5. A Foot in the Door
1.
ラファエルが用意してくれた部屋は、さまざまな設備が整っていて快適だった。シャワーを浴びてベッドに横たわると、私はすぐに眠りについた。
そして起きてから、私が今どこにいるのかを理解し、そしてこの状況を理解した。
慌てて着替えて髪を整え逃げるように部屋を後にすると、入れ替わりで見知らぬ男達が部屋があるビルを訪れていた。
私はその男達に気づかれないようにビルを後にしたが、そう長い時間はごまかせなかった。
銃で撃たれながら追いかけられていると、何かを考える余裕なんてない。
ただひたすらに、死にたくないという思いだけが私を突き動かしていた。
雨が降る中、傘もささずに走り続ける。昨日から降り続いている雨は地面にいくつも水たまりを作っている。泥に似たそれを踏みつけて私は走る。破裂するような水音を置き去りにして、銃弾が横を通り抜けていく。
あちこちに逃げ回って、追手を撒いたり見つかったりしたけれど、傷ひとつなく逃げ切れていたのは奇跡に近いと思う。だけど、その私の運もここまでらしい。
考えなく逃げて行き着いた先は道のない行き止まり。左右が高い壁に囲まれていて、後ろには頂上の見えない建物。私の身体能力じゃ、壁を超えている間に撃たれて終わりだ。
黒服の男達は無言でじりじりと迫ってくる。どこへ行こうとも、決して逃さないとでもいいたげに。
私にはもうなすすべがなかった。結局、私は正しくなどなれなかった。いや、私が正しさから逃げたからこそ、間違いがどこまで追いかけてきたのだ。そして、私は間違ったから殺される。これは贖罪なのだろうか? そんなものがこの世に存在するのだろうか。死ねば許されるのだろうか。
目前で銃口が光る。その光を見れば、私は遠からずこの世から消えるだろう。
そう覚悟してから、一体何秒経ったのか。おそるおそる目を開けると、黒服は全員地面に倒れていた。
中心にいたのは、昨日別れたはずのあの人。もう夏も近いというのに、真っ黒なコートを羽織っている、鮮やかな赤いグラデーションカラーが目を引く長い髪の、少し背の低いきれいな顔立ちあの人。
「ガブリエルさん……?」
「遅れてすまない、
相変わらず、自分のことよりも人の心配ばかりしているその人は、昨日と変わらない表情で私へと手を伸ばした。へたり込んでいた私はその手を取って立ち上がる。
「あの、えっと……ありがとう、ございます」
口からは、ぎこちない言葉しか出てこない。昨日の記憶が蘇る。一方的に感情をぶつけ、否定し、拒絶した記憶が。
沈黙が流れる。なんと切り出すべきか悩んでいると、ガブリエルさんのほうから口を開いた。
「すまなかった」
「……は」
出てきたのは謝罪の言葉。深々と頭を下げている。長い髪が地面につきそうなほどだ。
「……僕は君のことを考えていなかった。君を助けたのは僕が助かりたかったからだ。だから僕の正しさを君に押し付けてしまった。君がどう思うかも知らずに。君の心を傷つけたことは謝っても謝りきれることじゃない。だから……」
「ふざけないでよ……」
思わず口から漏れたそんな言葉。ガブリエルさんは聞こえなかったのか聞こえたのか、不思議そうな顔でこちらを見た。
「ふざけんなよ! なんであんたが謝るんだよ。謝るのは私のほうでしょ。自分が死ぬかもしれないのに命がけで助けてもらって、お礼もいわずに否定して、勝手に逃げ出して……最低なのは私のほうよ。傷つけたのは私のほうよ。憎まれるべきは私のほうよ」
反射的に怒っていた。何に怒るべきかもわからずにただ喚き散らしていた。自分でも、子どもじみた癇癪だと思う。だけど、先に罪を告白され、私自身のこの懺悔の行き先はもうどこにもなく、どう発散すればいいのかわからない感情だけが残ってしまった。
「謝らないでよ……謝らせてよ……自分が悪いなんていわないでよ……あなたは正しいことをしたの。私を助けようと思ったあなたの気持ちは何よりも正しいことなの。それを否定した私が、本当は間違っていて、罰を受けるべきなの……」
「未夜世……」
私は気づけば涙を流していた。それは雨にまぎれてわからなくなっていたけど、私の眼の奥にある熱は、どんな雨にも流されないたしかなものだった。
「助けてもらったことだけでよかったのに……方法とか手段とか動機とかそんなことどうでもよくて……本当はただ助けるって行為が正しいことのはずなのに……私はそれが認められなくて……自分が間違っているって、正しくなれないって認めたくなくて……」
前を向けない。ガブリエルさんの竜胆色の瞳を見ることはできない。彼女の水晶のような瞳を見て、自分の姿を見ることが怖かったから。
「……君は──」
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