第13話 吸血鬼の村
吸血鬼討伐への旅は順調に続き、遂に俺達は吸血鬼が潜んでいるであろう村の近くまでやって来た。
位置的には村の西側だ。街道を途中で西に抜け、回り込む形で接近した。西側の背後にはやや低い崖があり、下には川が流れている。
村の南側には森があって、森の中には洞窟があるという情報も事前に得ている。村に吸血鬼がいなければ、森の中にある洞窟を拠点にしているかもしれない。
ここまで来るのにグールの群れと初回を含めて三回ほど遭遇した。毎回グールの数は五十を越えており、徐々に吸血鬼へ近づいているという雰囲気が感じられる。
加えて、眷属化したグールが殺されると主である吸血鬼は察知できるという研究結果があるが、吸血鬼がやって来る気配は感じられない。休眠状態であるという情報は正しいと思われた。
「昼間のうちに偵察をさせる」
村の西側、十分に離れた位置に潜む俺達であったが、アルベルトはグールの動きが鈍い昼間のうちに偵察を行うよう仲間に命じる。
吸血鬼の存在が確認出来次第、今度は夜を待たずに行動開始の予定だ。
三人のバトルプリーストが村へと偵察に向かい、数十分後に戻って来た。
「グールが百匹以上います。ダンピールも五匹ほど確認しました」
「村の奥に家があるんですが、家の前にはダンピールが二匹います。姿は確認できませんでしたが、恐らくは家の中に吸血鬼がいるんじゃないでしょうか?」
アルベルトは「当たりだな」と呟いた。
「姿が確認できないのは不安だ。確認できるまで待った方がよくないか?」
「いや、既に東の陽動部隊がこちらに向かっているはずだ。待っていたら合流タイミングがズレる」
まるで村にいる事が確定しているような言い方だが……。果たして本当に村で合っているのだろうか? 後方にある森だったらどうするつもりだ。
「森だったら合流して一気に攻める。どちらにせよ、背後から挟まれぬよう昼のうちに村のグール共は殲滅しておく必要があるからな」
いや、待てと言いかけたが、これ以上は口を挟まない方が得策か。アルベルトを信頼するバトルプリースト達の視線が痛い。
主役は彼等だ。大人しくしておこう。
「では、仕掛けるぞ。馬と馬車はここに置いておく。万が一の時は聖女様を最優先にお守りしろ。聖女様を守って退け。仲間は気にせずに撤退しろ」
バトルプリースト達は「承知しました」と頷く。そして、アルベルトは聖女の話し相手でもあった少年に「ここで待て」と命じる。
少年は何か言いたいようだったが、言いかけて止めた。ついて行くと言いたかったのだろうが、言うだけ無駄な話だ。神聖魔法を使える聖女ならともかく、少年はお荷物になってしまうしな。
少年が戻って行き、バトルプリースト達が武器を準備している最中、アルベルトが俺に近寄って来た。
「グレン、すまないが万が一の時は聖女様を連れて逃げてくれ」
「は? 俺が?」
正直、少し意外だった。こういう事を頼む際は信頼できる仲間に言うもんだろう。俺のような他国の人間に言うもんじゃない。
「万が一の話だ。聖女様を連れてシーエン殿と共に逃げろ。さすがに他国の貴族を巻き込んで、となると教会を飛び越えてエステル王国の責任問題になる」
「まぁ……。だろうな」
逆の立場でもそうなるか。聖女を連れて行けと言ったのは、まだ幼い聖女へ向けた彼なりの優しさなのだろうな。
俺はアルベルトの願いに了承しつつ、珍しく酒を飲まずに村の方向を見つめているシーエンに近付く。
「おい、大丈夫か?」
「え? ええ」
シーエンの様子がおかしい。どこか落ち着かないというか、ソワソワしているように見える。
「どうした? 緊張しているのか?」
「いえ、そういうわけじゃないんですが……。何か嫌な予感がするんですよね」
「嫌な予感?」
そう聞かされると聞き流せない。シーエンは馬鹿騒ぎ好きで酒好きで馬鹿でアホな奴であるが、魔術を得意とするエルフだ。魔術的なアプローチで何かを感じ取ったのだろうか。
「こう、言い表せないんですよ。とっても気持ち悪い! ですが、胸の奥がザワザワするんです」
「魔術で何かを探ったんじゃなく?」
「いえ、違います」
本人もよく分かっていないようだが、とにかく不安が感じられるらしい。
「なぁ、お前の魔術でグールを一掃できたりしないか?」
俺達が村を襲撃することに不安を覚えているなら、魔術でグールを一掃できたら少しは解消されるんじゃないか。ダメ元で問うも、シーエンは首を振る。
「さすがにあの数は無理ですよ。私は魔術師であって魔法使いじゃありませんからね」
まぁ、だよな。
「襲撃の時は離れるなよ」
「ええ」
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準備を整え、遂に襲撃を行う時がやってきた。
