第12話 吸血鬼狩りへ 2


 翌日、朝から行動を始めた俺達は更に南へと進む。昼前まで南に続く街道を行くと、目の前には小さな森が見えてきた。


 吸血鬼を追跡していたバトルプリーストによると、森を貫く街道の途中には木々の伐採地に続く脇道があって、脇道の入り口には小さな小屋が建っているという。


 小屋の付近には計五十匹ほどのグールがウロウロしており、昼間は伐採作業員に扮して見回っている様子。この街道を使った旅人には片っ端から声を掛け、誘えるようなら誘い、誘えないなら強制的に連れ去って眷属化させているとの情報も入った。


「森に入る前に別働隊と別れる」


 別動隊は南東に向かい、そこからグールの群れを襲撃して東側に敵を引きつける。その間、俺達は街道を使って南西へと向かう予定だ。


「今夜から別働隊が陽動を行う。夜になったら一気に動くからな。今のうちに休んでおけよ」


 陽動が始まるまでは行動を控えねばならない。なるべく引きつけてもらい、戦闘をせずに相手の本拠地まで食い込みたいところ。


 いつでも戦闘できるよう準備を行いつつ、別動隊を見送って夜まで待った。


 夜になり、深夜を越えた頃――偵察を行っていた者が駆け足で戻って来る。


「伐採地にいたグール達が動き出しました。東に向かっています」


「釣れたか」


 ニヤッと笑うアルベルト。すぐに出発するぞと声を上げ、俺達は南西に続く街道を行く。先行した偵察隊からの合図があるまではスピードを緩めない。


 しかし、南西に五キロほど進んだところで街道脇から黒い祭服を着た男が現れる。彼は手を振って俺達を止め、アルベルトに近付くと小声で語り出す。


 俺達を停止させたってことは、先にグールの群れがいるんだろう。いくつかの群れは動かないと想定していたし、予定通りと言えば予定通りだ。


 最後尾に位置する俺が黙って待っていると、前方から馬に乗ったバトルプリーストがやって来る。彼は俺の横に並ぶと小声で語り始めた。


「騎士殿、前方三キロ先にグールの群れを発見。数は六十です。街道を封鎖しているとのことですので、奇襲して殲滅します」


「承知した」


「聖女様の護衛と共にキャビンを守って頂けると助かる、とアルベルト様が仰っております」


「そちらも承知した」


 グールの群れに手を出さない分、護衛くらいは引き受けよう。食事の度に干し肉とスープをもらっているし、食事分くらいは働いてやろうじゃないか。


 二キロほど進んだあと、数名のバトルプリーストが馬から降りて街道の脇に走って行く。


 本隊を囮にするか。まぁ、どちらにせよバレるしな。


 聖女の乗った馬車を囲みながらゆっくり進んで行くと、街道の真ん中には数本の雑に切り倒した丸太が積み上げられていた。馬車を通すには丸太をどかさねばならないが……。


 先頭にいたアルベルトが馬から降りて丸太へと近付いて行くのを見送り、俺も下馬して馬車の近くで待機しておく。


 すると、街道の脇左右から赤い目を光らせるグール達が姿を現した。


「来たか」


 アルベルトは腰にぶら下げていたメイスを握り締めながら不敵に笑う。


「その穢れた魂、浄化してみせよう」


「グワアアアッ!」


 彼がそう告げたのを切っ掛けに、左右にいたグール達が一斉に襲い掛かってくる。


 その瞬間、アルベルトは街道の右側に向かって駆け出した。


「フンッ!」


 近づいたグールの頭部をメイスで殴り、頭部を粉砕しながら吹き飛ばす。振ったメイスを逆方向へ振り、迫って来たもう一匹のグールの頭部も粉砕。


 グールの頭部は半分が吹き飛んでいた。酷い有様であるが、夜でよく見えないのが幸いだな。


「グワアアアッ!!」


「グオオオッ!!」


 続々と街道脇から現れるグール達。他のバトルプリースト達も参戦して、メイスやハルバードを使って応戦を開始した。


 彼等が戦う姿を見て、さすがは精鋭部隊だと感想を抱く。ライバル組織ながらよく訓練されているし、よく連携が取れている。


 一人が前に突っ込んだならもう一人が後に続き、仲間をサポートしながらグール共を次々に屠っていく。


 一番先頭で暴れ回っているアルベルトは文句のつけようもない。メイスを振る度にグールの頭部を破壊していき、返り血を浴びながら粉砕していく様は「粉砕のアルベルト」に相応しい働きと言えるだろう。


