4.

「今だ」

 僕は未夜世に叫んだ。彼女はそれを聞いて、“扉”の中へ──見えていないだろうが──入り込む。

 叫んだ一瞬のあと、『ハーミスHermes』から放たれたレーザーが“扉”が開かれていた空間を射抜いた。

 だがすでに“扉”はなく、レーザーは空中を駆けていった。

「……今ならまだ、わたくしのほうから弁護してさしあげることもできましてよ」

「結構だ」

 僕は即座に答えると、手に装備している流体金属製の籠手『レンブラントRembrandt』を変形させ銃にし、スローンズを撃つ。

 が、その銃弾は彼女の扇子の扇面で受け止められ、命中してはいなかった。

 彼女は扇子を折り畳むと笑みを浮かべていた。だが、眼には笑みが込められてはいない。

「あなたのお気持ちはよくわかりましたわ。そちらがそのおつもりなのでしたら、遠慮なくぶち殺してさしあげましょう」

 スローンズはそういうと、扇子を振るい、ドレスの下からいくつもの砲台を繰り出す。

 次から次へと出てくる『ハーミス』は、最終的には三十七個となった。

 そして彼女自身も、『ハーミス』と同じように宙に浮かび上がる。

「飛行系の能力者か」

「正確には浮遊の“能力”でしてよ」

 地上から十数メートルの距離まで浮かび上がったスローンズは、上空から見下しながら扇子を振るい、『ハーミス』を僕へと差し向ける。

「だからこうして自在に操ることができるのです」

 数十の砲台がこちらに向けられ、レーザーが続々と発射される。

 僕は両手の籠手を刀へと変形し、逆手に握りレーザーを切り裂いていく。

 切り裂かれたレーザーは収束を失い、バラバラになって地面へと落下し、爆発を起こす。

 休む間もなく襲い来るレーザーを切り裂き、避けてさばいていく。

 激しくなる攻撃の間を縫って、レーザーを跳ね返し砲台を撃墜する。

「見事なものですのね」

 スローンズはそういうと、扇子を振るって『ハーミス』の陣形を作り上げる。

 そして同時にレーザーを発射させた。

 四方から迫る光線を前に、逃げ場は残されていなかった。

 が、僕は“扉”をレーザーが飛んでくる前方に開き、同時に前方へ跳び他の攻撃をかわす。

 そして出口の“扉”はスローンズの背後に開いていた。

「んなっ」

 スローンズは驚きながらも上空へと飛び上がりレーザーを回避する。

「あなたの“能力”のことを忘れておりましてよ。けれど、いくら攻撃を跳ね返したところで無駄ですわ」

「ああ。だからそれが目的じゃない」

 僕は新しく”扉”を開くと、その中に手を入れる。

 スローンズの肩をつかむと、力の限り地面に向かって投げつける。

 空中から地面に叩きつけられたスローンズはうめき声を上げる

 彼女の強みは”能力”による高所からの高機動遠距離攻撃。自立稼働砲台を更に自分の”能力”で強化し弾幕を展開しつつ、自分は安全圏に離脱できることにある。

 しかしそれは”能力”を崩されれば戦術が瓦解する弱点にもなる。

 スローンズの意識をほんの僅かでもそらし、『ハーミス』からの砲撃を止めれば、後は“扉”を開き奴を地面に落とすことができる。

 再び刀を握ると、スローンズの心臓めがけて振り下ろすが、間一髪で彼女は地面を転がり避ける。

 そのまま空中へと浮かび上がろうとするスローンズの腹を蹴り飛ばし、再び地面へと墜落させる。

「もう空へ逃げる余裕は与えない」

 彼女は腹を抑えながら立ち上がり、荒い息を吐きながら僕をにらみつける。

 周囲を見渡して、『ハーミス』を撃つ射線を探しているようだったが、どうやっても射線の先に自分がいることを理解したのか諦めたようだ。

「近接戦闘は得意ではないのですけれど」

 そういって扇子を振るう。

 僕は刀で受け止めると、返す刀で扇子を弾く。

 しかしスローンズは予想に反して体勢を崩さず、即座に反撃を打ち込んでくる。

 時にドレスを整えながら扇子で僕と切り結ぶ彼女の扇子さばきは、得意ではないといいつつも近接戦闘術を身につけている証左であった。

「なぜあなたはあの人間をお守りしたのでしょうか?」

 切り結びながら、スローンズはいった。

「あのような『固識の路ゼルプスト』でもない、何か組織に属しているわけでもない孤立したただの人間を守ることが本当に正しいと思っておられるのですか? あなたがやったのは組織を裏切ることであり最大のタブー、何より『固識の路ゼルプスト』そのものを侮辱する最低の行いでしてよ」

