野のことですから、とても堂々と答えていましたね。
ですがこうも大きく有名になってしまうと、中々そういうわけにもいかなくなるそうです。
専門的な話は専門誌のインタビューで見ればいい話なので、テレビやラジオなどで受けるインタビューは今までとは違ったものになったようで。例えば『休日は何をなさっているんですか?』とか『字を書く以外でご趣味はありますか』とか。どちらかと言えばプライベートな質問が増えて来ているようです。
よく『芸能人のプライベートはあって無いようなもの』なんて言葉を聞いたりしますが恐らくこういうことなんでしょうね。ただ以前述べた通りなので、夫の作品はもはやプライベートの出来事をそのまま書いていると言っても過言ではありません。……そんなことはテレビでは絶対言えませんが。
ある意味では、夫は他の作家よりもこういったインタビューには強いとも言えるかも知れません。実際のところ、夫は詰まる事なく答えているようです。個人情報以外は何を言っても大丈夫だと思っているのでしょう。
あまり無警戒すぎるのも良く無いとは思いますが、私たちは必死にプライベートを隠さなければならないような生活はしていません。堂々と生きている以上変に隠すのもおかしい気もしますし、きっとこれでいいのでしょう。
ある日、出演していたテレビ番組でこんなインタビューをされている姿を見ました。
『ご結婚なさっているようですが、奥様はどんな方ですか?』
洗濯物を干そうとしていた私は手を止めて、テレビ画面の方に注目しました。夫が出演するということで付けながら作業をしていたのですが、流石にそんなインタビューをされているのに気がついてしまったら見ないわけにはいきません。
今テレビで見ている番組は生放送ですから、家にいるのは私一人。夫がなんと答えるのか気になって目を離せなくなってしまいました。
『妻ですか、そうですね……。初めてこんなことを聞かれるのでなんと言ったらいいか……』
私も外で自分のことを言われている場面に遭遇したことが無いので、夫になんて言われるか予想がつきません。
『一言で表すのは難しいのですが……私にとって妻は、なくてはならない存在であることは確かですね』
そう言われて嬉しかったような、ほっとしたような気がしました。
ただもう一方で、夫のこの答えは意外でした。普段ならもっと文学的だったり言葉遊びを含んでいるような、少し捻った答えをするような人ですから。そこが人気だったりもするわけで、テレビ番組の生放送だからといって抑えたとは思えないのですが……。
『なんだか奥様には頭が上がらないようですね』
『ははは、でもそうですね。今の私があるのは妻がいてくれたからなので、そういった意味では頭が上がりませんね』
『それではお家では奥様の方が立場が強かったり?』
『そういうわけでも無いですね。あんまり家の中で立場が弱いと感じたことはありませんし、だからと言って私の我儘を常に通してもらっているというわけでもありませんし……。結構バランスが取れている方だとは思いますよ』
『なるほど、理想の夫婦といった感じですね!』
インタビューを見ていると段々と恥ずかしくなってきて、夫がメインで映っている部分が終わったらテレビを消してしまいました。夫は変わったことを言っていませんでしたが、その代わりに誉められてしまうのがとても恥ずかしくて。
それにしても、私たちにとって当たり前のような生活は世間一般にとっての『理想』なのでしょうか。もしそうなのであれば、私はとても幸せな生活をさせてもらっているのだと思います。
とは言っても、私は夫と一緒にいられるのであればどんな生活でも幸せですけどね。たとえ今のような生活が出来ていなかったとしても、私はそう答えていたと思います。
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