第9話 魔剣士が殻を破ったら

※今日は2話更新しております。第8話を読んでいない方はそちらを先にお読み下さい。 




 忘れていた。失態だ。


 「っっっっっっっっっ!?!?!?!?!?」


 奴が噛み付く力を強めるたびに、俺の体から流れる血の量が増えていく。牙が俺の腹に喰い込んでいるせいで、力を入れるたびに全身に痛みが走る。どうやら奴はこのまま俺を喰い殺すつもりなのかもしれない。いや、違った。奴の本当の目的は、この場に俺を止まらせること。俺に向かって炎を吐き出すつもりなんだ。


 その証拠に、頭上が徐々に熱くなっていくのを感じる。きっと本体が俺に向かって放とうとしているのだろう。


 俺はすぐにここから脱するべく、片腕で奴の首に喰い込んでいる刀を振り抜こうとした。


 「ギャアアアア!!!!」


 その痛みに反応したのか、合成獣キメラの本体は口に溜めていた炎を消して、咆哮を上げた。その隙に俺はもう片方の拳で俺の体についている尻尾を殴りつけた。


 「リオン!?」


 「っ、こんにゃろっ!!」


 俺は強化された拳で俺の体から離すために何度も尻尾の顔をぶん殴った。そして何度もドゴォという強烈な音を出した後に、奴の牙は俺の体からようやく離れた。


 「ギャアアアアア!!!!!」


 「うわっ!?」


 その後すぐに、奴は首を振って俺を刺さっていた刀ごと振り落とした。

 地面に激突する────


 「サイクロンっ!!!」


 その瞬間、血相を変えたベリアが俺の墜落地点に一級魔術、風魔術のサイクロンを出してくれたおかげで落ちる速度を遅くしてもらい、何とか地面に落ちて死亡という無様な死を遂げずに済んだ。


 「ありがとう、ベリア──っ……」


 「き、傷口が……」


 「大丈夫だ。それよりも今は奴を倒す方が──」


 「いいや、まずはあなたを治す方が先だよ。ヒール」


 傷口に怯んでいる奴を倒す方が先だと言ったのだが、彼女は聞いてくれなかった。

 そして彼女のおかげで俺の傷口はどんどん塞がれていく。


 「……ありがとう。まさか俺が尻尾のことを忘れるとは……」


 「あの、噛みついてきた時より前まではあまり攻撃してこなかったからね」


 「……それは言い訳に過ぎない。全てはチャンスだと思って不覚にも単身で突っ込んでしまった俺の甘さが原因だ。こうなってしまうのも仕方がない。どこかでこいつには必ず勝てると慢心していたんだ」


 「リオン……」


 「全く……毎度のこと、悪い癖だなぁ……そろそろ直さなきゃいけないってのに」


 「……」


 毎度のこと、いつもいつもこういう時に慢心をして勝機を逃してしまう。これは勇者からも言われていたことじゃないか。

 しかし、今がチャンスなのには変わりはない。もしここを逃せばまたこんな絶好な機会が訪れないかもしれない。


 俺の燃える心の中に、油が加えられる。


 「よし、湿っぽい話はこれくらいにしよう。現状、奴にはかなりのダメージを与えているはずだが、あの尻尾がいる限り奴の死に直結する攻撃はできないと見ていいだろう」


 「そうだね。やっぱり深く攻撃しようとするとあの尻尾が邪魔して来る。本体とはまるっきり別の行動をしてくるから動きが読みづらいし……」


 そうなのだ。大きなダメージを与えるとなると、必ずあの尻尾が邪魔になってくる。そうなってはこっちが消耗するだけとなってしまい、死んでしまう。しかし今奴を殺す機会が来ている。今ここで殺さなければ。さっきの失態を取り戻さなければ……早く、早く──


