バナナパフェ

 私、バナナパフェが良いと思う。だって、最高にコスパが良いもの。

 チョコパフェ、イチゴパフェよりも断然。

 そうよ、チョコパフェは高いの。チョコレートアイスもチョコレートソースも、生クリームに刺さってるチョコ菓子も必要でしょ。

 イチゴなんてもってのほか。選んだら安いのもあるのかもしれないけど、1パック400円でも安いくらいじゃない?

 特に、とちおとめとか、そういうブランドイチゴっていうのかな。そういうのは。

 とても売り上げを見込めないと思うの。そりゃあね、人気はあるよ。

 バナナパフェよりもチョコパフェ、イチゴパフェの方がさ。

 でも、学園祭でしょ。お金だってそんなにかけられないんだから、どこかで妥協だって必要なはずよ。だから、バナナパフェ。知らないでしょ。美味しいんだから。

 近頃、最近、わたしってばバナナが好きになってきたの。そうよ、バナナマニア。

 前はそんなに意識してなかった。でもね、まだ若くて固い青いバナナだって、私の手にかかれば美味しく食べられるのよ。

 いわば、バナナのプロね。そう言ってくれても構わないのよ。

 どうするのかって?聞きたい?


「じゃあ、デザートはイチゴパフェに決定と言う事で」

 部長の彼氏。何てことしてくれたんだ。


 吹奏楽部は終わりだあ。

 イチゴパフェでは採算が合わないんだよお。

 私はみんなの一番後ろの席で、うなだれた。



「まだ、学校のみんなと話すのは無理そう?」


(はい。……でも、母とは毎日話すようになりました。なんて事の無い会話ですけど、前よりは確実に、多くなったと思います)


「それは良かった。チョコバナナが仲を取り持ってくれたのね」


(父も、喜んでくれました)


「私ね、あれから毎日チョコバナナを作ってるの」


(どうしてですか)


「より安く、より美味しく。なんだかハマっちゃって」

 河野時が笑う。


(私は、毎朝食べているバナナを、すごく意識するようになりました。母に値段を聞いてみたんです。そしたら、生協で頼んでるからいちいち見てないって言われました。それで私、母が昔から忙しい人だった事を思い出したんです)


「ご両親は、共働きなのかな」


(そうです、昔から。でも、そんな家庭どこにでもあるじゃないですか。だからきっと、私は忘れてしまっていたんだと思います)


 クラフトゲームの動きが止まった。白衣を着たキャラクターが瞬きをする。

「ばななんさん、シュガースポットって、知ってる?」


(バナナの黒い染みのような、あれですか?)


「うん。あれってなんで黒くなるのか、考えたことある?」


(考えたことは、ないですけど。でも、時間が経つと黒くなりますね)


「そう。シュガースポットの正体って、ポリフェノールなのね。黒くなったバナナは甘いでしょ。あれはね、成熟した証なの」


(成熟ですか、たしかに甘くなりますね)


「でも、黒くなるのは、成熟した時だけじゃないの。傷ついたり、潰れたり。そういう風に外力が働くと、細胞が破壊される。酵素が活性化して、ポリフェノールが作られ、そしてそれが酸化し黒くなる」


(じゃあ、叩いたりした方が、すぐに食べごろになるんですか?)


「ううん。それがね、そう上手くはいかないの。外力で黒くなっても、それは皮だけで、中身は成熟してないのね。つまり私が言いたいのは、人と関われば少なからず傷つく時はある。でも、外面が傷ついても、中身はそのままって事。

 それは、たぶんみんなも同じ。あなたもたくさん傷ついたと思うけど、みんなも同じように傷ついてる。でもね、中身は変わらない。

 中身は一定のスピードで成熟していくの。心が潰されるような、大きな衝撃がない限りはね。

 だから誰に対しても怯えなくていいし、無理して付き合う必要もないのね。

 あなたはあなたでいい。好きなように、自然にれるのを待つのが、人間にとって一番いい事なのではないかしら。

 ご両親との関係も同じように言えるわね。仕事が忙しくて、家庭内での距離が遠ざかる感じがしても、実は着々と家族の仲は成熟に向かい続けている。

 ばななんさんはまだ若いし、時間の経過を待てば、問題は少しずつ解決に向かうと思うのよね」


(私、人の表情を窺ってるって言われました。でも、自分では気づいていなくて。保健の先生なんですけど、言われた時、なぜかすごく胸がいっぱいになったんです)