 しかし、街道脇から続々と現れ続けるグール達。他のバトルプリースト達が押されつつあるが、心配はいらないだろう。


 途中で別れ、グール達の後方に回り込んだバトルプリースト達が姿を現したのだ。彼等と共に挟み撃ちしながら確実に殺害していき、残りのグールが十匹ほどとなった時――


「ダンピールだ!」


 前方、丸太をジャンプで乗り越えてやって来たのは三匹のダンピール。ダンピールとしての特徴である青白い肌、赤い瞳に口の中に生える鋭利な犬歯。


 三匹とも女性であり、服装はどこにでもありそうなワンピースを身に着けていた。元は村の若い娘だったのだろう。


「キィィィッ!」


 一匹はアルベルトの背後に着地、もう二匹はアルベルトには目をくれず、聖女の乗る馬車に向かって走り出した。


「気を付けろ!」


 ダンピールの手には鋭利な爪が。人とは思えぬほどの剛力を見せ、長く伸びた爪をアルベルトのメイスが受け止めた。


 元は村娘と言えど、ダンピールは半吸血鬼だ。吸血鬼ほどではないが、並の人間とは比べ物にならないくらいの力とスピードを持っている。


 馬車の護衛を任されたバトルプリーストがハルバードで爪を受け止める。しかし、その横からは動揺したバトルプリーストをすり抜けて近付いて来たグールが一匹。


「チッ」


 俺は魔銀の剣を抜き、馬車へ近づくグールへと走る。走り抜ける瞬間に剣を振るい、グールの胴体を両断。そのまま鍔迫り合いを行っているダンピールに近付いて、脇から首に剣を突き刺した。


「護衛に専念しろ!」


 まどろっこしさを感じてつい動いてしまった。ただ、もうこうなっては引くのも面倒だ。


 残り一匹となったダンピールに目をつけて、そちらに駆けて行く。今まさにバトルプリーストの背後へと飛び掛かったダンピールの足首を掴み、強引に引っ張りながらも地面に体を叩きつけた。


「ギャッ!」


 地面に叩きつけた体を足で踏み、手の中で回転させた剣を逆手で握る。このまま首元に剣を突き刺そうとするが――


「待て!」


 アルベルトに止められた。俺は黙って彼に顔を向けると、彼は「トドメは聖女様に」と言ってきた。


 俺はダンピールを踏みつけながら待っていると、キャビンから聖女と少年が降りてくる。


「聖女様。どうかこの者に救いを」


「は、はい……」


 俺に奇跡を見せようってのか? 内心でそう思いながらアルベルトの顔を見た。彼の口元は吊り上がっており、内心抱いた答えは正解なのだと理解する。


「神よ、穢れた魂に救済を」


 祈るように両手を握る聖女が神への言葉を告げると、彼女の胸元から僅かに光が放たれた。光は徐々に大きくなっていき、俺が踏みつけているダンピールを照らす。


「ギャ、ギャアアアア!?」


 ダンピールの体から白煙が上がり、徐々にその体は浄化されていくのだ。正確に表現するなら「溶けていく」と言った方が良いかもしれない。


 踏んでいる感触が徐々に失われていき、終いにはダンピールの体は消え失せてしまった。残ったのは俺が踏みつけた服だけだ。


「聖女様、お見事でした」


「いえ……」


 なるほど。これで「討伐経験有」と大々的に発表できるわけか。大したショーだ。


 しかし、方法はどうあれ……。神の奇跡とやらは本物だった。アンデットを間違いなく浄化して消し去ったのだ。


 少なくとも、神の奇跡は本物だ。


「聖女様、馬車にお戻り下さい」


 アルベルトは聖女を馬車に戻し、そして再び俺の傍に近寄って来る。


「どうだ?」


 神の奇跡を見た感想は、ってことだろう。


「さぁな」


 本物だと認めて改宗しろってか? ふざけるな、と言いたいところだが、アルベルトの真意は違うだろうな。


「聖女様は本物だ」


「そうか」


 奴の狙いは俺に奇跡を目撃させ、この話をレスティアン王国の王に伝えさせることだろうか。だとしたら、こいつの作戦は成功するだろう。


 俺もこの目で見た以上、王に報告せねばなるまい。


「一つ聞いておきたい」

  

