第10話 吸血鬼の居所


 シーエンから教会で話を聞いたあと、俺は拠点を通して国に手紙を送った。内容は現在把握できている状況に加えて、今後の行動についてだ。


 手紙を送ったものの、正直内心では「すぐに帰国しろ」と返信が来ると思っていた。


 しかし、手紙を送ってから四日後に届いた返信には――


「恩を売れ、とは……」


 まさかの「教会へ協力しろ」という返信だ。


 正直、意外だった。


 王はともかく、魔物討伐部隊の長である俺の上司は教会をライバル視しているし。組織全体に「教会はライバル!」という空気が流れる切っ掛けになった人物だ。


「意外な返答ですな」


「ああ、本当に。これは王の判断かもしれないな」 


 むしろ、そうとしか思えない。


 エステル王国に恩を売っても返してもらえる機会は訪れないと思うのだが。何か先を見据えての判断なのだろうか?


「とにかく、教会に結果を伝えてくる。向こうの返答次第では別の案を考えなきゃならないからな」


「承知しました」


 俺は本屋を出て教会に向かった。


 教会の前に到着すると、今日は街の子供達を集めて庭で神話の読み聞かせをしているようだ。


 ……特に何も言うまい。何を信仰するかは人の自由だ。教会のやる事を否定するよりも、任務を完遂させる方が重要なのだから。


 教会の中に入ると、奥の祭壇前で司祭が祈りを捧げていた。邪魔するほど野暮ではない。教会内に設置された長椅子に座って祈り終わるのを待つ。


 五分後、司祭は祈りを終えて俺に振り返った。お待たせしましたの一言もないが、邪険にする言葉もない。


 淡々と俺の横に座って、教会側の結果を告げる。


「……本国は貴方に協力を要請しろと」


「そうか」


「そちらは?」


「協力しても良いと」


 あくまでもこちらは受け身、立場は上であると思わせるように言った。司祭は「そうですか」と感情を乗せずに言う。


「しかし、あくまでも吸血鬼を討つのは聖女様です。貴方ではない」


「別にそれは構わない。俺は吸血鬼と教会を自国へ入れたくないだけだ。だが、それが叶いそうにない時は……容赦しない」


 互いの意見を言い合って、しばらく無言の時間が続く。


 すると、教会の奥にあったドアが勢いよく開いた。


「るんたったー、るんたったー、るるるるるぅ~」


 登場したのは馬鹿エルフのシーエンだ。ワイングラスを片手にくるくると回りながら登場して、いつも通り顔を真っ赤に染めている。


 こいつ、本当に賢者って呼ばれる資格があるのか?


「やぁ、やぁ! お二人さん! 結果はどうだったかね~?」


 くるくると回転しながら俺達に近付き、スチャッとポーズを取りながら停止。いちいち行動がうるさい。頭が痛くなりそうだ。


「協力するよう言われました」


「協力しても良いと連絡がきた」


「でしょうねえ! でしょうねえ!」


 何度も頷いたシーエンは「では、状況を確認しましょう!」とやる気満々だ。


 俺は再び奥の部屋に招かれ、教会が掴んだ情報を聞かされることになった。


「我が教会の浄化部隊が吸血鬼を追跡しています。同時に本国から援軍を待っていますので、援軍が到着次第行動に移ります」


 現在、生き残ったバトルプリーストが吸血鬼の居所を調査中。地域内にいるグールを討伐しながら追跡しているようだ。


 同時にエステル王国にある教会本部からバトルプリーストの援軍がこちらへ向かっている様子。力場で力を得た吸血鬼に対抗できるよう、精鋭の中の精鋭を送ってもらったと司祭は言うが。


「追跡に時間が掛かっている理由は? そもそも、まだ近くに潜伏しているのか?」


 聖女が負けてからだいぶ日数が経っているし、吸血鬼を追ってクローベル王国王都にやって来てからも一週間以上経っている。


 レスティアン王国に報告する際、既に吸血鬼が王国領土内へ入り込む寸前かもしれないという懸念は伝えている。レスティアン王国側も吸血鬼を警戒して魔物討伐部隊を動かし始めた頃だろう。


 俺が指摘すると、司祭はムッとした表情を向けてきた。だが、俺の疑問に答えたのはシーエンだった。


「ああ、それなら心配ありませんよ。力場で力を得た吸血鬼は不安定な状態になっているようです。眷属を増やしつつ、短い休眠を繰り返しているのでしょう」


 シーエンがそう結論付けた理由は、追跡しているバトルプリースト達が数日前に遭遇したグールの群れの存在だ。


 規模としては三十人程度のグールが一塊になって行動していたらしく、南に向かうバトルプリーストの行動を邪魔してきたようだ。


「休眠中の吸血鬼は眷属に自分を守らせますからね。恐らくは王都の南にいるんでしょう」


 加えて、大量のグールが移動する目撃情報もない。西に移動中であればグールと移動する吸血鬼の姿を目撃する者がいてもおかしくないし、追跡中であるバトルプリーストが遭遇する確率も高い。


