Epilogue

1.

 組織の追手を退けてから二日、未夜世をジルの協力のもと安全な場所に匿った。

 そして僕は、今『エイブラハム』の事務所へと乗り込んでいた。

 余計な戦闘は避けたい。事務所にいる職員達には威嚇行動を行い逃げるように促し、それでも向かってくる相手には容赦なく銃弾を撃ち込む。そもそも復讐の対象だ。生かしておく理由はない。

 ボスの部屋まで上がっていき、ドアを蹴破る。

「報告に戻りました、ボス」

「……ガブリエル」

 ボス、ドミヌスは煙草を咥えながら書類仕事をしていたようだ。下でどんな騒ぎが起きているか知る由もなかったらしい。

「ずいぶんと遅かったな。いろいろと聞いているぞ。さぞかし暴れたようじゃないか。どんな気分だ? 俺の仲間達を殺し回ったのは」

「……そうだな」

 僕は両手を合わせて『レンブラントRembrandt』を軽機関銃へと変形させる。現在装備している分で生成可能な最大値である武装。

「姉さんはこんな気分だっただろうと思ったよ」

 何かをいおうとしているドミヌスに構わず、僕は引き金を引いた。

 毎分七百二十五発の銃弾を発射する軽機関銃は、その銃身すらも食い尽くしながら弾を撃ち尽くしていく。

 諸悪の根源の身体を粉微塵にし、背後にある水槽も本棚も窓も壁も何もかもを撃ち抜いて砲火はうなり、そして止まった。

 空撃ちする音が鳴り響いて、ようやく僕は弾をすべて使いきったことを知った。おおよそ原形をとどめていないドミヌスの身体は見るも無惨な肉片へと変貌しており、部屋は銃弾に食い散らかされて大きな穴が空いていた。空は青く、雲ひとつない。先日までの雨模様が嘘のようだった。

 僕は動かなくなった肉片を一瞥すると、短機関銃を籠手に戻し、部屋を後にした。

「終わった?」

 事務所の外には、ジルが待っていた。

「ああ……そうだな。終わったよ」

 僕と姉のひとつの因縁にようやく決着がついた。けれど、それは案外劇的なものではなくて、潮の満ち引きのように当たり前のものとして僕は受け止めていた。

「これからどうするの?」

「……どうしようか」

「それで大丈夫なの」

 ジルは楽しそうに僕のことを笑っている。

「そういうジルはどうなんだ」

「私はもう決めているわ」

「え」

「教えてほしいって顔しているわね。教えてあげない」

「……いいさ。自分で見つけるよ」

 ジルは僕の答えに満足げな表情を浮かべた。

「あの子……未夜世みよせだったかしら。彼女はどうする?」

「彼女は……彼女の日常がある。まだ子供だ。少し時間はかかるだろうが、帰してやるべきだ」

「……そうね」

 未夜世の処遇についてはジルが引き受けてくれることになった。僕が面倒を見るよりずっといいだろう。こんな汚れた手の僕よりもずっと。

 またいつか再開することを約束して、僕はジルと別れた。彼女とは別々の道を行くことになる。だけどそれは分かたれた道ではない。進み続ければいずれはひとつになることもある。だが未夜世の道は違う。彼女の道は祝福されるべき道だ。それは、僕が進むべき道とは違う。彼女の光輝ける道は、僕のような決して照らされることはない道ではない。

 だから、これでいい。

 僕は街を歩き続け、今後の身の振り方をどうしようかと考えていた。金だけは十分にあるが、もしも素性を誰かに知られれば、当然生きてはいけない。裏社会に身を置いていただけではなく、殺しの仕事を請け負っていたなど、万が一にも表に知られればひとたまりもない。また新しい仕事を探さなくてはいけない。“能力者”であることも隠しておきたい。それから……。

「ちょっと待ちなさいよ」

 背後から声をかけられる。

 その声は聞き覚えがあった。何度も何度も聞いた声。

 声のほうへと振り返る。日は沈み、夕焼けを背負った彼女はそこに立っていた。

「未夜世……」

 彼女の胡桃色の瞳がこちらをつかんで離さない。私は直視することができず、目をそらした。

「なぜここにいるんだ。君は家に帰るよう、ジルが……」

「あの人が教えてくれたのよ。あんたがここにいるって」

 なんだと、という言葉は口から出なかった。もはや、ジルが何を考えているのか、考えるだけ無駄だ。

「あんた、どこに行こうとしてるのよ。もしかして、私から逃げようっていうの」

 彼女の声音には、怒りとも憎しみともつかない感情が乗っているように思えた。その正体を探りつつ、僕はいう。

「違う。僕は君のために……」

 だが、それは未夜世の一喝によって遮られた。

「私のためってんなら、最後まで付き合いなさいよ」

 そして、僕はようやく理解した。彼女の声に込められていたのが、悲しみであることを。

「私が謝るから、離れていこうとなんてしないでよ……一度助けたんだから、最後まで助けきりなさいよ……ここまでやって中途半端に投げ出そうなんてふざけたこといわないでよ」

「だが……僕はもう君を助けられない。僕には君のいう正しさがわからない。僕には、僕の正しさしかわからないんだ。だから、君は君の道を行くべきだ。僕のように間違った道に進むことはない」

「だったら私が助けるから! わからないなら教える。間違ったなら正す。道がわからないなら導く。だから……だから私にあなたを助けさせてよ」

 彼女からこぼれた本音は、痛切な悲鳴だ。彼女は、僕にぶつけた言葉に苦しんでいたのだ。

 僕はそれを見て、過去の自分を重ね合わせていた。僕の前から何もいわずにいなくなった姉を追い続けて、暗闇の中を進み続けた三年間を思い返していた。答えの見えない暗闇は怖くてたまらない。だけど、もしも、僕に誰かひとりでも、ともに暗闇の中を進むものがそばにいれば、きっと今と同じ結果だったとしてももっと違う道を進めていただろう。

 答えのない問いを解き続けることは何よりも恐ろしい。彼女はまだやり直せる。僕のように、姉の影を追い続けて無限の迷路の中に入り込むことはない。

 僕は答えを求めもがきあがいているものを見捨てるようなことは、できなかった。

「……わかったよ」

 そういうと、未夜世は明るい表情へと変わった。

「そうまでいうなら君に助けてもらおうか、春灯はるひ

 僕は彼女の名前を呼んだ。

「……! ええ、もちろんよ、ガブリエル!」

 春灯もまた僕の名前を呼び、こちらへと駆けてくる。

 彼女と並んで同じほうを向いて、僕は訊いた。

「これから、どこへ行こうか」

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EMERGE 水野匡 @VUE-001

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