6.

 それを読んだ瞬間、反射的に“扉”を開く。

 抗議の声を上げる未夜世みよせを無視し、彼女ごと“扉”に飛び込む。

 次の瞬間、ステンドグラスとドアが砕ける音と同時に、床に撃ち込まれる銃撃の音が耳をつんざく。

 一瞬でも判断が遅れていれば、床の代わりに僕達が弾痕だらけになっていたことは想像に難くない。

 側廊に転がり込んだ僕と未夜世はそれを見ていると、教会の入口を蹴破って入ってくるものがいた。

「ガブリエルちゃーん? どこに隠れているのかな」

 そこにいたのは聞き知った声の主。『エイブラハム』のメンバーのひとり、ウリエル。

 スーツを着込み短髪の彼は大型の自動小銃を肩に乗せ、きょろきょろと僕を探していた。

「……いいか、君はここにいろ」

 未夜世にそう告げ、大人しくしてくれることを祈り、僕はウリエルの前に出た。

「ウリエル」

「ガブリエル、そんなところにいたのか。大変なんだぜ、組織の中で裏切り者が出たっていってな。お嬢様は死んじまうし、もうてんやわんやだ」

「そうか」

「そうか?」

 ウリエルは顔を覆って笑いだす。

 次の瞬間、それは怒声に変わった。

「ふざけてんのか。誰のせいでこうなっていると思う。すべてお前のせいだろうが」

「そうだろうな」

「はあ……お前のそういうすかした態度も嫌いじゃなかったが、裏切り者と思うと途端に腹が立ってくるな……まあいいわ。責任取って死ね」

 そういうとウリエルは自動小銃を構え引き金を引いた。

 僕は“扉”を開き後ろ飛びで入る。

「その“能力”ずるくねえかぁ」

 何か喚いているが返答しては空間移動のアドバンテージが無意味になる。目下の気がかりはステンドグラスを割った、もうひとりの襲撃者のほう。ウリエルは……というより、僕のような暗殺担当でもなければ、襲撃をかけるとき大抵は複数人でチームを組むものだ。

 数で有利を取られている以上、相手の位置を把握しなければ危険だ。僕に狙いが向いていればいいが、万が一未夜世に気づかれればまずいことになる。

 上層部の高窓に移動した僕はそのまま窓枠を伝って移動しようとしたが、割られたステンドグラスから入ってきたもうひとりの男と鉢合わせた。

 反射的に籠手を銃に変形し撃つが、至近距離での撃ち合いゆえにかわされる。

 逆に接近してきた男が僕の腕をつかみ窓枠から落とそうとしてくる。

 それを逆に利用し、僕は“扉”を空中に開いてあえて飛び込んだ。

 水平に開いた“扉”は床につながっており、そのまま床へと寝転ぶ形で移動する。衝撃はあるが、二階から床に叩きつけられるよりはいい。

 だがこの不意打ちで左腕の拘束は緩み、僕は地面を転がって距離を取る。

 しかし離れた方向にはウリエルが待ち構えており、途中で体勢を整え立ち上がる。

 もうひとりの男を見ると、やはり知っている相手だった。

「メタトロンか」

 ウリエルよりは小柄──といっても僕より背は高い──な幼い印象の顔立ちのメタトロンは、スーツについた汚れを払い、マッシュカットの髪を整えた。

「ガブリエルさんが裏切ったのは本当だったんですね。あなたほどの人が裏切るなんて信じられませんけど。『固識の路ゼルプスト』とはいえ、そういうこともあるんですね」

 彼はいった。やはり自動小銃を持ち、油断なくこちらに銃口を向けている。

「あなたの淡々と仕事する姿には経緯を払っていたんですよ。それなのにこんなことをするなんて……失望しました」

 彼らふたりもやはり『固識の路ゼルプスト』だ。というよりも組織に所属しているものはほとんどが『固識の路ゼルプスト』だ。そうした異端の“能力”を持つものの集まりとしての側面もあの組織にはある。

 ただ、僕はふたりがどういった“能力”を持っているかは知らない。そして彼らも僕の“能力”の全貌を知っているわけではない。他人に“能力”を見せるのは、裸を見せるのと同じようなものだ。

「君が僕のことをどう思おうと勝手だが……『固識の路ゼルプスト』か否かを基準に持ち出すべきではないな」

「……へえ。聞きましたか、ウリエルさん」

 メタトロンは面白いものを見たかのようにウリエルへ呼びかける。

「聞いたぜ。ずいぶん笑わせることをいってくれるな。俺達は『固識の路ゼルプスト』の組織だろ? “能力”を持つものの集まりだってのに、それを誇りに思ってないのか?」

「……”能力”を持っているから人間より優れているなど一度も思ったことはない。『固識の路ゼルプスト』も人間だ」

 僕がいうと、ふたりとも笑いだす。

「ウリエルさん、これは傑作ですよ。組織の裏切り者どころか、“能力者”全体の裏切り者だ。こんなの、笑うしかありませんよ」

「そうだな。お笑い草もいいところだ。だからよ、早いところ殺さないとな」

「そうですね」

 両者が自動小銃を撃ち込んでくる。左右どちらかに避ければもれなく銃弾の餌食になり、上に避ければ相手の思うつぼ。狙い撃ちにされるだろう。

 残された手はひとつ。

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