 僕は扇子を弾き飛ばすと、スローンズと距離を取る。そして彼女の言葉に対して答えてやった。

「……君は『固識の路ゼルプスト』が特別なものだと思っているのか」

「当然でしょう。“能力”を持たない低俗で無能な人間に比べて『固識の路ゼルプスト』が進化した種族であることは明らかなこと。本当ならば生かしておくことも耐え難い屈辱ですのに、わたくし達の寛容さによってその役割を与え、社会のために貢献させているのですわ。それなのに、そんな家畜同然の人間がわたくし達に歯向かうなど……決して許されざる下劣な行いですことよ」

 聞くに堪えない台詞を聞き終え、僕はいった。

「どうやら君は人間という言葉の意味を間違えているようだな」

「……そうおっしゃられますと?」

「僕達『固識の路ゼルプスト』もまた人間だ。たかが“能力”ひとつで差が生まれるわけでも、まして偉くなるわけでもない。君は間違えている」

 僕がそういうと、スローンズは深くため息をついた。

「ずっと……そうずっと、あなたのそういう救えない頭が嫌いでしたのよ、ガブリエルさん」

 スローンズが扇子を振るうと、『ハーミス』が三基、彼女の近くへと引き寄せられていった。

「近接戦闘を行いながらではこれが限界でしたわ。さて……あなたのような愚か極まりない考えの持ち主がいては『固識の路ゼルプスト』全体に悪影響を及ぼしますわ。ここで死んでいただくことが世界のためですわね」

 そう吐き捨てると、今度はスローンズのほうから接近戦をしかけてきた。

 先程までと違うのは、スローンズ本人に加えて、三基の『ハーミス』が同時にレーザーを撃ってくること。

 僕は扇子と切り結びながら、的確に急所を狙うレーザーを切り飛ばし、跳ね返し、避け続けた。

 時に籠手を盾へと変形させ、どうしてもかわしきれない攻撃を広範囲の防御で防ぐ。

 だが、このままではいずれ追い詰められることが火を見るよりも明らかだった。

「あなたの“能力”を使えばわたくしの『ハーミス』達の攻撃も簡単にかわせるのではありませんか?」

 攻撃のさなかスローンズがそう問いかけてくる。

 僕が答えずにいると、彼女は続けた。

「それをしないのはあなたのあの空間移動の“能力”に何かしらの制約があるからではないのですか? そうでなければわたくしは今頃無事では済んでおりませんでしょう!」

 彼女の扇子を両手の刀で受け止め、ジリジリと押されながらスローンズの叫びを聞く。

 背後に浮かぶハーミスは全基がこちらに砲門を向けている。彼女がその気になればいつでも撃てるだろう。

「ああ……そのとおりだ」

「ずいぶん簡単に教えてくださるのですね。死に際に優しくなられたのですか?」

「そうかもな」

 スローンズの軽口を聞き流し、僕は最適なタイミングを推し測っていた。

「残念ですわ、あなたを殺すことになりましたのは」

 スローンズがいうと、砲門からレーザーが発射される音が鳴り響く。

 瞬間、僕は更に一歩引き下がり、組み合うのをやめた。

 スローンズは体勢を崩し、隙が生まれる。

 そして、“扉”を背面に開きレーザーをその中に入れる。

 出口は、スローンズの胴体の一センチメートル前。

「制約があるから、もっとも効果的なタイミングで使う」

 レーザーをまともに受けたスローンズは口から血を吐きながらよろめく。

 僕はすかさず追撃を加える。

 刀を籠手に戻し、レーザーで貫かれた傷を殴りつける。

 痛みに呻く声がスローンズの口から漏れる。

 かまわず胴体へのミドルキックを何発も叩き込む。

“扉”を開き、出口をどこかの壁にする。そして”扉”に向かってスローンズの頭を殴りつけた。

 殴った反動で戻ってくるスローンズの頭を再び殴る。それを数度繰り返し、頭をつかんで膝に叩きつけた。

 よろめくスローンズの身体を刀で袈裟斬りにし、再び頭をつかむ。

 刀をナイフに変形し眼に突き刺した。

 スローンズが動かなくなったのを確認し、ナイフを引き抜く。籠手の形に戻すと刃についていた血が地面に落下し音を立てて染み込んでいく。

 彼女は膝を地面につくと、力なく仰向けに地面へ倒れ込んだ。

 仕立てよく誂えられたドレスは血で濡れていった。

 僕は彼女の様子を確認すると、未夜世を送った場所への“扉”を開いた。

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