 その情報が一切入って来ないということは、どこか一ヵ所に留まっている可能性が高いと語る。


「まだ猶予はありますよ。ですが、レスティアン王国の力場に到達したら最悪の事態になります」


 クローベル王国内で片を付けるべきだ。シーエンは俺と司祭に念を押すように言う。


「確かに始祖化したら最悪だ」


 吸血鬼の始祖化とは、吸血鬼が本来の力を取り戻すことだ。もしくは、先祖返りすると言った方が正しいかもしれない。


 世界に存在する吸血鬼のほとんどは始祖吸血鬼が生んだ存在であるが、能力としてはそう高くない。身体能力は人間以上だが、まだ対処できるレベルだ。


 しかし、始祖化した吸血鬼は並みの人間が手に負える範囲を越えている。超常現象を引き起こし、簡単に人間を殺害してしまうのだ。


 レスティアン王国が誇る防具や剣を装備した騎士達を一気に何十人と殺害して、竜の加護を得た熟練の騎士を二人も殺害されてしまった。


 始祖吸血鬼は化け物の中の化け物だ。実際に戦った俺が言うのだから間違いない。


「ふん。いくら吸血鬼が強くなろうとも、聖女様がいれば問題ない」


 司祭は俺を見下すように言った。いや、レスティアン王国騎士団を見下すように、か。


 この前から彼は「聖女がいるから」と口にするが、本当に聖女なんかが当てになるのだろうか? 所詮は聖女システムを演じる女優に過ぎないのではないか。


 疑惑の目を向けつつ、反論はしなかった。口論になっても面倒だし、今はとにかく任務に集中したい。


「まぁ、とにかく。援軍を待ちながら追跡している人からの報告を待ちましょうってことです。グレン君も準備しておいて下さい」


「ああ、分かった」


 今のところはこれ以上の情報はない。そう断言されて本日は終了となった。


 帰り際、シーエンも酒場に行くと言って俺に着いて来た。丁度良いタイミングだったので、俺は気になっている事を問うことに。


「実際、今回の聖女候補はどうなんだ?」


 どうせ、ただの少女なのだろう。俺はそう高を括っていたのだが――


「んー。まぁまぁ聖女ですね」


「まぁまぁ?」


「そう。あながち教会が見せる強気な態度も嘘ではないんですよ。実際に神聖魔法を扱えますし」


「おい、嘘だろ?」


 神聖魔法とは本物の「神の奇跡」だ。俺達人間やエルフが使う「魔術」ではなく超常現象たる「魔法」であり、同時にアンデットや魔物を消し去る奇跡でもある。 


「といっても、神話に登場するような本物じゃないです。あくまでも小さな奇跡が使えるだけですよ」


 しかし、それでも「神の奇跡」には違いない。今回の聖女は女優ではなく、本物の聖女ってことになる。


「神聖魔法が使えるからこそ、吸血鬼を狩ろうとしたんでしょうね」


「アンデットには特に効くって話だからな」


 だが、実際には失敗した。単純に聖女の奇跡では祓えなかったのか、それとも力場で力を得た吸血鬼が強力になりすぎたのか。


「どちらにせよ、エステル王国は今回の聖女を前面に押し出すでしょう。箔と実績を積ませてから大々的に公表し、大量の信者獲得に乗り出すでしょうね」


 公表する際はクローベル王国の王族も証言者として挙がるはず。となれば、クローベル王国の国民は挙って聖女を崇拝するだろう。


 そんな計画がある中、俺は協力して大丈夫なのかと少し不安になった。東側情勢の波紋が西側にまで届かないといいのだが。


 俺はシーエンと途中で別れ、拠点である本屋に戻った。今回の件を説明して、吸血鬼退治の準備が必要だと老人に告げる。


「でしたら、地下へ」


 老人はそう言って本棚の上段、右端にある本を抜き取った。本を抜き取ると本棚が回転し、地下への階段が露わになる。


 彼と共に階段を下りて行くと、地下室にはレスティアン王国製の魔物討伐用道具が揃っていた。 


「ご自由にお使い下さい」


「助かる」


 俺は腰のベルトから剣を外して作業台の上に置いた。そして、木箱の中に収められた道具類を手に取っていく。


 今回のターゲットはグールと吸血鬼。それに合わせた準備が必要だ。


 まずは魔銀の粉末。これは目くらましにも使えるし、アンデットにも有効な道具だ。投擲用のナイフと同じく、咄嗟の判断として使う事も多い。


 次に手に取ったのは毒の類であるが、グールや吸血鬼は毒が効かない。これらは必要無しと脇に寄せた。


 他の薬剤となるとポーションと呼ばれる医療品だろうか。複数の薬草を組み合わせた薬品であり、飲むと人間の自己治癒力を高める薬品だ。


 液体と固形化された丸薬の二種類があるが、戦闘を主とする騎士が形態するのは丸薬一択である。戦闘中に瓶が割れて結局使えなかった、なんて心配が不要になる。


 欠点は一度に三錠も飲まなきゃいけないこと。めちゃくちゃ苦い。しかも、数日間は「どんなに顔が良い男でも女にフラれる」と言われるほどの酷い口臭に悩むこととなるが、死ぬよりはマシだろう。


 他にも新しいナイフやマッチ、油の入った瓶などを用意していく。こっちはリュックに詰める道具だ。


 食料などは市場で調達すれば良いだろう。


 次は防具類であるが、大量のグールと戦うことを想定してガントレットと脛当てを用意した。胸当ては今使用している物で十分だ。


 そして、最後に……。


「…………」


 俺はリュックの中から竜の紋章が描かれた銀の金属ケースを取り出す。中には小さなアンプルが三本入って、その本数を確認してから再びリュックの中へと仕舞う。


 これは俺の切り札だ。使わないに越したことはないが、無いのも困る。


 銀のケースはコートの内ポケットに移動させた。


 さて、これで道具の準備は整った。


「協力するとは言ったが主に戦うのはバトルプリースト達だろうな」


 あくまでも主役となるのは教会側だ。俺は真相の解明と監視役に過ぎない。むしろ、そうあって欲しいと願った。


「あとは……。剣を磨くか」


 剣の簡単なメンテナンスを行い、俺は淡々と準備を終わらせていく。


 二日後、教会から「援軍が到着した」と連絡が入り、遂に俺は吸血鬼討伐へと動き出すことになった。

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