2.
「あなたはどうして組織を裏切ったの?」
その質問は、僕の怒りの炎を鎮火するには十分すぎるほど大きな一石だった。
なぜ裏切ったのか。なぜずっと逃げ続けたのか。なぜ追手を迎え撃ったのか。
「返答次第によってはあなたにはここでずっと寝ていてもらうことになる。いくらレノアの妹だからって容赦はしない」
彼女の紫苑色の瞳に込められていた漆黒の感情は、その言葉が嘘ではないことを物語っていた。
下手なことをいえば嘘だと見抜かれるか、あるいは決めつけられるかだろう。ある意味では、姉にお似合いな人だと思ったが、そんなことを考えている場合ではない。
僕は、少し考えて、口を開いた。
「……最初は……いや、僕はずっと間違っていたんだ。組織に入って、罪のない人を大勢殺して、組織に従って……だから正しいことがしたかった。姉に顔向けできるような信念のある人間になりたかった。だから助けようと思ったんだ。僕はあの子を助けることで、正しくなりたかったんだ」
ジュリアンの表情は変わらない。ずっと僕を見つめている。
「だけど間違っていた。僕が彼女を助けたことは、あの子にとって間違った方法だった。だけどもう、僕には他にどうすればいいかわからない。助けるために組織を裏切ったのに、僕は結局間違っていた。だから、だから……」
僕の視界がゆがむ。厚い膜で覆われたようにはっきりと見えなくなる。頬に熱いものが流れている。
「……レノアがいっていたわ」
僕の涙を拭いながら、ジュリアンはいった。
「間違うことは誰にでもできる。だけど、間違いを認めて、それを償うことは、本当に間違えた人間にしかできないと。あなたは“本当に間違えた”人間よ、ガブリエル。後は償う方法を探すだけ」
僕は、ジュリアンが語った言葉に、姉の姿を幻視する。僕の知らない姉の一面だけど、たしかに姉の言葉だと信じられる言葉。
「それと、これもいっていたわ」
ジュリアンは思い出したという素振りでいった。
「子供を助けるのに理由はいらないって」
その瞬間、僕はずっとかかっていた暗雲が晴れていくような心地を覚えた。
先の見えない暗闇の荒野に光が差したような、そんな感覚。
僕の知っている姉の姿を、僕以外の人も知っていた。そんなことが、僕はとても嬉しかった。
「……そうか」
僕は、それだけ答えた。
「怪我は治しておいたわ。もう動けるはずよ」
彼女はそういった。僕は試しに首を動かしてみるが、まったく痛みがない。スムーズに動かせる。
「それが私の“能力”よ。傷ならほぼ完璧に治療できるわ」
「ありがとう、ジュリアン」
「ジルって呼んで。まあ、好きなのでいいわ」
「それなら僕もガビィでいいさ」
僕達は互いに笑いあった。
だが、すでに頭の中は
「はい、これ」
ジルは紙を渡してきた。
「これは?」
「組織が追っていたあの少女の居場所よ。早いところ行ってあげたほうがいいわ。あなたがここにいる……つまり、姿を消したから、次はあの子に照準が向くでしょうからね」
僕は彼女の言葉ではっとした。そしてすぐに紙に書かれた住所を読み解き、“扉”を開いた。
「何から何までありがとう、ジル」
「お礼は助けてからいいなさい」
その言葉に頷き、“扉”の中へと入った。
「……本当、あなたにそっくりよ、レノア……」
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