3. Learning to Fly
1.
気がつけば雨が降り出していた。時間帯も合わさり、空は暗黒に染まろうとしている。
地面へ雨粒が強く衝突する音が連続し、他の音をすべてかき消していく。秋も中盤というのに気温が高く、熱帯夜になりそうだ。
こんな天気では銃声が聞こえない、などということを考えながら歩く。
教会から続く裏路地を出て、大通りに合流する。車の音が雨よりも大きい。多くの人が行き交い、歩く音が聞こえる。
姉がいっていたことを思い出す。
「自分がやりたくないことはしなくていい。その代わりに自分が本当に大切だと思ったことは、どんな無茶をしてでもやり通せ」
僕は自分が正しいと思えることを、ようやく見つけられた。だがそれは、他人を言い訳にした自己満足でしかなかったのか。未夜世の行為が自分の考えを証明するための行いであると僕は思った。だが、本当は僕のほうがそうなのではないか。今まで行ってきた間違いを、過ちを、罪を、僕は正しいと思いたいだけじゃないのか。
人を殺した。罪も何もない人達を殺した。誰かの身勝手のために人を殺した。自分の意思ではなく、他人に命令されて人を殺した。
これは決して許されるべきではない最悪の行為だ。だが、人を殺すことに何の違いがある。誰かのため、守るため、そんな理由を掲げれば正当化されることなのか。
そういって未夜世を巻き込んで自分と同じところに引きずり落としたかっただけじゃないのか。姉によく似た彼女を守ることで、姉を守れなかった後悔を晴らしたかっただけじゃないのか。今の僕を見て、姉は絶対に褒めてはくれない。僕のことを認めてはくれない。あの人は、そういう高潔な人間だ。
雑踏を歩き、当て所なくさまよう。雨はやむことを知らないように思える白々しさで僕の身体ごと地面を叩く。
歩道を歩いていると、眼前に尋常ならざる気配の持ち主が待ち構えていた。
「……サンダルフォン」
僕より高い上背の持ち主である、メンバーのひとりサンダルフォンが、フードを目深に被ってそこに立っていた。
髪を後ろにまとめ、透明なビニールの雨合羽を羽織っている。その中には、機能性を重視したタイトな服を着て、左手には彼女の獲物であるビーム展開式光刃剣『
「ガブリエル。君の実力は一目置いていた。それだけに、心にある迷いが心配だったのだが……どうやら杞憂には終わらなかったようだ」
「……心配してくれるのはありがたいけど、僕は迷ってはいない」
「そうか? 君はずっと迷っているだろう。組織を裏切る前も、今もずっとな」
問答をしている暇も余裕もない。僕は籠手を刀へ変える。
それを受けて、サンダルフォンが『シュペール』のビーム刃を展開する。刃といっても、ビームの性質を活かした棒状の刃だ。青く発光する刃がサンダルフォンの合羽を照らし、独特の色味を生み出している。高温のビームは雨を受けると同時に蒸発させ、水蒸気が立ち上っている。濡れた地面もまた青い光を照らし返し、彼女と周囲を光で染め上げていた。
サンダルフォンは片手だけで『シュペール』を正中に構える。彼女が得意とする構えだ。刃を動かしたときに、軌跡に沿って雨が蒸発していった。あれをまともに受ければ、ひとたまりもない。
僕の籠手、『
僕と彼女が正面から見つめ合う。僕は、彼女に一切の隙がないことに戦慄していた。
緊張の糸を切ったのはサンダルフォン。
彼女が緩やかに、こちらに向かって歩いてくる。僕は刀を握る手に自然と力が入る。
距離が縮まるにつれて彼女の速度は上がっていき、足の動きが速くなる。
そして『シュペール』の刃が上から落ちてくる。
刀で受けると、形容しがたい駆動音が鳴り響いているのが聞こえる。『シュペール』のビームを展開するジェネレーターの音だ。
刀とビームの剣が鍔迫り合いを演じる。折られることはないだろうが、それでも不安になる。
