第8話 魔剣士がダンジョンボスと戦ったら

 「ついにボス部屋か……」


 「ここにお目当ての素材があるんでしょ?」


 俺たちは今、10層のボス部屋の前にいる。この層は目の前にある大きなドアを開けない限り安全だ。


 この層に出て来る魔物はボス部屋にいるボスの合成獣キメラ一体のみ、と鍛冶屋のおっさんと冒険者ギルドは言っていた。そして鍛冶屋のおっさんからは、目当ての悪魔の雫デビルズライは運が良ければ二つドロップするのだとか。

 合成獣キメラから悪魔の名がつくアイテムの悪魔の雫デビルズライがドロップするっておかしな話だが、ダンジョンではそう言うのは当たり前となっている。


 例えば、火山の近くにあるダンジョンでは、サラマンダーからワイバーンに関連するアイテムがドロップすることが稀にあったり、よくある話だと、ゴブリンから偶にポーションがドロップしたりする。


 「さてと、休憩も十分にできたし、そろそろ行くか」


 「そうだね〜。(気になったことも分かったし)」


 「ん?なんか言ったか?」


 「いいや、別になんも言ってないよ〜?ただ相槌打っただけ」


 「そうか」


 俺たちはそう軽口を言い合いながら、少しずつボス部屋の前まで近づいていく。そして少しずつ俺たちの口数は減っていってついには一言も喋らなくなった。 

 二人の間に緊張感が増していく。合成獣キメラの特徴は何と言ったって、他の魔物では類を見ないほどの魔術耐性の高さである。それは魔術のダメージを半分以上軽減するというとんでもないもので、魔術に対しては基本避ける素振りをしない。何故なら、ほとんどダメージがゼロだからだ。


 「私今回ほとんど何もできない気がするけど……」


 ボス部屋の前でそう弱音を吐く彼女の様子は、珍しくいつものような感じとは正反対だ。その顔には不安が見え隠れしている。もしかしたら死んでしまうのではないのか。そう考えているのだと思う。なにせ相手はあの合成獣キメラだ。


 俺は何度か勇者パーティにいた時に戦ったことはある。だが彼女は忘れてはいけないがシスターだ。今回のような強大な敵と戦った経験なんてないだろう。


 「まぁ、今回は後ろで魔術を打っていてくれ。俺は正面で戦う」


 「でも合成獣キメラって魔術は効かないんでしょ!?そんなのリオンが危険な目に遭うだけじゃん!」


 「そうだけど……まぁ、対処法は鍛冶屋のおっさんに聞いてきたから大丈夫なはずだ」


 これは嘘だ。

 昔戦った時の経験から分かったことをおっさんに教えてもらったことにする。そうしないと、俺がいつ奴と戦ったのか問い詰められてしまうからな。


 「その対処法って?」


 「それはな──」


 俺はその対処法と言うやつを彼女に教えた。今までこれで倒してきたんだ。大丈夫だと信じたい。もしダメだったとしても、そこは臨機応変に。冒険者なら当たり前のことだ。


 そう言った旨も対処法と一緒に彼女に伝える。そして伝え終わってから彼女は自分の頭の中で俺の言葉を咀嚼してから、うん、と一言だけそう言ってから前を向いた。その顔はさっきみたいな不安でいっぱいの表情から一変して、覚悟が決まったような、戦士の表情をしていた。

 シスターなのに。


 「それじゃ、開けるぞ」


 「………うん」


 俺は鉄の門に手をつけ、ゆっくりとその巨大なそれを押す。ゴゴゴと地面と門が擦れる音を出しながら、門は少しずつその中身を俺たちに見せた。

 そして門が完全に開き終わると、そのまま停止し、まるで俺たちが中に入るのを待っているかのように、微動だにしなかった。


 「……行くぞ」


 「……」


 俺たちは前を真っ直ぐに向いてからいよいよダンジョンの最奥地へと向かって行った。中は奥が見えないようにしているのか、真っ暗なままで、それがより一層この部屋の中を不気味に仕立てている。よく見ると、部屋の壁には光源と思われる松明のようなものが付けられており、まだ光ってはいないが何故だか少しだけ安心した。


 そして俺たち二人が入り終わると同時に門がゆっくりと閉まっていった。

 これで俺たちは退路を失った。


 「……グルゥ」


 と、その時、俺たちが立っている場所のさらに奥から、まるで俺たちを待っていたとでも言うように、鳴き声が聞こえた。

 その鳴き声と同時に壁についていた松明が俺たちの後ろから順に火が灯っていく。そして完全にこの部屋全体を照らした時、奴の全容が見えた。


 獅子のような大きくて頑丈そうな体にグリフォンのような厳つい頭と、俺たちが首を真上に上げないと見えないほどの大きな図体でも飛べることができそうな羽、そしてアナコンダにしか見えない独特な尻尾。これこそが合成獣キメラだ。


 「ギャアアアアアアアアア!!!!!!」


 そして始まりだと言わんばかりの咆哮を上げた合成獣キメラ。俺たちは入り口で話し合った通りに動き始める。


 俺が彼女に話したうちの一つは、合成獣キメラの弱点についてだ。奴が持つ一番の厄介な特徴とされる魔術耐性というのは、実は解除とは言わないものの、ある程度弱体化することができる。

 そのために必要なのは、合成獣キメラの尻尾を奴の体から分離、つまり斬り落とすことだ。その尻尾がその魔術耐性を9割以上維持しているためであるからだ。


 奴の尻尾はまるで合成獣キメラとは別の思考があるのではないかと言われるほど、その動きは本体とはまるで別の動きをしているのだ。その動きは基本的に本体のサポートをしているが、近寄ってきた敵に対して自分の体を伸ばして噛みついてくると言う特性を持っている。

