第2話

「ええと……卵だけで良かったんですよね」

 いつも買う量に加え、一パック分だけ余分に卵を手に取った。夫からのお使いはこれで終わりなので、あとはいつも通り買い物をすれば大丈夫。

 夫はこういったところにも面倒な性格を発揮する。

 夫の作品は至る所で『現実』が意識されています。

 どういうことかと言うと、『魔法や超常現象の起こる世界である場合を除けば、現実で起こらないことは書かれた話の中でも起きない』ということ。夫の書いた話の中で起きたことは、ほぼ全てが現実でも起こりうるということです。

 それが夫の作品を作る中のルールになっており、必ず現実で試してから原稿を書き上げるようにしているようです。

 私は作品の内容や展開を知らされている訳ではないので詳しくは分かりませんが、恐らく今回も卵を使って何か試したいのでしょう。私も手伝わされることもありますが、それを手伝うことも妻としての勤めだと思っています。物にはよりますが、最近では手伝うのも楽しくなってきました。

 今回は意図的に私が卵を買うことになりましたが、夫の作品は全てこうして作られているわけではありません。どちらかというと、何気ない日常生活から発想を生み出すことの方が多いようです。

 ですから出来上がった夫の作品を私が読むと、身に覚えのあるような内容があったりもしますね。

 人によっては作品の題材にされるのを嫌がる人もいるそうですが、私はむしろ嬉しいと思っています。それは恐らく夫がどれだけ自分の作品を大事にしていて、必死になって原稿を仕上げているかを一番近くで見ているから。その必死の中に私も存在していられるのが嬉しいのかも知れません。

 私は字を書く仕事をしている訳でもなければ、言葉の研究をしていたりする訳でもありません。食事など生活に関わること以外でも夫の助けになれるのは大変喜ばしいことです。

 ただ、私のようなつまらない人間をモデルに書いてしまって大丈夫なのかは心配になりますが。

「さて、さっさとお会計を済ませて帰りましょうか。あまり時間をかけてしまっても心配されてしまいますから」

 図体が大きいのに心配性だったり寂しがり屋だったり。自分をモデルに作品を作った方が面白いのでは、と私は思うんですけどね。




 私が玄関の扉を開けると、夫が書斎からひょっこりと顔を出しました。

「ただいま」

「おかえり。卵は買えたかい?」

「はい、こちらで大丈夫ですか?」

「これで大丈夫だよ、ありがとう。後で使うから普通に冷蔵庫へ入れておいておくれ」

「分かりました、入れておきますね」

 とりあえず私が買ってきた物で問題はないようです。とは言っても夫のことですから、自身の想像と違った物だとしても私に文句を言ってくることは無いと思いますが。

「どうですか原稿は。少しでも進みましたか?」

「進んだけれど少しだねぇ。進んだとは言いたくないくらい少しだけだねぇ」

「少しでも進んだならいいじゃないですか。それに卵があればまた少し進めるでしょう?」

「まあそれはそうだね。まだ締め切りまではしばらくあるし、のんびり書かせてもらうことにするよ」

 夫が余裕を持って原稿を作成していくスタイルの人で助かりました。私が催促する必要がありませんから。とは言ってもたまに、締め切りギリギリになって焦っている姿を見つけることはありますが。

 おかげさまで私たちと編集者様との関係も良好でいられています。むしろ『ある意味では編集者としての醍醐味を奪われてしまっているみたいで、なんともつまらない仕事を担当させられてしまっている』と笑われてしまいましたね。もちろんその後に『遅れて色々調節しなければいけなくなるよりは全然いいんですけどね』と言われますが。

「それではいつも通り、十九時頃に合わせて夕御飯を作りますからその時間になったら出てきてください」

「うん、ありがとう」

 夫の好物を作ってもいいかと思いましたが、この様子だと今日中に完成する様子はありませんし先送りでいいかも知れませんね。

 完成前にご褒美を貰ってしまうと集中力が逃げていってしまいますから。

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