ビームが流体金属とぶつかり弾ける音が鳴っている。弾けたビームの粒子は温度を失い、僕の肌に落ちる頃には無害な物体となっている。
僕が後ろに下がる形で剣を弾く。周囲を歩く一般の人々が突如発生した諍いに驚き、逃げるものもあれば、居座って見物するものもいる。
サンダルフォンは躊躇なく僕と距離を詰め、次の攻撃を放ってくる。
それをさばくことすら難しい。
少しでも次の一手の選択を間違えれば致命の一撃となりうる。
できる限り速く刀を振れる技を選んで、彼女の剣を受ける。攻撃に転じる余裕は、ない。
相手の剣にはほとんど重さがない。ゆえに、攻撃速度が実体のある武器に比べてはるかに速い。しかし、それは同時に自滅を招く諸刃の剣となる。技量の不足したものが使えば、軽さに振り回され満足に使うことすら難しいだろう。
人の波をかき分けながら、徐々に押されていく。
しかし、一度刀を左へと横薙ぎに振るったことで、好機を捉えた。
腕を右へ戻し、峰で『シュペール』の刀身を受け止める。
左手を刀を持つ腕にあてがい、力のまま右へと振り抜ける。
歩道沿いのガードレールを剣が切り裂き、白い金属に赤熱した断面が生まれる。
体勢を崩したサンダルフォンに回し蹴りを入れ、切り裂かれたガードレールごと道路へと吹き飛ばす。
地面を転がった彼女は右手で受け身を取ってすぐさま立ち上がった。
道路も当然、『シュペール』のビーム刃で切り裂かれているのだが、その赤熱断面は途中で途切れている。自分が蹴り飛ばされたことを把握し、瞬時にビームの展開を解除したのだ。そうでなければ、彼女は今頃身体が細切れになって転がっていたことだろう。
再びビームを展開する。青白い光が、泥で汚れた彼女の雨合羽を照らし出す。
僕も道路へ飛び出し、刀を構える。
周囲に鳴りわたるクラクションと車の音がうるさい。サンダルフォンの動きを見逃すまいと、必死で集中していた。
瞬間、視界の端に捉えた軽自動車の前に”扉”を開く。こちらに向かって走ってきていたそれは、サンダルフォンの数センチメートル前に速度を維持したまま空中から飛び出す。
彼女は刹那、驚きながらも即座にかがんで軽自動車の正中線を捉えて剣を振る。
真正面から切り裂かれていく車は、見事左右対称に真っ二つにされ、地面を滑り他の車に衝突する。
だが、目的は車をぶつけることではない。その瞬間に生まれる回避しようのない隙を叩くこと。
僕は彼女の背後に回り込み下段に足払いをかける。
身体を空中に浮かされ、身動きを取れなくなった彼女に刀を振り下ろす。
が、サンダルフォンは瞬時に右手を地面につくと、腕の力のみで空中に跳び上がった。
刀は誰もいない地面を叩く。金属とアスファルトが激突する音が響く。
僕は考えるより速く地面に”扉”を開き、自分の身体を下に向けて落下させた。
そしてサンダルフォンの死角である背面の出口を作り、彼女の頭から地面へと落ちる。
勢いのまま、彼女の背中を袈裟斬り。
そしてとどめに心臓へと刀を突き立てた。
雨合羽が切り裂かれ、血が外へ内へと吹き出し、水とともに流れていく。
僕は刀を引き抜いた。
瞬間、血がさらに吹き出し、僕にもかかる。だが、それは雨が洗い流していった。
サンダルフォンはゆっくりと仰向けに倒れた。
僕はいった。
「なぜ“能力”を使わなかったんだ」
彼女は答えない。即死したか、と思ったが、雨の中ようやく聞き取れそうなか細い声で、彼女はいった。
「……私の“能力”は戦闘向きじゃないさ」
それだけいうと、彼女は再び何もいわなくなった。赤黒い血が彼女の合羽の中に溜まっていくが、それは雨水と交じることで薄まり、隙間から流れていく。
僕は、刀を籠手に戻し、にわかに騒がしい周囲を尻目に“扉”の中へ入った。
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