Episode.1
「おはよう!席、隣やね。」
「え...うん。そうやな。」
春。高校。俺は今日から高校ライフを満喫する訳だが…。最悪だ。俺の隣に陽キャが座ってくる予定はなかった。聞こえてないフリをすれば良かったか。こういうタイプとは絶対に仲良くなれない。まぁ、偏見だけど。
「LINE交換しーへん?せっかく隣なんやし。なんかの縁やって!仲良くしよーぜ。」
えー、すげぇよ陽キャ。出会って十秒の相手にLINEねだってきやがった。
「もちろん、いいけど。」
あ。言っちまった。まただ。俺は流されやすい。ほんとに断れない。なんでだろ。
俺はスマホを取り出し、LINEのQRコードを表示する。隣の陽キャは登録してすぐスタンプを送ってきた。俺もすぐさま名前を確認。「
「お前、藤田って言うのな。」
森内が一言。そうだけど?確認する必要ある?
「名前なんて読むの?ツグミ?」
「鶫って書いてツグって読む。」
「ツグか!よろしく!」
この会話、人生で何度目だろうか。ほんとに親は面倒くさい名前をつけたもんだ。まぁ、気に入ってはいるけど。
「森内くん、あの」
「和馬でいいよ。友達なんやし!」
……でた、このノリ。呼び方ぐらい好きにさせろ。
「和馬くん。」
「……なに?」
森内は俺の君付けに少し不満そうな顔をした。…ちょっと面白い。
「あのさ、」
俺が特に意味もない会話をしようとすると、女子たちの黄色い声が聞こえてきた。それに気づいた森内がそちらを見る。目線の先には五、六人の女子たちに囲まれた一人の少年。男の俺から見ても整いすぎているその顔が女性たちを虜にするのは容易いことだっただろう。
「何?あれ。」
森内は、眉間に皺を寄せられるだけ寄せてその光景を凝視している。
「和馬くん知らへん?彼、入学式の日にちょーイケメンって話題になった人やお。」
「へぇ、最近の子たちはあんな清楚系が好きなのかね。俺みたいな明るいヤツの方が一緒にいて楽しいと思うんやけどなぁ。俺みたいな。」
森内の声色が一段階黒く染まった。対抗心が丸見え、ダダ漏れ。しかも、「俺みたいな」二回も言った。「対抗しても仕方ないと思うけど。」この言葉は口から出さず胃袋に戻して消化した。流石に可哀想である。
といっても本当にあのイケメンくんは綺麗な顔立ちをしている。切れ長の目なのに瞳は大きく見え、髪はストレートで光が当たった部分だけ茶色っぽく輝いている。身長はおよそ百七十五センチほどで調度良い高さ。本当に勝ち目がないのだ。
ただ一つ、俺には気になっていることがあった。彼の瞳である。白く濁るその瞳が一体どこを捉えているのか、分からないのだ。その瞳を見つめると彼の見つめる先の世界へと吸い込まれそうになる。…まぁ、まじまじと顔を見たのは教室に入った時の一度だけだが。
「スカウトとかされへんの?」
五、六人のうちの一人がイケメンくんに声をかける。
「されへんよ。僕、そんな大した人間やないし。」
そっと微笑んで優しく返事をする。すかさず女子が反論。
「人間性を言っとるんやなくてさ、顔の話!イケメンやおねって!」
まぁまぁ酷い言い方だな。人間性も見てやれよ。これだから陽キャ女は。……これも偏見か。
返事に困ったのかイケメンくんは乾いた笑い声を溢して「そうかな…?」と呟く。女子たちはキンキンと口々に褒め倒す。
それを遮るようにキーンコーンカーンコーンとチャイムが鳴り、ガラガラと音を立てて担任の女性の先生が入ってきた。女子たちは足早に自分の席についた。
「おはようございます。1Fの皆さん。本日から...」
あー。やっぱりダメだ。俺は長話や興味の無い話は耳に入らない体質なんだ。諦めよう。チラリと隣を見ると、ただ一点を見つめる森内がいる。目線はあの黒褐色の髪を一本一本捉えている。そこには俺におちゃらけて話しかけてきた森内はいなかった。一体何を考えているのか。ぼんやりとそんなことを考えていると、先生の声色が変化し、俺の意識を引き戻す。
「では。ここで一人の生徒さんから伝えたいことがあるそうなので、お話ししてもらいます。」
先生はフワリとした声で前の扉に一番近い席に座る、人形のような彼に声をかける。そして右手を差し出し、彼もその手に透き通る手を重ねた。立ち上がりこちらを向く。ゆっくりと顔をあげ、俺たちをまっすぐと見つめた。でもその瞳は何処か遠くを、俺たちの心の奥を覗いているようだった。
そして音を立てながら大きく息を吸い、その息を音にした。
「僕は
その声は決して小さくは無いが、何処か儚くて、少し触れたら傷つけてしまう硝子細工のようだった。そして、その場の空気を一瞬で変えてしまう言葉を言い放った。
「僕は、目が見えません。」
「誰か、僕の目になってくれませんか?」
少し沈黙が続く。流石に何と反応したらいいのか分からない。その空気を感じ取ったのか、彼は焦ったように声をあげる。
「あっ!目って言っても白板に書いてあることを言葉で教えてくれたりとか、授業の録音手伝ってくれるだけでいいでね!」
その言葉に背中を押されたように、クラスメイトたちは口を開く。そして立候補が何人か上がった。大体は女子だったが。次々に上がる声を聞き、緊張が解けたのか、彼の頬が少し緩んだのが見えた。
「あのー!!男の方が気が楽だと思うんで、俺とかどーっすか?」
突然、隣の男が声を張る。その声は空間を食い尽くし、一気に主導権を握る。
「てかお前ら下心丸見えやから!どーせ、こいつがカッコイイから助けるって言っとるんやろ?まじ許せんわ!このクラスで最初に彼女作んの俺やから!!!」
一瞬の沈黙。そしてどっと笑いが込み上げ、みんなでゲラゲラと笑った。お前、そっちかよって。
「ってことでいい?智紘。」
半ば強引に話を進める森内にその人形は戸惑いを見せたが、小さく頷き、今日一番の人間らしい笑顔を見せた。
「では森内くん。智紘くんの隣の席に移ってもらってもいいですか?」
「はーい」
そう言いながらカバンを持ち上げ、俺に別れを告げ、行ってしまった。
そして俺は、何となく、本当に何となく。和馬くんを危険人物リストから外したのだった。
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