第26話 魔剣士が最上位層に辿り着いたら

 「さて、と……」


 消えていく邪神擬きの死体を無視し、俺はジュシュアの元へと向かう。その体はもう、とても生きているようには見えなかった。


 『……』


 「……」


 『……まだ、我は、死ぬわけには』


 「……無理だろ」


 『ふっ、そんなことは既に分かっている……ただの願望を口にしただけだ』


 既に悟っているのだろう、その声には悲壮感を感じなかった。それに、死ぬ前だと言うのにかなり饒舌になっている気がする。


『我が生まれてから今までの間、特に面白いと感じた時はほとんど無かった。精々あの少年と他愛無い話をしていた時くらいか。それ以外は空虚な時を過ごした……。だが、最近はそんな空虚な時間に色が生まれた』


 「……」


 『この先生き続けても、また前のような空虚な日々を過ごす羽目になるのなら死んでもいいと思っていたのだが……そんな我が、まさか“生きたい”と口にするとはな……全く……』


 そして少しだけ開かれていたジュシュアの目が、だんだんと細められていく。





 『──おかしなこともあったものだ』




 そう静かに呟いたジュシュアは、灰となって俺の目の前から姿を消した。


 「……」


 俺はそれを見届けてから、この場を後にした。


 そして階段を上り切った瞬間、さっきまで俺たちが戦っていた層は跡形もなく消え去ったのだった。


 涙は、流れなかった。









 「ここが、最上位層か……」


 俺は辺りを見渡し、そう呟いた。本来だったらジュシュアと見るはずだったこの小さな部屋を、今は俺一人で見ている。


 「この部屋の中にきっと帰還用の石板があるはずなんだが……探すか」


 中にはいろいろ興味深いものが多く置かれていたが、ひとまず帰る手段を見つけることが先決だ。


 そうやって探すこと10分くらい。


 「これか」


 部屋の隅にひっそりと置かれていた小さな石板。そこに書かれてる模様を見て俺はこれが帰還用の石板だと確信した。


 取り敢えず帰る手段を確保した俺は、次にこの部屋に置かれているものをいくつか吟味して持って帰ることにした。


 「……ん?これは」


 すると俺は一冊のノートを見つけた。


 気になって中身を確認してみると、そこにはとある人物の日記が書かれていた。


 「……」


 この日記の一ページ目から読み始める。


 最初は何気ないとある村での日常を書いていたが、ある日を境に内容が180度変わった。


 「……復讐、か」


 この日記の主が過ごしていた村が野盗に襲われ、最終的に村全体を燃やされ壊滅した。そしてこの人はその野盗らや、こんな野盗を野放しにしている彼が住んでいた国そのものを恨んだ。



 『──許さない。例え神が許したとしても、俺が許すことはないだろう。絶対に、この国を滅ぼしてやる。邪神を作り出してでも』


 

 そしてこの文言以降白紙のページが続き、次に書かれていたのはそれから二十年後だった。


 そこにはこのダンジョンのことが書かれていた。



 『──人の身でダンジョンを作り出す。それが人類にとってどれほどの偉業だろうか。だが、そんなのはどうでもいい。俺はただ、この国を滅ぼすためのダンジョンを作り上げたかっただけだ。だが……まさかジュシュアに阻まれるとは、な』



 俺はペラリとページを捲る。



 『そんなジュシュアは俺と離別し、敵になった言うのに、結局この国に騙され死にかける羽目にあった。馬鹿なやつだ。だがそれ以上にやはりこの国は腐っている。やはり滅ぼすしかない』



 これ以降、三ページにわたって“この国”に対する怨念が書かれていた。俺がそれをうんざりしつつも読み進めていると、



 『ジュシュアが死んだ。俺の唯一の親友。俺とこの国の戦争の最中に邪魔だとしてこの国に殺された。一度死にかけた際に操魔術をかけられ、それにジュシュアは抗い、動きが悪くなっていたと言うのに……ならば、合成獣キメラにして、蘇らせるしかない……きっと彼も分かってくれるはずだ。擬似的な神も作り出せた。ここから、この戦争を終わらせてやる』



 ……ジュシュアの言っていた親友って、そう言うことか。


 それに、このダンジョンが人工だったと言うことにも驚きだ。


 そして、この日記はこの次に書かれていた黒く塗られたページを最後に終わっていた。


 「……燃やすか」


 これは燃やした方がいいだろう。


 「さて、そんじゃ、いろんなものをご拝借して、戻るとするか」


 そして俺は帰還用の青く光った石板に乗った。

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