3.
「ごきげんよう、ガブリエルさん」
声の主は、長身に壮麗華美なドレスを身にまとい明るい緑の髪を縦に巻いている髪型が目を引く、全体的に特徴を持つ女。そして僕は彼女のことを知っていた。
「スローンズ」
『エイブラハム』のメンバーのひとり。主に資金面を担当している。その理由は彼女がさる財閥の跡取りだからだ。その財閥が組織の実質的なケツ持ちを担当しているのだが、彼女は組織のことを知り参加してきた変わりものとみなされている。強いつながりができたことで財閥は組織に援助を惜しまなくなり、また組織は財閥から依頼された仕事を優先するようになった。
スローンズは普段パイプ役として動いているはずで、現場にまで出てくることはあまりない。だが、この状況から察すると、彼女が未夜世を暗殺するために派遣された刺客のようだ。
「一体何をなさっていらっしゃるのかしら。今日はこの付近にはお近づきにならないよう、ボスからご命令が下されていらっしゃったはずですけれど」
やはり予想は正しかったようだ。彼女の視線は僕ではなく、背後にいる
「……少しこのあたりに用があったんだ。仕事で問題が起きて」
「あらそうでしたの。ですが、なぜご報告なさらなかったのですか。今わたくしが受けている任務の重要さはガブリエルさんもご理解なさっていらっしゃるはずですが」
今はまだ疑惑だけ。だが、僕が取ろうとしている行動が彼女に知られたら、本格的に敵対することになる。僕自身の覚悟もまだ決まっていないというのに。
「すぐに終わることだったからだ。もうここに用はない。君が仕事をするというのなら僕は立ち去る」
「ぜひともそうなさってくださいませ。わたくしとしても、身内と争うのは望むところではございません」
大人しくその場を離れようとしていた僕は、身内、といったスローンズの言葉を聞いて、すれ違いざまに立ち止まる。
それに気づいたのか、スローンズの動きも止まる気配がした。
「身内?」
僕は訊き返した。
「ええ。あなたは同じ組織の仲間ですもの。どのような理由があろうとも、仲間と戦うことは愉快なことではありませんことよ。それに、そんな仲間を危険に晒そうとしている“人間”を摘み取ることも重要な仕事ですわ。その点では、わたくしはあなたのことを尊敬しておりますわ」
「……そうか」
「……やはりよくわからないお方ですこと。まあ、よろしくてよ。わたくしもガブリエルさんを見習わせていただいて、迅速にお仕事を完了いたします」
僕は振り返らなかった。僕に彼女を守る資格はない。ただ誰かに、組織に、命じられるまま誰かを殺すことで生きてきた僕には、今更自分勝手に誰かを守ることはできない。
未夜世が驚きの声を上げたのが聞こえた。あと数秒もすれば彼女は死ぬだろう。なぜ殺されるのかを知ることもなく。僕の姉と同じように。
僕は”扉”を開いた。
そしてその中に入らず、手を伸ばし未夜世の身体を引き寄せた。
驚愕の表情を浮かべていたスローンズは、こちらに振り向いていた。
「一体何をなさっていらっしゃるのかしら」
発されたのは先程と同じ質問。だが、そこに込められている感情はまったく異なっていた。
「ずいぶん怒っているようだな、スローンズ」
「そりゃあ……怒りますわよ。少しばかり気に食わないところがありましても同族ですし同じ組織のメンバーですし、先達として尊敬しているのも本当のことでしたわ。それですのに……」
僕がスローンズに向き合うと、彼女は普段の優雅な表情から一点、見たことのない顔になっていた。
「あなたが行っているのは組織に対する裏切り行為ですわ。始末すべき人間を庇い立てるなど言語道断、極悪非道の大逆人に成り下がる行いですわよ」
「人を殺そうとするやつがよくいえるな」
「あなたもいえたことではないでしょうこの殺人者が」
「そうかもな」
数秒間の睨み合い。互いに互いの隙を探す硬直が発生する。
僕は未夜世にささやきかけた。
「僕が合図したら、後ろに向かって走れ」
「え……」
「後で必ず説明する」
「……わかりました」
「ありがとう」
場にはすでにスローンズの武器である自立稼働砲台 S-68 型、通称『
今は照準を向けていないが、スローンズがその気になればすぐにでもその砲火がこちらに向けられることだろう。
彼女は右手に持っている扇子で自分を扇いでいたが、やがてその動きが止まる。
そして扇子を畳むと、それで僕を、未夜世を指した。
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