2.
ガブリエルさんが何かをいいかけた瞬間、私をつかんで走る。
そして私とガブリエルさんは、一秒と満たないうちに移動していた。さっきの路地の、入口側に移っている。一体何が起きたのかわからないが、目前には見知らぬ男。例によって黒スーツをまとい、オールバックに髪をまとめている。だが、そこに倒れている黒服たちとは、何か違う雰囲気を感じた。
「セラフィム……」
ガブリエルさんはいった。それが、あの男の名だろうか。
「ようやく見つけたぞガブリエル。昨日はよくも撃ってくれたな。おかげで顎が痛くてかなわんよ」
「そうか」
「それとだ、お前らは当然始末するとして、その後の話をしたい。つまりラファエルのことだ」
ラファエル、という名前が出た瞬間にガブリエルさんから怒気が溢れ出す。近くにいる私でさえ逃げ出したくなるほどの気迫。
「そういきり立つな……ケルブを撃ったのがあの女だというのは見当がついている。狙撃は得意なものだしな。それにあいつは何かとお前を気にかけていた。結託していてもおかしくはない。だが……裏切りは裏切りだ。ラファエルもきっちり始末は付けなきゃならん。もし居場所を知っているなら教えてもらえると助かるが……」
「……僕が教えると思ったのか? 姉の仇であるお前に」
「なんだ……ラファエルから聞いたのか。せっかく教えてやろうと思ったのに……お前の姉がどうやって死んだのかをな」
刹那の一瞬、ガブリエルさんは目にも留まらぬ勢いでセラフィムのもとに駆け出していた。
こちらまで音が聞こえてくるほどの打撃音を響かせて、彼女は拳を叩きつけていた。
そこから先は何が起きたのかわからない。
私の眼には、ひたすらに高速の格闘戦が繰り広げられていることしかわからなかった。
それも徒手空拳だけではない。気がつけば銃声が鳴り響き、かと思えば刀による剣戟が繰り出される。
相手もそれを受けきり、反撃を打っている。その様子に圧倒され、私は身体を動かすことができなかった。
そして同時に、ガブリエルさんが戦う姿に、私は見とれていた。
だが、その攻防はまたしても一瞬で終わりを告げる。
突如、ガブリエルさんが吹き飛ばされた。見ていた限り、相手の攻撃が命中したようには見えない。それに相手の構えも攻撃しているようには見えないものだった。
一体何が起きたのか把握できず、相変わらずおろおろとしていると、セラフィムはいった。
「いくらお前といえどこの“能力”には対応できないようだな」
「……はぁ……そうでもない」
ガブリエルさんはそういうと左手の籠手を盾へと変形させた。
そしてそれを構える。だが、構えた盾が受け止めるべき攻撃はどこにもない。そしてセラフィムも、攻撃を繰り出すでもなく腕をただ盾に突き出しているだけだ。
だが間違いなくガブリエルさんの身体は後ろへと押されている。周囲の砂利は何かに巻き上げられるように撒き散らされている。
何が起きているのか。想像もつかない。だが、私は鳴り響く雷鳴を耳にしていた。
それは遠くで響いているようなものではなく、たしかに間近に聞こえる音。そして先程からずっと鳴り続けている音。
私は突飛な発想を浮かべていた。
それは、何か見えない雷撃を、あの男が放っているのではないかということだ。
それに至るだけの材料は、ガブリエルさんが与えてくれた。あの人は、何度も瞬間移動としかいいようのないことをしている。私にも、あの人自身にも。そして昨日の教会での会話。『
もしかしてこの世には、私が知らない何か超常の力を持った存在がいるのではないだろうか? 私が憧れるヒーローのような、超能力を持った人々がいるのではないだろうか。そんな非現実的な推論を生み出していた。
だけど、それはどうだっていい。今、必要なことは、ガブリエルさんの危機を認識すること。あの人が私を助けてくれるのなら、私もあの人と同じ場所へと行かなくてはいけない。決めたばかりではないか。私は私の間違いと向き合うと。あの人と向き合うと。
だからもし、私に欠けたものがあるのなら、それを与えてほしかった。あの人にあって私にないものがあるのなら、それを知りたかった。そうでなければ私はあの人に助けられる資格がないと思うから。そうじゃなければ私は、あの人に謝ることができないと思うから。
そうだ。私とあの人の間には果てしないほどの距離がある。私は子供だった。身体とかそういう意味じゃなく、精神が、という意味で。ガブリエルさんは私を助けるために、自分の知る現実の中で精一杯正しくあろうとした。だけど私はそれを理解できなかったから、一方的に否定することしかできなかった。あの人がどんな思いで私を助けてくれたのか、今、戦っているのか理解することもできずに。
だから私は対等になりたい。ガブリエルさんと対等になって、あの人を理解したい。それが私にできる、もっとも正しいことだ。
「──…………?」
最初は、それが実際に起きている現象だとわからなかった。それを見ることができるようになるまで、あまりに短い時間だったから。
だけど、すぐに私は認識する。ガブリエルさんが盾で防いでいる青白い雷撃が、この世に存在する現象であることを。
轟く雷鳴はあの青白い雷撃から響いているのだ。そしてそれは、セラフィムの手から放たれている。おそらく、これが“能力”。
見えるようになったところで、私に何ができる? わからない。だけど今の私には、途端にすべてがわかっていた。
今、自分にできる最大限のことがわかっていた。
叫び声を上げながらガブリエルさんをかばうために私は走る。彼女が静止する声が聞こえたような聞こえないような、曖昧な時間はすぐに雨とともに消える。
私は雷撃の前に割って入り、それを両手で受け止めた。
「……それは……」
「なんだお前は……一体何をしている」
両手の前に見える半透明の膜のような物体が、雨水も雷撃もすべてを“跳ね返し”ている。これが何かはわからない。だけど、これが私が得た新しい“能力”のようだ。
「君も『
雷撃が轟く中、ガブリエルさんは私にいう。
「その『
あの男の雷撃が止まる。私は両手を上に上げ、“反射”した雷撃をすべて頭上へと集約させる。
「私は間違えた……あなたにひどいことをした。だから私は、もう間違えたくない。だからこれはそのための力」
腕を横に向かって広げて、弧を描き両手を身体の前後へと運ぶ。そして左腕を上に、右腕を下に動かし、溜めたエネルギーを一気に放出した。
「だからあんたはここで私が倒す!」
セラフィムをゆうに超えるほどの大きさまで成長した反射エネルギーは、周囲の地面や壁を削りながら高速で飛んでいく。
そしてあの男が防御の姿勢を取る前に命中し、そのまま身体を浮かび上がらせると空中へ向かって吹き飛んでいった。
大気中に電撃を撒き散らしながらも速度を保ったまま飛んでいく反射エネルギー弾は、セラフィムの身体ごとビルを貫通し、更に上空へと昇っていき、そして電気をまとった爆発を起こしたのだった。
目に見えた次の瞬間にはその衝撃波がこちらに到達し、わずかに遅れてその音がこちらに伝達した。
「すごい……」
私はそうつぶやいてその場に崩れ落ちる。足はおろか身体中に力が入らない。ガブリエルさんが駆け寄ってきて私を支えてくれた。
「君は“能力”を使うのが初めてなんだろう。無理に使った反動が来ているんだ。そのうちに収まるが……力の使い方は覚えたほうがいいな」
「ええ、そうね……」
毎回使う度にこうなるのでは、満足に生きていけないだろう。
「……気になっていたんだが」
ガブリエルさんは、ふとそんなことをいった。
「以前と口調が変わっていないか」
「……そんなこと?」
私は、呆れていった。
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