アルベルトと直属の部下が一斉に突っ込みつつ、他のバトルプリースト達は後方から弓での援護を行う。俺は聖女を護衛しながら遅れて突入する者達と共に行き、アルベルトが討ち漏らしたグールを殲滅するという役割だ。
「行くぞッ!」
木の陰に隠れていたアルベルト達が一斉に駆け出し、村の柵を飛び越えて中に入った。昼間という事もあってグール達の動きも反応も鈍い。未だ侵入したアルベルト達には気付かない。
残り数メートルの位置まで接近されてようやく気付いたようだ。しかし、気付いた時には既に遅い。アルベルトの振ったメイスは頭部を捉え、肉と骨が爆発するかのように粉砕された。
アルベルトの後に続くバトルプリースト達もメイスやハルバードを振るってグールを屠る。後方からは矢が飛来して、アルベルト達の前方にいたグールの頭部に突き刺さった。
ここでようやく村の中が騒がしくなる。侵入者に気付いたグール達が雄叫びを上げ、仲間を次々と殺すアルベルト達に駆け出す。
しかし、昼間のグールは脅威とは言い難い。元々低級アンデットである事もあるが、そこらの獣より昼間は弱くなる。
村の奥にある家を護衛していたダンピール達もアルベルト達の存在に気付き、気色悪い奇声を上げて駆け出した。
昼間のダンピールも身体能力が低下するが、さすがにグールほど弱くはならない。だが、元々アルベルトならばダンピールを相手にしても余裕がある。その状態で更に弱くなっているとなると……。
「どけぇいッ!」
脅威度はあまりグールとは変わらない。アルベルトのメイスがダンピールの男の腹を粉砕し、二発目で頭部を粉砕した。
「聖女様! 参りましょう!」
「は、はい!」
村の中にいたグールもだいぶ数が減った。百以上いたグールの数は二十匹程度に。ダンピールはアルベルトが相手にしている奴で最後だろう。
俺は聖女を護衛しながら村に向かうバトルプリーストを追いつつ――
「何かおかしい」
襲撃前のシーエンではないが、どうにも違和感を感じていた。
「……どう、おかしいんです?」
「吸血鬼が休眠していても、これだけ近くで暴れていたらさすがに気付くだろう?」
横を走るシーエンの問いに答え、俺は周囲を警戒し続ける。
吸血鬼の力が不安定で不規則で短い休眠を繰り返している状態だったとしても、さすがにこの騒ぎを察知しないのは不自然だ。
「何より、順調すぎる」
俺の知る吸血鬼ってやつはもっと狡猾だ。
欺き、罠を張り、素早い。
ここまで順調なのは逆に違和感が――
「ア、アルベルト様ッ!」
「どうしたァー!」
村の奥にあった家のドアを開けたバトルプリーストがアルベルトに叫ぶ。慌ててアルベルトが駆け寄って行くが、ドアの前で彼も固まってしまった。
一体、何があったのか。
「……嫌な予感がするな」
「やっぱり当たった!?」
シーエンの感じた不安は的中した気がする。俺達は聖女と共に奥の家へと向かう。シーエンを聖女と共に待たせ、俺はドアの前で固まるアルベルトに駆け寄った。
「これは……」
家の中にあったのは、壁に磔にされた人の死体だ。
死体はバトルプリースト達が着る黒い祭服を身に着けており、体の至るところが食い荒らされていた。しかし、敢えて顔だけが綺麗な状態で残っている。
「仲間か?」
「ああ……。初戦で逃げ遅れたとされている者だ」
磔にされたバトルプリーストは女性のようだ。敢えて顔を傷付けなかったのは、ここに来るであろうアルベルト達が仲間であると確認しやすいようにするためだろう。
「やられたッ! アルベルトッ!」
これは罠だ。
この村自体が罠だった。吸血鬼は俺達をここに誘導して、目指して来るように仕向けたんだ。
すぐにこの村を出るぞ、そう言って彼の肩を掴んで引っ張った。その時だった。
明るかった空が次第に曇っていく。太陽は分厚くて黒い雲に隠れ、空からはゴロゴロと雷が鳴る音が聞こえてきた。
すぐに大粒の雨が降って来て、雷が轟く。
「おお、我々のプレゼントに気付いてくれたかね?」
村の東側、そこにいたのは大量のグール達と十匹のダンピール。そして、奴等を率いている吸血鬼だった。
吸血鬼の容姿は若い男だった。金色の長髪で、服は胸元を開けた白いシャツと黒いズボン。病的なほど白い肌を晒し、空から降り注ぐ雨に濡れながら笑っていた。
そして、奴等の手には――
「ほら、追加のプレゼントだ」
俺達を見ながらニヤニヤと笑う吸血鬼とダンピールの手には、陽動として動いていたバトルプリースト達の頭部が握られていた。
奴等は首だけになったバトルプリーストをアルベルト達の足元に放り投げる。
「貴様……!」
「おお、そんなに睨まないでくれよ。君達だって私の仲間を殺したじゃないか」
アルベルトの口から怨嗟の声が漏れる。しかし、吸血鬼は肩を竦めて笑うだけ。
――向こうの数はグールが百程度。ダンピールが十。逃げ切れるか?
