第9話 エルフの提案
馬鹿騒ぎ大好きエルフ、シーエンを見つけた俺は彼の首根っこを持ってテーブル席に移動した。
彼が作った陽気な雰囲気がまだ残り、酒場の中ではドンチャン騒ぎが続く。楽器を持った男達が陽気な音楽を奏で続け、今度は別の男がウエイトレスの女性を踊り始めた。
そんな中、俺は顔を真っ赤にしたエルフに事情を聞き始める。
「どうしてお前がここにいる? 教会と一緒に行動していると聞いたが?」
「んぐっ、んぐっ、んぐっ、……ぷふぁぁぁ~!」
ジョッキに入っていた酒を呷り、口元を服の袖で拭ったシーエンはにへらと笑った。
「そうですよ。今、僕は教会と一緒に行動しています。この酒代も全部教会持ちなんですよ! 最高でしょ!?」
そりゃ、さぞかし楽しいだろうよ。他人の金で酒が飲めて、馬鹿騒ぎできるんだからな。
「本当に外の世界は最高だ! ヒック!」
真っ赤な顔で笑う彼はエルフ族の中でも異端児と呼ばれる人物だ。
元々、エルフ族は大陸北西にある北西にあるアーバンディア大樹国に引き籠り、他の土地には干渉しない内向的な種族である。
しかし、こいつだけは違った。
自国に引き籠るエルフ達とは違い、大陸にある他の国を見たいと願ったのだ。
結果、百歳を越えた時に自国を出る自由を得たんだとか。どうやって許されたのかは不明であるが、今は世界中を旅して回っている。
「どうしてだ? 二年前にレスティアン王国を出て行った時は北に向かうと言ってただろう?」
二年前までこいつはレスティアン王国に滞在していた。
レスティアン王国騎士団による魔物の大討伐が始まった頃、フラッと王国に現れて王と騎士団に助言をしてくれたのだ。
『レスティアン王国の魔物を牛耳っているのは吸血鬼だ。始祖の力を得た吸血鬼だよ』
当時の王国騎士団は吸血鬼が魔物達を統率している事自体は掴んでいた。しかし、始祖の力を得ていることは未確認の情報だったのだ。
彼の助言によって計画が再度練られ、大討伐に至る。しかしながら、始祖の力を持った吸血鬼は強大で凶悪だった。何百人もの騎士が死亡して、五竜騎士である騎士も二人ほど死亡してしまう。
竜の加護を持ち、竜の力を継承した騎士が二人も殺害される事態はレスティアン王国魔物討伐隊にとって大ダメージを被った。だが、シーエンの助言がなければもっと被害が出ていただろう。
王も騎士団も彼に感謝していた。王国内で馬鹿騒ぎして、国費で好きなだけ酒を飲んでも見逃していたのは大討伐に貢献してくれたからだ。
大討伐が終わったあと、彼は「北に向かう」と言って王国を出て行った。
「北にあるドワーフの国を目指していたんだけど、長老達から国へ戻るよう連絡がきてね」
彼の言う長老達とは、エルフの国を指揮する責任者達だ。
アーバンディア大樹国は四人の老エルフによって運営されており、国の決定やあり方は長老達が決定する。他国と外交せず、内に引き籠っているのも彼等が「外界と関わる必要無し」と判断したからだ。
外の世界を見て周りたかったシーエンは長老達に対して対立――というよりは、無視していると言ってよいかもしれない。老人達の態度に呆れた若者、みたいな感じか。
とにかく、シーエンは長老達の要請を無視しようとした。しかし、事の重大さが判明すると一時帰国することになったらしい。
「国に戻ったら長老達に言われたんです。何か大きな事が起きるとね」
大きなこと、それは世界に関わる重要な事態と予想されたようだ。普段は外の世界に目を向けず、干渉もしないアーバンディア大樹国であるが、今回の「予言」とやらはエルフ達にも関わる事と判断されたらしい。
そこで、長老達は外の世界を見て周っているシーエンに目をつけた。丁度良かったとも言えるのかもしれない。
長老達はシーエンに予言が正しいかどうか、アーバンディア大樹国にどう影響を及ぼすのか調査を命じた。
「それでエステル王国に?」
「そう。そこが始まりだと言われたからから」
「予言の内容は? 結局どうなったんだ?」
「んー。それはちょっとここでは言えませんね」
シーエンは周囲を見渡しながら言った。酒場にいるクローベル王国の人達――いや、一般人の前では話せない重要なことってことか。
「どこなら話せる? うちの拠点ならどうだ?」
「それよりも適切な場所がありますよ」
俺が「どこだ?」と問うと、シーエンはニコリと笑って言った。
「教会」
「ふざけるな」
ライバル組織の本拠地に行こうなんて冗談じゃない。というか、むしろ向こうが俺を追い出すに決まっている。
「本気ですよ、本気。どう足掻いても教会が絡みますから。それにタダ酒飲ませてもらっている都合上、教会の人間も交えて話さないと」
ただ、彼はあくまでも自分は「中立」であると言った。タダ酒を飲ませてもらっている以上は義理立てしなければならないが、少し前に世話になったレスティアン人にも敬意を払うと。
故に自分が仲を取り持つから、話を聞くなら教会でと提案を譲らない。
「聞いておいた方がいいと思いますけどね~? このままでは、レスティアン王国もとばっちりを食らう可能性は高いですから」
そう言われては……。条件を飲まざるを得ないか。
「分かった。行こう」
早速とばかりに席を立つと、シーエンは「待った」と俺を制した。