「ばななんさんの場合、言葉が一切出ないわけじゃないから、人との会話をが解消されれば、少しは楽になると思うのね。それは何だと思う?」


(保健の先生にも話したんですけど、たぶん、両親の喧嘩の仲裁に入った時の事だと思うんです。あの日から、私、声が出にくくなったような気がします)


「両親の喧嘩の仲裁か……」


(父に叩かれたんです……。いや、でも、たぶんそれは故意じゃなくて。でも、父は私に土下座して謝りました)


「なるほど。……ばななんさん。あなたは、負い目を感じているのかもしれない。自分がいなければ、お母さんやお父さんが傷つくことは無かったと」


(負い目)


「これは私の憶測でしかないけど、ばななんさんは人と対面した時に、謝るお父さんの姿を無意識に想像して、緊張しているのだと思う。

 自分の発する言葉で、自分も相手も傷ついてしまうかもしれない。そう思っているのかも。だから、人の顔色を窺って、何も言えなくなってしまった。

 もしそうなら、相手がより真剣な話をしている時ほど、ばななんさんは何も言えなくなってしまうわ。的外れな事を言っていたらごめんなさい」


(最近、母と話をするようになって、父ともそこそこ話すようになっています。時さんの言った原因が両親だとするなら、このまま両親と話をしていけば、自然と他の人たちとも話が出来るようになるのでしょうか)


「そうなってくれることを願っているわ。でも、無理はしちゃダメね。それは自分に負担を与えることになるから。ストレスを感じたら、すぐに休むこと。人から距離を取って、自然に熟れるのを待ちましょう」


(はい。学校では、保健の先生が、疲れたらいつでも休みに来ていいよって言ってくれたので、甘えてみようと思います)


「良い先生ね」


(はい、とても)



 吹奏楽部の練習には、一応参加している。居心地は良くないけど、学園祭で発表があるから。クラスの掲示物と、吹奏楽部での喫茶店。

 年に一回の学園祭だから、3年生の先輩たちはもちろんだけど、学校全体が浮足立っている感じ。今日の部長はとても機嫌がいい。彼氏さんのドラムも気合が入っている。

 私はそれを見て、少し嬉しくなる。どんな心境?自分でもよくわからない。

 でも、ほとんどみんなが楽しそうに練習をしているのなんて初めてだから、私が帰った日とは全然違う雰囲気。


「ばっちりね。これなら、何も問題ないわ」部長が言う。

 ばっちりって、久々に聞いた気がする。なんなら小学生の時以来かも。


「小山」

 千田の声。割といい声なのが癪に障る。

 私が振り向くと、千田はクラリネットを手に持ったまま佇んでいる。


「あの、パート練習、一緒にやらない?」


 なんで私?

 私はじっと千田を見る。千田の顔が赤くなっている。


「だ、だめかな。あの……無理なら」


「いいよ」


 私の口が、勝手に言葉を紡いで話した。自然、こうして私は熟れていくのか。

 練習を断る理由は無いから。それに第一、私はクラリネットが好きだから。


 私と千田の関係はまだ青い。話なんてしたことない。

 でも、これは自然な流れだと思う。


 告白をされた時に血走っていた千田の目は、私の偏りがそう見せていたのかもしれない。


「この前は、ごめん」


 私は返事をしない。する必要はないと思ったから。


「あ、あのさ。小山って、クラリネット好きなの?」


 当たり前だ。私は思って、うなずく。


「そ、そうなんだ。俺も、好きなんだ」


 千田は言った後で吹き始める。

 私はそれに合わせて吹いた。

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