教会連中と吸血鬼が睨み合う中、俺は冷静に逃走経路を確認する。
恐らく、急に変わった天候は吸血鬼の仕業だ。力場で手に入れた力を使って天候すら操るようになったか。それに、奴がアルベルト達に対して挑発的な態度を見せるのも理由があるはずだ。
「貴様ッ! ここで殲滅してくれるわッ!」
「ふん? お前達のような筋肉ゴリラに興味はないんだよ。私が必要としているのは、その少女だ」
撤退について思案していると、興味深い内容が耳に入った。
吸血鬼が聖女を欲している? 何故だ? 対極にいるような存在じゃないか。仮に邪魔で殺すなら「必要としている」とは言わないだろう。
「聖女様を?」
「そうさ。私の目的には彼女の肉体と魂が必要だ」
目的? レスティアン王国の力場を目指しているんじゃないのか? あの吸血鬼は始祖化するのが目的じゃないのか?
「何を企んでいるッ!」
「はは、教える義理はないねぇ。というよりも、ここで死ぬのだから教えても無駄だろう?」
聖女以外を皆殺しにする。そう宣言した吸血鬼はポケットから何かを取り出した。
白い指で摘まんで見せつけたのは「黒い玉」だ。闇のように深い黒と空に浮かぶ星のような、小さな煌めきが無数にある玉だった。
「あー……。んぐっ」
吸血鬼は黒い玉を長い舌の上に落とし、口の中に運んでゴクリと飲み込む。
飲み込んだ瞬間、吸血鬼の真っ黒な瞳が金に変わった。それと同時に吸血鬼の体から黒いオーラが噴き出したのだ。
「ヒヒヒ、ヒャハハハッ! これが魔王の力かァァッ!!」
魔王? 魔王とはなんだ? あの黒い玉が関係しているのか?
次々と厄介な疑問が浮かんでくるな。最悪だ。
だが、次の瞬間にはもっと最悪な事態が引き起こされた。黒いオーラを発する吸血鬼が指をパチンと鳴らすと、殺したはずのグールに黒い霧が纏わりつく。
殺したはずのグール達は黒い霧を吸収し、損傷した箇所を再生させて再び立ち上がったのだ。
「チッ!」
殺したはずのグールが再生するなんて聞いたことも見たこともない。レスティアン王国の大討伐で殺した始祖化吸血鬼さえ引き起こさなかった現象だ。
あっという間に俺達は包囲されてしまい、形成逆転となってしまう。
「ま、まずいですよ!」
慌てるシーエンの声を聞きながら、俺は村の西側を確認した。道を塞ぐグールの数は手前に十五。奥に十。
これならやれるか?
