Episode.2
生徒たちの楽園の始まり─つまり昼休みを知らせるチャイムが鳴り響く。ガタガタと椅子を引きずる音を立て、全員が立ち上がる。先生に向かって一礼をすると、生徒たちはストローに吸い込まれるタピオカみたいに真っ先にドアに向かって吸い込まれて行く。
俺は机の上をある程度片付け隣の席に座る茶色の頭に話しかける。
「智紘。昼、食いに行こ。」
教科書をトントン揃えていた君はこちらを向いて小さく微笑みながら「うん。」と息を零した。
本当にこいつはあざとい奴だ。自分がどう動けば可愛く映るのかしっかり把握してやがる。これも見捨てられないために身につけた技なのだろうか。野生で暮らす動物の赤ちゃんかっての。
手を差し出した瞬間、「和馬!」と俺を呼ぶ声がした。声の持ち主の方へ目を向ける。そこには首と輪郭の境で綺麗に揃った小麦色の髪を持つ、見覚えのある顔があった。
俺は智紘に少し待つように声をかける。すると一瞬寂しそうな顔をして頷く。それを確認した俺は、駆け足で藍華の待つ廊下に出た。すると、藍華の隣に小柄の女子生徒が立っているのに気が付く。俺より背が低く、下を向いているのでその顔を確認することは出来ない。時より、ふたつに分けた髪の片方の束を撫でている。
「何や、その髪色。怒られんぞ。」
「えー?かわいっしょ?」
藍華は首を左右に振り、小麦たちを宙へ舞わせる。俺は自転の中心である旋毛を右手で覆い被さるように押さえ込み、その回転を止めた。智紘を待たせているので長話は出来ない。
「要件を十文字以内で述べよ。」
「えー!!そんなの無理やって!!」
「はい、十文字。もういい?」
「ちょちょちょ、待ってよ!」
くるりと方向を変え、教室に戻ろうとした俺は背中側からカッターシャツをグッと引っ張られ、重心を引き戻される。勢いよく引っ張られたそれは制服のズボンからはみ出てしまった。
「なんやて。髪染めたの自慢したいんやったら食堂行ってからでええやん。」
ズボンに手を突っ込んで、はみ出たシャツを入れながら言葉を返す。
「違うわ!そんなしょうもない話がしたかったわけやないし!」
藍華は横に添えられた彼女を自分の前に出した。そしてその耳に「自分の口で言いや。」と声をかける。その瞬間、彼女はさらに下を向いて、光に反射してツヤツヤと光る濡れ羽色の髪束を震わせた。
「んもー!はい!ちゃんと前向く!!」
少女は藍華の圧のかかる声に顔をグッと上げられる。俺はようやく、その顔を確認することが出来た。
目尻の下がった目、大きな瞳。小さな口についている上唇と下唇は強い力で縫い付けられ、小刻みに震えている。そして透き通る白い頬の奥で紅色の果実が実っていた。俺と目が合うと、彼女はさらに果実を大きくして、目を逸らしてしまった。
「
「部活…演劇部やっけ?」
「そうやお。」
花恋と呼ばれた少女は正しく「可憐」だった─これはダジャレだが。そして、花恋ちゃんのこの反応、藍華の「自分の口で」という発言。間違いない。
──俺は今から告白される。
ほんの数秒前に名前を知った相手から告白される。それは一目惚れというやつなのではないか?花恋ちゃんは一体俺のどこに惚れたのだろうか。どんな言葉で告白するのだろうか。心臓で膨らむ期待は血液に乗って全身へ駆け巡り、体がカッと熱くなる。
「あっ…花恋ちゃんが俺に用事あるん?なんやった?」
溶けそうな口角を何とか正常な位置へ戻し、震える声を抑える。モテ期到来。人生で初めて…かもしれない。
「あの……、えっと……。」
来る…!!
「す、………す、」
来い…………!!
「す、き…なんで、す……っ」
来たァァァ!!!