 「だったら役割分担をしよう。俺が本体をベリアが尻尾を狙ってくれ。俺が本体を引きつけている間に尻尾を頼む」


 俺は自分の体を確認する。よしこれなら行ける。痛むがそんなのは関係ない。

 俺は全身に力を入れる。俺は既に走り出そうとしていた。


 「……へ!?ま、ちょ!?」


 「行く──」


 「リオン!!」


 俺はベリアのその大声に、思わず走り出そうとしていた足を止めてしまった。


 「今のリオンは明らかに冷静さに欠けてる!!ちょっとは周りを見て!!」


 「は?何を言ってるんだ?俺は至って冷静──」


 「じゃあ私のこれを見ても!?リオンの今の姿を見ても!?」


 「っ!?」


 俺はそう言われて初めて彼女の今の現状を見る。全身がボロボロで、それは俺にも言えていることで、側から見たら満身創痍という言葉がぴったりだった。

 それに、もっと意識を深く沈めて魔力を見れるようにすると、二人とも魔力が尽き掛けていて、これ以上魔術を使ってしまったら命に関わるほどだった。俺はそれら全てを、見えていなかった。


 「この状態で、私たちがあの化け物に勝てると思う!?無理だよ!?少しは自分の体のことも鑑みて!!」


 その言葉は俺のことを心配してくれての発言だと、俺のことを思ってのことだと一瞬で悟った。いや、分からされた。

 必死な彼女を見て俺はさっきまでの行動を振り返る。そうすると、俺は最初から何かに焦っていたことが分かった。


 あの時、合成獣キメラが焦り始めていた時、同じように俺も焦っていたのだ。なんせ、こっちは全くと言っていいほどダメージを与えることができず、奴から受けたダメージはかなり大きかった。そして俺の行動はその焦りから尻尾のことを忘れた無謀とも呼べるものだった。それが成功しそうだったから、俺は慢心してしまったのだろう。


 「慢心したり、焦っちゃうこともわかるけど、一旦落ち着こう?じゃないとこのまま二人とも死んじゃう」


 二人とも死んじゃう。その言葉は俺の心にスッと入ってきた。ベリアの言葉一つ一つが俺の心を、焦りを落ち着かせてくれる。

 

 「そう、だったな。済まない」


 「分かればいいんだよ」


 そう言って収納魔術から魔力ポーションをくれたベリアに一言ありがとうと伝えてから、俺は一気にそれを飲み干した。口の中に強烈な苦味が広がる。

 この苦味は戒めだ。これで戒めというのは弱い気がするけど、それでも、今の俺にはそれが必要だった。


 「……そうだ、焦りと慢心は刀を振るう上で振り払えって書いてあったじゃないか」


 “焦りと慢心は刀を振るう際に刃を鈍らせ本来の力を発揮できなくさせます。刀を持って戦う際には緊張感を持ち、一つ一つ冷静に対応していきましょう”


 『誰でもある程度使えるようになる刀教本〜載っているのが全てだからって、過信しちゃダメだぞ☆初心者編〜』……長いな、刀教本って略そう。


 その刀教本に載っていた説明のひとつで、その二つを抑えるには荒ぶる心を鎮める深呼吸が効果的だと書いてあった──それは鍛冶屋のおっさんにも言われていたことだ──故に俺はいつも刀を持った時に深呼吸をしているようにしていたのに。俺は今回それを忘れてしまっていた。






 深呼吸。





 「……リオン。さっきとは明らかに顔つきが変わったね。まるで憑き物がスッて無くなったみたい。大丈夫そう?」


 「ああ、大丈夫だ。さっきの役割で突破するぞ」


 「うん」


 俺たちが回復し終わったのと同じように、合成獣キメラも落ち着いてきたようで、俺がつけた首の傷は全てとはいかないものの、ある程度回復されていた。おそらくあの尻尾が回復させたのだろう。本当に多彩な尻尾だ。


 そう考えて、俺はさっきの役割分担を変えることにした。尻尾の危険性が俺の中で更に増したからだ。

 俺は初め、ただ攻撃魔術、それも最大でも二級魔術が飛んでくるだけならベリアに任せても問題ないと思っていた。しかし、回復魔術も使えるのなら、ベリアの今まで与えてきたダメージを鑑みると、ジリ貧になってしまう可能性がある。

 

