第11話 吸血鬼狩りへ 1


 旅用の食料を市場で買っていると、教会の使者から援軍が到着したとの報告を受けた。


 相手側が顔合わせを望んでいると言われて、俺は買い物を終えた足で教会へと向かう。教会に到着すると奥の部屋に通され、中にいたのはエルフのシーエンと――


「アルベルトか」


「赤竜のグレン、久しいな」


 聖女候補が吸血鬼を討つために援軍としてやって来たのは見知った男。しかも、浄化部隊の中ではとびきりの精鋭だ。


 片目に傷跡、頬にも傷跡、黒い祭服から露出する首筋にも傷跡。体中に傷跡を持つ彼は、魔物との激しい戦いに勝利し続けてきた大男。まるで巨大な熊みたいな大男である。


 名をアルベルト。粉砕のアルベルトと異名を持つバトルプリーストの中でも五本の指に入る実力者であった。


「まさか、我等が手を組むとはな」


 丸太のように太い腕を組みながらニヤリと笑うアルベルト。同世代の彼とは何度も任務でぶつかったことがある。


「最初に言っておく。邪魔はしない。俺は真相を知りたいのと自国に魔物を入れたくないだけだ。もちろん、お前達も」


 正直に言うとこいつとは揉めたくない。こいつが怖いとか自分が弱いからとかじゃなく、単純に揉めると面倒だからだ。


 だからこそ、予めこちらのスタンスを告げておく必要があった。


「こちらも聖女様が吸血鬼を倒せれば良し。我々だって竜の怒りを買いたくはないからな」


 以前のように血みどろの戦いは御免だ、と語るアルベルト。そして、俺が傷付けた首筋の傷跡を手で摩る。


「吸血鬼の居所は掴めたのか?」


「仲間が南に向かったところ、グールの集団に遭遇したのは聞いたか?」


 俺が黙って頷く、アルベルトは地図を広げてある一点を指差した。


「遭遇したのがここ。南西に向かうと村がある。村人の数は五十人ほどだが、近くには川もあるし小さな森もある。怪しいと思わんか?」


「身を隠すなら丁度いいか。村人を眷属化して兵隊も増やせるしな」


 吸血鬼は力が不安定で短い休眠を繰り返しているとシーエンが語っていた。休眠するなら眷属が自分を守り易い場所を選ぶはず。


 村人を眷属化し、ついでに休眠するための場所を確保するか。もしくは用心して森の中に潜むか。どちらにせよ、怪しいのはこの村の周辺だ。


「周辺の被害状況から考えると、眷属化したグールは五百から六百だ。ダンピールもいるとの情報を聞いている。拠点と思われる村か森の付近にグールを大量に配置するだろうな。どちらにせよ、拠点を襲撃する際は大規模な戦闘になりそうだ」


「数は正確か?」


「被害情報から推測するに間違いない」


 吸血鬼が未知数であるのはしょうがないが、兵隊となるグールの数くらいは正確に把握しておきたい。


 同時に同じ地図をもう一枚用意してもらった。拠点を襲撃する際に備えて、周辺の地理は頭に叩き込んでおきたい。


「どうするつもりだ? 一気に突っ込むのか?」


 馬鹿の一つ覚えのように突っ込むのはあまり賛成できない。出来るなら確実に数を減らしたいところだ。


「追跡部隊がグールの群れと遭遇したように、向こうも群れを形成して防衛に当たっているのだろう。部隊を二つに分けて攻める」


 まずは東側から別動隊をぶつけて、防衛に当たっているグールの群れを東側に引き付ける。当然ながらいくつかの群れは移動しないだろう。そちらは村を目指して南下する本隊が駆逐しながら進む。