 ついでだ。もう一つ聞いておこう。


「シーエンの言っていた予言について、お前はどう思う?」


「大きな事が起きるというやつか」


 アルベルトの言葉に黙って頷いた。


「分からん。だが、帝国にいた吸血鬼が絡んでいることは私も把握している。加えて、大司教は聖女様の誕生が予言に対する神の救いであると考えを述べていた」


 何かしらの問題は起きるが、このタイミングで発見された「神聖魔法の使い手」である聖女の存在もまた関係している。


 教会がそう考えるのは当然か。


「別に教会の考えを肯定しろとは言わん。だが、意味があると思わんか? 偶然にも神の奇跡を扱える少女が見つかったのだ。発見報告のタイミング的にもバッチリだった」


 アルベルト曰く、聖女の発見報告がなされたのはシーエンがエステル王国を訪れる半年前だった。


 そこから彼女を聖女候補として王都に招き、力を確認して正式に聖女候補と教会上層部全員が認めるまで二ヵ月。正式に彼女を聖女とする方針を固めて教育が開始され、軌道に乗った三ヵ月後にシーエンがエステル王国にやって来た。


 シーエンが予言を告げた時、聖女は実績を積ませるタイミングに差し掛かっていた。教会内部から見ていれば「バッチリだ」と思うのも頷ける。部外者である俺ですら思うのだからな。


「関連はあるだろうな」


「だろう? だからこそ、聖女様が吸血鬼を倒さねばならん」


 悪意に満ちた出来事を阻止するには、神の恩恵を得た者がその運命を成し遂げなければならない。


 教会はそう考えているようだ。


「そうなることを願うよ」


 俺は彼にそう告げて、馬が待機する後方へと戻って行く。途中、キャビンの窓の前を通ると――聖女である少女が俺を見ていた。


 横目で彼女の顔を確認しながらも、俺は馬に戻って騎乗した。


 待ち伏せを受けた隊に損害は無し。道を塞いでいた丸太をどかし、本隊は前進を続けた。


 数時間ほど走ったところで朝を迎える。グール達の活発的な活動時間は夜であり、朝になると動きが鈍る。もしくは、室内で眠っていることが多い。


 陽動役である別働隊も再び夜になってから行動を再開するだろう。このタイミングで俺達も休憩を取ることになった。


 街道脇に停止して、交替で休憩を行う。俺は後半の当番となったので、先に食事と睡眠を取ることになった。


 しかし、ここで問題発生だ。


 食事を行っていると、横から視線を感じた。また馬鹿エルフであるシーエンかと思いきや、彼はジョッキを抱えて眠っているではないか。


 では、誰が? よく見ると、俺の事を見ていたのは聖女だった。


 ジッと俺を見て来て、俺が視線を向けると顔を背ける。一体、何がしたいんだ。


 視線を向けられながらも気にせず食事していると、向こうが痺れを切らしたようだ。俺に近付いてくる気配を感じながらも気付かないフリをしていると――


「あの……」


 遂に声を掛けられた。声を掛けられて無視するのも問題になりそうだ。


 しかし、下手な事も言えない。エステル王国と教会が大事にしている聖女と問題を起こせば外交問題に発展しかねないからな……。


 俺は無言のまま顔を向けると、聖女はもじもじしながら言葉を発する。


「あの、貴方はエステル王国の方ではないんですよね?」


「ああ」


「どちらの国から?」


「レスティアン王国だ」


 俺が問いに答えると、聖女は「そうですか」と言って笑みを浮かべた。


「昨晩の戦いを見ました。お強いんですね」


 内心、こいつは何が言いたいんだと悩む。悩んでいると、先に向こうが答えを口にしてくれた。


「エステル王国に参りませんか? エステル王国は魔物を倒し、世界を平和にしようと努力しております。貴方のような方を常に探しているんです。どうか、私達と一緒に世界の平和を――」


 何言ってんだこいつ。そんな感想しか浮かばない。


 身分を明かしていない俺も、俺の身分を教えていないアルベルト達にも問題はあるが。


 まさか、他国の貴族を勧誘するか。これでは純粋無垢というよりも、幼くて世間知らずだ。


 俺は不満と苛立ちが顔に出ないよう努めながら、彼女の言葉を遮るように「アルベルト!」と叫んだ。


 聖女は声を上げた俺にビクリと驚くが気にしてはいられない。


「どうした?」


「聖女様はお疲れの様子だ」


 歩み寄って来たアルベルトに目で訴える。幸いにもアルベルトは俺の視線と聖女が近くにいることで察したようだ。  


 彼は聖女に「キャビンで休みましょう」と言って連れて行く。途中、振り返ったアルベルトの顔には「すまない」という謝罪の色が窺えた。


 勘弁してくれよ。そう思いながら、大きなため息を吐く。


「ふぅ……。ん?」


 今度は逆側から視線を感じた。顔を向けると、ジョッキを抱きながら横になるシーエンがジッと俺を見ていた。


「お強いんですね」


 裏声で聖女の言葉を再現するシーエンを見て、俺は思わず正直な気持ちを露わにしてしまった。


「殺すぞ」

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