「アルベルトッ!」
俺はアルベルトの名を叫び、魔銀の剣を抜いて聖女に駆け寄る。
「行けッ!」
俺の意図を察したアルベルトが叫び、吸血鬼達を通すまいと壁になった。聖女に駆け寄った俺は彼女の腕を掴み、西に向かって走り出す。
「シーエン!」
慌てるシーエンの名を叫び、着いて来いと目で訴える。走りながら剣を振り、グールの首を刎ね飛ばした。
「逃がすなァァァッ!」
「グレンと共に聖女様をお守りしろ!」
後方から聞こえたのは吸血鬼とアルベルトの叫び声。そして、大量のグールとダンピールが動き出す足音。だが、振り返っている暇はない。
「シーエン、魔術を撃てッ!」
「ひ、ひゃいい!」
後に着いて来ているであろうシーエンから風の塊が放たれ、俺の横を通過してグールの腹に直撃する。風の塊を受けたグールは吹き飛び、道が開いた。
「先行しますッ!」
俺と聖女を追い越したバトルプリースト達がグール達と戦闘を開始する。ナイフを両手に持った者が首を切り裂き、剣を持った者が首を刎ねる。
彼等とシーエンの放つ魔術の援護、真っ直ぐ進む俺と聖女の線上にいるグールを魔銀の剣で斬り裂いて。
「ア、アルベルト様がッ!」
「奴は死なんッ! それより自分の心配をしろッ!」
この期に及んで他人の心配をする聖女に叫び声を浴びせ、掴んでいた腕を放した。空いた片手でベルトのポーチを開け、魔銀の粉末が入った革袋を取り出す。
目の前にいたグールに投げつけ、怯んだ隙に首を刎ねる。もう一歩踏み込んでもう一匹の首を刎ね、勢いのまま体を回転させて横から突っ込んできたダンピールの胴に渾身の回転斬りをお見舞いする。
ダンピールの胴体を両断した直後、首に掛けていたタリスマンを片手で握る。
「風の息吹ッ!」
グールに向けた剣先から突風を生み出し、束になって迫って来たグールを吹き飛ばす。
「来いッ! 走れッ!」
バトルプリースト二名と共に聖女とシーエンを連れて村の柵を乗り越える。どうにか村を脱出することは出来たが……。
「まだ追って来るかッ!」
当然ながら逃がしてくれなさそうだ。
「こっちだッ!」
村の外に待機していたバトルプリースト達と合流し、一緒になって馬と馬車を待機させた場所を目指して再び走り出した。
「クソッ!」
しかし、待ち伏せしていたかのように前方にはグールの群れが。後方からはダンピールの気色悪い奇声まで聞こえてくる。
道を切り開くしかない。
「走り続けろッ! 俺が切り開くッ! シーエン、援護しろッ!」
魔銀の剣を下段に下げながら前方のグール達に突っ込み、衝突寸前で剣を振り上げる。迫っていたグールの両腕を斬り飛ばし、脇に潜り込みながらも振り上げた剣を叩き落としてすれ違い様にもう一匹のグールを斬り裂いた。
他のグール達に肉薄しながら剣を横に振って胴を斬り飛ばし、手の中で剣を回転させて背中側にいたグールの腹に剣を突き刺す。
一旦、剣から手を放して横から迫るグールの顔面に拳を叩き込む。次は左から来たグールの腕をしゃがんで躱し、足払いして転ばすことでやり過ごした。
グールの腹に突き刺さっていた剣を抜き、そのついでに首を刎ねる。
前方は開いた。次は後方だ。
「か、数が多い!」
シーエンが必死に魔術で応戦するが、後方から追って来る数が多すぎる。
「ギャッ!? ぐああああ!?」
後方でグールを相手していたバトルプリーストはグールの群れに飲まれ、複数のグールに体中噛みつかれてしまった。飢えたグール共はバトルプリーストの肉を食い千切り、地面に引き倒されてどんどん食われてしまう。
「ひっ」
仲間が生きたまま食われる姿を見て、聖女は悲鳴を上げて足を止めそうになった。
「走れッ!」
だが、俺は彼女の腕を無理矢理引っ張って走らせ続ける。
俺達は必死に走った。しかし、続々と現れるグール達によって徐々に崖の方へと追い込まれてしまう。
まずい。このままでは、追いつかれて逃げ場が無くなる。だが、今の状況では必死に前を切り開くことしか選択肢がない。
「新手だッ!」
「クソッ!」
後方に別の群れが合流した。見る限り、グールの数は三十。ダンピールの数は二。
切り札を使うか。
考えが過った瞬間だった。
「危ないッ!」
後方から追って来ていたダンピールがシーエンの放った風の塊を躱し、大きく地面を蹴って――
「キィィィエェェェッ!!」
聖女の背中目掛けて飛び掛かる。それを見た俺は咄嗟に間へ割り込んだ。
辛うじてダンピールの首元に剣を突き刺すが、ダンピールの指から伸びる鋭利な爪が俺の肩口に深く突き刺さった。加えて、飛び掛かってきた勢いと衝撃で体勢が崩れてしまった。
「キャッ!?」
「まずい!?」
体勢を崩したことで聖女にぶつかり、聖女の体が崖に放り出された。
俺は覆い被さっていたダンピールの体を蹴飛ばして剣を抜く。そして、空中に放り出された聖女に手を伸ばすが――これじゃ、間に合わない。
地面を蹴り、空中にいる聖女に飛び掛かった。彼女の体をキャッチすると、片手で体を抱きしめる。
「グレン君!」
シーエンの焦りに満ちた叫び声が聞こえたが、崖から飛び出した俺の体はもうどうにもならない。
せめて、聖女だけでも。そう思いながら、俺と聖女は崖の下に落ちていった。
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