 グール達を分散させつつ、本隊はあくまでも真っ直ぐ村を目指す作戦のようだ。


「吸血鬼は力場から力を得たようだが、その件についての詳細を聞きたい」


「それについてだが、あくまでも基礎能力が向上している状態のようだ。通常の吸血鬼よりも力が強く、戦闘を行ったバトルプリーストは力負けしてやられたと聞いている」


 単純にパワーが向上したようだ。吸血鬼は鉄の剣を使ってバトルプリーストを圧倒、そして惨殺したのだとアルベルトは語る。


「他にも隠している力があるんじゃないか?」


「かもしれん。だが、得られた情報はこれだけだ」


 アルベルトからは詳細な情報を隠している雰囲気は感じられない。本当に全てを語っているように見えた。


 あまり頼りにならない、少ない情報であるが……。これは仕方ないか。


「出発はいつだ?」


「そちらの準備が出来ているなら今日中には」


「構わない」


 既に準備は終わっている。食料も十分な量を購入したし、あとは馬に積み込むだけだ。


「では、二時間後に門の外で合流しよう」


 俺は教会を出て拠点に向かった。


 念のため老人には王国へ吸血鬼狩りに出発する旨を伝えるよう指示しておく。馬に荷物を積み、手綱を引きながら門の外へと向かった。


 数分後、エステル王国の紋章が描かれた馬車が一台。馬車の前後には騎乗したバトルプリースト達の姿が。全員で四十名、内一人はエルフのシーエンだった。


「お前もついて来るのか?」


「一応、長老達の予言もありますから」


 吸血鬼の目的は何なのか。始祖化するのが目的なのかどうか確かめないといけないらしい。


 まぁ、彼なら大丈夫だろう。いつもは馬鹿騒ぎするエルフであるが、実際のところは魔術の達人だ。他種族が統治する世界を一人で見て周る実力は伊達じゃない。


「では、出発しよう」


 先頭を行くアルベルトを見送り、俺は最後尾に回った。途中、馬車のキャビンに目を向ける。


 このキャビンの中に聖女がいるようだが……。果たしてどんな人物なのだろうか。



-----



 出発から数時間後、目的地まで三分の一を消化した。陽が落ちて暗くなってきたこともあり、本日は街道の近くで野営となる。


 本来なら安全を確認した村に宿泊するのがベターかもしれないが、聖女"候補"がいるので難しいらしい。あくまでもお披露目の時期までは外部に姿を漏らさないようにしたいそうだが……。


 俺は良いのかって疑問が浮かぶ。まぁ、敢えて聞くほどでもない。聞いたところでどうにもできないし。


「足元にお気を付け下さい」


 バトルプリーストに補助してもらいながらキャビンから降りて来たのは、白い法衣を纏った少女だ。年齢は十四か十五に見える。


 栗色の長い髪を持った純粋そうな少女。着ている法衣以外に派手さはなく、田舎の村にいた美少女といった感じ。


 見た瞬間、なるほどと思った。


 貴族家の娘にはない純粋で純朴な雰囲気は平民達にとって馴染みやすく親しみを持ちやすい。それでいて顔も良く、華奢で幼さも残っている。


 一見、庇護欲に駆られる容姿であるが、神からのお墨付きがあるほどの強さを持つ。この少女が聖女であると発表され、尚且つ「平和を維持するために吸血鬼を殲滅した」と叫ばれたら熱狂する者も多かろう。

  

「どう見ます?」


 俺がキャビンから降りてきた聖女を見ていると、横からシーエンが問いかけてきた。


「信者が熱中しそうな子だ」


 加えて、神聖魔法まで扱えるんだからな。


 複数人のバトルプリーストに囲まれ、まだ聖女という役割に慣れていないのかオドオドしている。あの態度もまた信者を惹き付ける要素となるだろう。


「名前はアリアというらしいですよ」


「先代の子か?」


「いえ、地方の村で見つけた子らしいです」


 聖女候補は基本的に先代聖女が出産した子供の中から選ばれることが多い。しかし、同時にエステル王国中にある教会から「聖女候補にぴったりです」と情報があれば、該当する少女も候補として取り立てられる。


 今回の聖女は地方の村で見つかったようだが、神聖魔法を使える少女となれば即決だったろう。


「まぁ、歴代最高の聖女になると思いますよ。受胎の儀式が行われるまでは激務が続くでしょうね」


 受胎の儀式とは聖女が一定の年齢を迎えると行われる教会内の儀式だ。聖女は年齢を重ねるにつれて力が弱まるとされており、若いうちに次世代へ力を継承することを望まれる。


 先の聖女候補になる子供を出産するわけだが……。種を与えるのは教会上層部にいる男達だ。かなり年上の男と交わることになる。


 聖女となったら自由に恋愛もできず、国と教会のために身を捧げることになるってわけだ。正直、レスティアン王国文化からすれば下劣な行為にも思えるが、俺がとやかく言うことではないのも確かだ。


「あの隣にいる少年は?」


 そんな聖女の隣には同世代と思われる少年が付き添っていた。二人で笑いながら焚火の傍に座っている様子は、歳相応の子供達に見えた。


「村から一緒に来た少年らしいですよ。バトルプリースト候補として立候補したらしいです」


 聖女の幼馴染か何かだろうか。少年の態度や表情を見ていると、聖女に対して特別な気持ちを抱いているように見える。


 彼女を守りたい、一人では寂しいと思って共に村から出てきたのだろうか。


「可哀想に」


 あの少年少女は知っているのだろうか。お互いが絶対に結ばれることのない運命を。


 知らないとしたら……。残酷で憐れだ。


「まぁ、人生色々でしょう」


 そう告げたシーエンはさっそくとばかりに酒を飲み始めた。


「お気楽なお前にとってはな」


 魔物を殺しに行く最中で酒を飲むなとぶん殴りたくなるが、こいつは何を言っても聞かない。たとえぶん殴っても隠れて酒を飲むようなやつだ。


 言うだけ無駄だと結論付けて、俺はシーエンの横に腰を下ろした。


 食料の入った革袋を開けて、中からチーズとパンを取り出す。パンの真ん中をカットして、少しだけ炙ったチーズを中に入れた。あとは教会側から手渡された干し肉をぶちこめば即席サンドイッチの完成だ。


 酒はご法度だが、これくらいなら許されるだろう。手製のサンドイッチに齧り付こうとした時、横から猛烈な視線が刺さる。


「なんだ?」 


 俺をジッと見ていたのは……。いや、俺の持つサンドイッチに視線を向けているのはシーエンだった。


「美味しそう。一口下さい」


「ふむ」


 そう言われ、俺は彼の顔を見ながらサンドイッチに齧り付いた。シーエンは「あ!」と驚く顔を見せるが――


「美味い」


 彼に見せつけるようにサンドイッチを喰い続けた。ざまあみろ。

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