5.

 今は使われていない封鎖された教会の中が、僕の選んだ避難場所だった。

 未夜世みよせは身廊に置かれている長椅子に腰かけていた。

「待たせてすまない。大丈夫か」

 僕が声をかけると彼女は大きく身体を震わせた。眼には怯えが宿っている。

「ガブリエルさん……」

「……心配する必要はない。ここならしばらくは誰も来ないはずだ。スローンズを倒した事実も伝わるまでに時間がかかる。今のうちに逃げるほうがいい」

「倒した……」

 未夜世は小さくつぶやいた。

「私は……私に何が起きたんですか。どうして私はここにいるんですか。あなたは……何者なんですか」

 彼女はあふれるように質問を繰り返す。当然だ。誰だって殺されそうになれば、多少なりとも混乱する。

 私はできる限り簡潔に、かつ刺激しないように言葉を選んだ。

「……君が調べていた事件はある組織に近づく行為だった。その組織は君が調べ回っていることを知り、厄介なことになる前に始末することに決めたんだ。あのドレス女は組織が送り込んだ刺客」

「組織……始末?」

「……ここには僕の“能力”で移動させた。閉鎖された教会の中だ。人は寄り付かない」

 未夜世は黙って僕の話を聞いている。その様子が少し不安に感じたが、説明を続ける。

「僕は……僕はその組織の一員だ」

 避けられない事実を伝えると、やはり未夜世は驚いた表情を見せる。彼女を安心させるため、僕は言葉を重ねる。

「僕のことを信じられないと思うのも当たり前だろう。だが……」

「そんなことどうだっていいです」

 黙っていた未夜世は口を開いた。

 その言葉には怒気が、いや、憎悪すら感じられる。

「あの人……あのドレスの人、いっていました。あなたを尊敬しているって。あなたのことを人殺しだって。同じ仕事をしているものとしてって……」

 僕は未夜世の言葉をただ聞いていた。

「あなたは……あなたも……誰かを殺したことがあるんですか。殺すことを仕事だと……そういいたいんですか」

 未夜世は僕のほうを振り返らない。だが、徐々に声量を増す言葉を聞き取るのに困らない。

「騙してたんですか私のこと、昨日会ったとき……嘘ついて、誤魔化して……あなたは全部知っていたのに、それを隠して……ぜんぶ自分のためですか。組織のためですか。仕事のためですか」

「……落ち着け」

「落ち着けば答えてくれるんですか。あなたはずっと私の質問に答えてくれないじゃないですか。何も教えてくれないのに落ち着け、無理なこといわないでくださいよ」

 何をいっても逆効果だと悟り、僕はどうするべきか考える。どう伝えれば、彼女の混乱を解くことができるだろうか。

「……君のためだ。僕は……」

「人殺しが? あなただって私が追っていた事件の犯人なんですよね。それなのに私のことを助けようとするんですか。しかも二回も。矛盾してますよ、気持ち悪い」

 矛盾している、という言葉に、僕は何もいえなくなる。彼女のいうとおりだ。

「あなたは正しいことをしていると思っていたのに……」

「未夜世──」

 僕がいおうとした瞬間、ホログラフィック・パネルに着信が入る。一瞬無視しようかと思ったが、状況から逆にそれは危険だと判断した。

 そしてそれは正しかった。

「……ラファエル?」

 彼女からのメッセージは短く簡潔なもの。

“位置は把握されている”。

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