 さらに、本体とは別に魔術を使うことも確認されていて、それが厄介極まりない。


 「ベリア!!」


 「分かってる!!アーススピア!!」


 俺が駆け出したと同時に彼女は二級魔術のスピア類である、土魔術、アーススピアを5本出し、それら全てを奴の目に向けて一斉に発射させた。いくら魔術耐性があろうとも、体の部位で一番弱い目くらいなら効くだろうと思ってのことだ。


 風を切りながら打ち出されたそれに対し、やはり目に当たるのはまずいのか、奴はそれらを首を傾けることで回避する。そして奴の後ろの壁でアーススピアが突き刺さり、静止した。


 その間に俺は身体強化を使いながら奴の近くまで迫っていて、奴の首を斬ろうとしたが、それは奴の尻尾が許さなかった。

 

 「シャアアアア!!!!」


 「くっ!?」


 突如伸びてきた尻尾に俺は対応せざる追えなくなり、それに追撃するかのように俺の頭上から巨大な影が迫ってきた。


 「ちっ!」


 俺は適当に尻尾をいなした後すぐにその場から離れた。そして俺のいた位置に大きな足跡が刻まれ、その瞬間地面が揺れた。

 

 「うわっ!?」


 ベリアはそれに対応できずに尻餅をついてしまった。俺はその前にジャンプをしてさらに距離をとっていたのでギリギリ大丈夫だったが。

 

 「大丈夫かベリア!」


 「う、うん!大丈夫!」


 そう言ってすぐに立ち上がったベリアの前に合成獣キメラがどんどん近づいていた。

 しかしベリアは冷静に身体強化で自分の体を強化してからその場を離れ、さっきのお返しと言わんばかりに先ほど同様、アーススピアをまるで弧を描くように奴の目に向けて打ち込んだ。


 「っ、やっぱりそう簡単には当たらないか……」


 「正確に目を狙っているんだけどね……」


 その反射神経と勘には脱帽するしかない。今のは明らかにさっきみたいな一直線じゃなかったし、しかも奴が動いている最中にタイミングを合わせての攻撃だった。しかし奴は一瞬でそれを見抜いて首を少しだけ後ろにずらし、避けきれない部分は敢えて魔術耐性のある首を振って破壊したのだ。


 そんな押し問答が1時間ほど続いた時、

 

 「ギャアアアア!!!!」


 さっきからチマチマチマチマ痒い攻撃に少しだけイラついたのか、それとも羽虫を相手にいくら立っても倒せないからなのか、いきなり奴の攻撃性は増した。

 具体的に言うならば、尻尾で魔術を至る所に放ち始めたとか、後は口から火炎放射をしたりとか。

 

 「ベリア!落ち着いて、何とか持ち堪えろよ!!」


 俺は奴からくる魔術を避けつつそう彼女に指示を出した。こっちにやってくる魔術を刀で斬ることはできないので、避けるしかないのだ。

 俺はこうして冷静でいるが、ベリアは少しだけパニック状態に陥っていた。なんせ直接命の危機に関わることなのだ。これを初見で冷静に対処できる奴がいたらそいつは素直に凄いと思う。


 「う、うん!」


 俺の声が届いたのか、魔術障壁がさっきまで荒さが出ていて耐久力に心配があったが、何とか持ち直して、今はしっかりと自分の身を守れている。

 俺はそれを見て安心すると同時に、もう彼女のことは心配する必要がないと見て、合成獣キメラに向かって正面から突っ込むことにした。


 そして今こそ、あの街の本屋で偶々見つけて買った『誰でもある程度使えるようになる刀教本〜載っているのが全てだからって、過信しちゃダメだぞ☆初心者編〜』に載ってあった基本の技のシリーズ、抜刀術を使う時が来たのだ。


 俺は抜いてあった刀を鞘に納め、右手は刀の柄を握ったまま合成獣キメラに向かって前のめりの姿勢で一気に距離を詰める。


 「ギャアアアア!!!」


 奴はベリアに狙いを定めようとしていたところを、近づいてきた俺に気づいてすぐに俺に向かって魔術やら炎やらを出してきた。俺は全ては避けられないと判断してから、致命傷になるものだけを避けて、走る速さを維持する。


 肌に焼けるような熱さが襲いかかるが気にしないようにする。


 そして合成獣キメラから遠く離れた場所から──


 「ベリア!!!」


 「分かってる!ウォール!」


 そして俺の掛け声に応じたベリアは土魔術で飛んでいる俺の足元に土台を作った。


 「フッ!!!」


 俺はその土台を踏み、さらに高く跳ぶ。


 「ギャアアアアア!!!!」


 「させない!!」


 空中にいる俺は絶好の的だ、奴は避けられない俺に向かって炎を吐き出そうとした。しかしそれは彼女の放った魔術によって邪魔をされてしまった。


 「っ!?リオン!!!」


 「はあアアアア!!!!」


 俺は奴の首元までの高さまできた瞬間、刀を鞘から一気に抜いた。


 抜刀、居合斬り。


 刃は、まるで吸い込まれるかのように奴の首を絶たんとし、俺はそれを一気に振り抜こうと力を入れた瞬間────


 




 「──────っっっっっっ!?!?!?!?!?!?!?!?」


 奴の尻尾が突如伸びて、俺の脇腹に深く、噛みついてきた。

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