2.

「今日の案件はこれだ。終わったら報告だけしろ。それと……」

 事務所でボスから仕事の概要を受け取る。今日は二件ほど入っていた。

「最近我々のことを嗅ぎ回っているやつがいるらしい。組織だった動きはないから無視してもいいだろうが、万が一遭遇しても殺すな。もう別のやつに命令を出したからな」

 僕が今身を置いている『エイブラハム』という組織は犯罪集団だ。そこそこの規模があって、かなり悪辣な犯罪にも手を出して金銭を稼いでいる。僕はその中で殺しを専門にしている。“能力”の適性が殺しらしい。正直なんだっていい。

 ついでにいえば、筋論というものを重視している組織でもある。今僕に告げられた、不審な相手を殺すなという命令は、すでに他のメンバー──と『エイブラハム』では仲間のことをそう呼ぶ──が対処する仕事となったので横取りするな、という意味になる。

 各メンバー間での分業意識は強く、横取りは裏切りに匹敵する。そして裏切りは絶対に許されない行為であり、破ってはいけないルールのひとつ。

「了解」

 短く返事をし、ボスのデスクを後にする。

 部屋を出て事務所から出ようとしていたとき、メンバーのラファエルが話しかけてきた。

「ねえ、ガブリエル。今度一緒にご飯でも……」

「断る」

 短く返事をし、事務所を後にした。

「ははは、ガブリエルがそういう浮いた話に乗るわけないだろ」

「ラファエルも諦めが案外悪いんだな」

 そう揶揄する声が聞こえてきた。

 ラファエルは僕に頻繁にコミュニケーションを取ってくる、いまいち捉えどころのない相手だった。他のメンバーのように仕事を楽しんでいるわけでもなく淡々とこなしているのは尊敬しているが、僕に対してだけは妙に私情を出しているように思えた。

 意図のわからない相手を気にしていても仕方がない。僕は仕事の資料を見て“扉”を開いた。

 歪な六角形の“扉”の向こう側は周囲の景色ではなく、資料に写っている目的地周辺の景色。

 事務所は入り組んだ路地裏にあるが、“扉”の向こうは開けたオフィス街であり、ここから数キロメートルほどの距離がある。

 まったく異なるふたつの場所が“扉”によってつながっている。

 僕は空間に“扉”を開くことができる“能力”を持っている。その“能力”によって、空間をある程度自由に移動することができる。瞬間移動だとか、ワープゲートだとか称されるもの……らしい。

“扉”をくぐり、目的の場所へと移動する。

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