 「やっぱりさっきのは無しだ。俺が尻尾を斬る」


 「……分かった」


 ベリアもさっきの尻尾の行動を見て、尻尾の本当の危険性について分かったのだろう。これ以上回復させないためにも、尻尾は早急に始末しなければならない。

 全く……さっきの俺はそんなのを意識の外に追いやっていたのか。全く嫌になるが、そういう反省は後だ。


 「ベリアは本体の気を引いていてくれ。辛いとは思うが──」


 「大丈夫。問題ないよ」


 「ありがとう。よし、行くぞ!!」


 「うん!!身体強化っ!!」


 「ギャアアアアア!!!!!」

 

 一緒に駆け出した俺たちに対して、奴は威嚇の咆哮を上げながら俺たち、正確には俺を狙って走ってきた。そりゃぁ、手負いのものから狙うよなぁ。


 「はああああああ!!!!!」


 しかしそんなのはベリアが許すわけがない。彼女はさっきよりも速く動いて、ガラ空きだった横胴体に向かって二対のメイスを叩きつける。その威力はダンジョンに入った時よりも上がっていて、奴の体を一瞬だけ凹ませていた。


 残っていた魔力をほとんど込めたのだろう。


 「ギャアアアアア!!!!」


 合成獣キメラはあまりの痛みに苦しそうな叫び声を上げる。その口には少しだけ血が吐き出されていた。どうやら肋骨あたりを粉砕させて、内臓が傷ついたのだろう。


 俺は怯んだ隙に尻尾の方へと向かう。しかし尻尾はそのことを予期していたのか、俺に向かって炎の魔術、ファイアボールを幾つも放ってきた。


 俺はそれを左右にステップして避けながらどんどん尻尾に近づいていった。

 そして──


 

 「抜刀──居合斬り」



 俺は鞘に納めていた刀を振り上げる。そして尻尾の蛇の頭が胴体と分かれた。


 「ウィンドカット!!」


 それを確認したベリアの放った一段魔術のカット類であるウィンドカットがようやく奴の体に今までの魔術で与えてきたものよりも大きい傷をつけた。


 奴の魔術耐性が尻尾が無くなったと同時に消えたのだ。


 「やった!!」


 「まだ喜ぶのは早いぞ!!」


 「うん、分かってる!!トルネードランス、フレイムランス!!」


 そして彼女は二段魔術のランス類であるトルネードランスを右手に出し、そして左手にはフレイムランスを出した────まさか。


 「合体魔術、火炎旋風!!!」


 その威力は三段魔術に匹敵すると言われている、高難易度の魔術である火炎旋風が使えるとは思わなかった。


 その威力は絶大で、炎を纏った竜巻はその炎で奴の体を徐々に蝕んでいく。そして竜巻によって切り傷を増やしていく。さながら、炎と風が共にダンスをしているように見えるそれは、紛れもなく災害そのものだった。


 そしてそれが終わった時には、奴はもう、満身創痍だった。

 奇しくもそれは先ほどの俺のような見た目をしていた。酷さで言ったら明らかに奴の方がすごいのだが。


 「とどめだ」


 俺は今にも倒れそうな、しかしまだ闘志を燃やしている奴の首に向かって、今度こそ、刀を振り抜いた。





 「──真空斬」





 その透明な斬撃は合成獣キメラの首を斬り裂き、その更に奥のこの部屋の壁にまで斬り傷をつけた。ダンジョン内の、特にボス部屋の壁は頑丈にできていて、合成獣キメラの突進にも耐えるほどの耐久を持っているにもかかわらず、だ。


 それほどまでに真空斬の威力は凄まじいのだろう。自分で放ったがいまだに信じることができないでいた。

 

 そうやって呆然としている間に合成獣キメラの首はゆっくりと、地面に落ちた。ドスンと音を立てて、地面に血溜まりを作りながら絶命した。


 こうして、長時間に及んだ合成獣キメラとの一戦は俺たちの勝利で幕を閉じたのだった。



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 第10話は明日の17:00頃投稿致します。


 11/23 誤字修正致しました。

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