心の中で大きくガッツポーズ。まさか本当にこんな可愛い子から告白されるとは…!何と返事をしたらかっこいいか、彼女の理想に合っているか。コンマ一秒単位でいくつもいくつも考えた。しかし、俺の思考は彼女が次に発した声ですぐに停止してしまうのだった。
「智紘くんが……好き、なんです。」
……………。
「それで…その………和馬くん仲良いもんで…」
「手を貸してほしいって事よ。分かった?」
痛いほど理解した。というより、先程全身に流れた期待が無数の針となって内部から攻撃してくる感覚に襲われ、全身が痛かった。「分かったよ」と返事するその声も引きつってしまう。チラリと藍華を見ると、こちらを見て笑っているのが分かった。勘違いしていたのがバレたのか…心臓が恥ずかしさに犯され動けなくなった。
「……具体的には何したらいいん?」
「あー、それなんやけど。花火大会あるやん?ほら、八月の最初らへん。」
そうか、もうそんな季節か。高校に入学してはや四ヶ月。入学当初、俺の理想ではもっと遊びまくってる予定だったんだけど、実際は毎日課題やら部活やらに追われてそれどころではなかった。気がつけば七月中頃。少し勿体無い気さえしてきた。………これが進学校生の宿命と言うやつか。
「それに智紘くん誘っといて欲しいんやおね。うちら四人で行こ?」
藍華の言葉に俺は、何故か内側から湧き上がるものを感じた。
「藍華。そのことは食堂で四人揃って話そ。智紘呼んできてくれん?」
「え!?なんで私なん?嫌やて。信頼されとらんし、むしろ初めましてやわ!」
「分かった。じゃあ話し相手になってくれればええから。」
丸く、小さくなった藍華の瞳をじっと見つめる。藍華もまた、俺の瞳を見つめ返す。そしてゆっくりと萎んだ瞳孔を元の位置に戻し、教室内へと入っていった。と思えば再びひょこっと顔を出し、「いじめんなよ」と一声。俺はそのままそっくり言葉を返した。
シンと静まる廊下に二人きり。花恋ちゃんは自分の居場所を探すかのように目を泳がせていた。
「なぁ、智紘のこと本気で好きなん?」
そのなんとも言えない空気に電流を流した。花恋ちゃんは思いもしなかった刺激に戸惑いをみせる。
「将来ずっと、あいつのこと支える気あんの?」
「えっ………あっ……」
「智紘は、目が見えんのやお?それ分かって好きになったん?」
「………」
「自分で遊びに誘えへんような中途半端な気持ちなんなら、協力出来んわ。智紘を傷つけたくないし。」
自分でも酷いことを言っている自覚はある。それでも、これは確認するべきなのだ。この子のためにも。覚悟がなければ、目の見えない彼を支えていくのは無理だ。
「私は…!!!」
大きな声と共に、スイッチの入る音がした。
「ちゃんと分かっとるよ!目が見えないことも、どんな生活を強いられるのかも、一緒に過ごすことがどれだけ大変かも…ちゃんと調べた!沢山調べた!それでも、それでも好きなんやて!どれだけ辛くてもそれを顔に出さんとことか、凄い努力家なところとか、誰にでも平等に優しいところとか…。」
正直、謝られると思っていた。
俺は花恋という女を舐めていたらしい。
「はははっ、演劇部スイッチ入った?」
俺がそう聞くと、彼女は自分が言ったことを理解したのか、耳まで真っ赤に染めて、また唇を閉じてしまった。
「じゃあ、任せるわ。智紘のこと。」
花恋ちゃんは大きな目をさらに大きく、宝石のように輝かせ、力強く頷いた。
「おーい!和馬ァ!!もう限界じゃァ!」
喉を絞めた低い声で放たれた声が耳に届く。
「ごめんて!すぐ行くわ!」
俺はその声の待つ方へと駆けて行くのだった。
BlueStar ふみつき やか @fumituki__yaka
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