「あと一杯飲んでから」
「…………」
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結局あの後、五杯も追加で飲んだシーエンと共に教会へ向かった。
俺は教会の前に立ち、建設中である鐘塔を見上げる。作業中の職人がせっせと働く姿を見つつも……。俺の顔はどんな表情になっているだろうか。
「さ、こっちこっち」
我が物顔で教会の中へ入って行くシーエンの後に続き、真新しさが感じられる教会の中に入った。教会の中は木の香りが漂い、数人の女性が信者達の話を熱心に聞いていた。
シーエンは彼女達の横を通り過ぎ、奥で「神の使者」とされる聖人の像へと祈る男性へ近づいていく。
「司祭殿。お客さんを連れて来ましたよ」
「おお、シーエン殿。どなたがいらっしゃ――」
振り返った小太りの司祭が俺の顔を見て固まった。当然のリアクションだ。
「……どうしてここにレスティアン王国の貴族様が?」
「実は例の話を聞かせようと思って」
「私は反対ですな」
司祭の眉間に深い皺が寄って、俺を睨みつける。
ほら、見たことかと俺がシーエンを見やると――
「そうですか? 本当にそれでよろしいんですか?」
シーエンはヘラヘラしながら司祭に問うた。本当に良いんですね? これは助言ですよ? と言わんばかりの雰囲気を醸し出す。
エルフ特有の独特な雰囲気と他国の王から「賢者」と名高いシーエンの言葉が無言のプレッシャーとなり、次第に司祭の顔は緊張と困惑の色が強くなっていく。
「……話した方がよろしいと?」
「ええ。私はそう言いました。ですが、ここは教会ですからね。貴方の判断に任せますよ?」
あくまでも判断は任せると宣言するシーエン。
なんて奴だ。相手にプレッシャーを与えつつ、自分は責任を取らないつもりだ。
「……わかりました。奥へどうぞ」
小太り司祭は渋々俺を奥の部屋に招き入れた。シーエンは「ワインを出して下さいね」なんて厚かましいお願いをしている。見ているこっちが恥ずかしくなりそうだ。
シーエンにエステル王国産の上等なワインが出された後、俺達三人はテーブルに着きながら話を始めた。
「まずはどこから話しましょうか。ああ、エステル王国が帝国を滅ぼしたところからにしましょうか」
シーエンが笑いながら言った瞬間、司祭の肩がピクリと跳ねた。
どうやら戦争を吹っ掛けたのは東側諸国の解放だけが目的じゃないらしい。
「帝国を滅ぼしたのはね、裏に吸血鬼が潜んでいたからなんですよ」
「吸血鬼が?」
「そう。皇帝を眷属化して悪さをしてたんですけど、最後の最後まで結局何をしているのかは掴めませんでした。まぁ、帝国から小国を解放したことで聖女の偉大さに箔が付いたんで上等らしいですけど!」
シーエンがエステル王国に入国した頃、教会側は帝国の動きが怪しいと既に察知していたらしい。そこに長老の予言が加わり、本格的に調べてみると――当たりだったというわけだ。
全てを明かしてしまったシーエンに対し、司祭は片手で顔を覆ってしまった。
なるほど、教会は帝国からの解放も聖女の功績として流布するつもりだったのか。
「エジル王国の村人が眷属化していたが、帝国を裏で操っていた吸血鬼が原因か?」
「でしょうね。元々はエジル王国よりも東にいた吸血鬼っぽいですし」
なるほど。エジル王国を足掛かりにして、そこから帝国に向かったか。俺が見つけた村は随分と前に被害に遭った場所だったのかもしれない。
「帝国を滅ぼしたあと、教会は聖女と共に吸血鬼を追跡しました。ですが~……」
「負けた、だろ?」
俺が答えを言った瞬間、司祭は射殺さんばかりの視線を向けてくる。別に事実を言っているだけで侮辱しているつもりはないのだが。
「まぁ、そうなんですよ。中堅のバトルプリーストが酷いくらいに惨殺されちゃって。もうグロいのなんのって」
しかし、シーエンは肩を竦めながら語る。
「そもそも、どうしてバトルプリーストが負けたんだ? 俺が言うのもなんだが、浄化部隊の実力はよく知っている。吸血鬼如きに負けるような連中じゃないだろう」
ライバル組織である俺が教会の肩を持つのもおかしな話だ。
だが、事実教会の浄化部隊はそれほど強い人間が揃った精鋭集団である。吸血鬼は中級アンデットに位置する魔物であるが、バトルプリーストが簡単に殺されるほど強くもない。
「相手した吸血鬼は力場で力を得ていました。たぶん、旧帝国かエジル王国内にあったんでしょうね」
力場とは、不思議な力で満ちた場所だ。
とある学者は「魔力が満ちる場所」と表現しており、別の学者は「別世界から流れてきた力が溜まった場所」と推測した。
人に対しては何も恩恵が無いのだが、魔物にとっては己の力を強化させる――所謂、魔物にとっての聖域みたいなものらしい。知性の無い魔物が力場から力を得ると知性を得て、知性ある魔物が力場から力を得ると「王」へ近づくとされている。
俺はシーエンの話を聞いて、なるほどと内心頷いた。
「……始祖化してたのか?」
「いえ、まだですね。小さな力場だったようです」
吸血鬼が西へ移動している理由は――やはり、大討伐時に殺害した吸血鬼が残した言葉通り、レスティアン王国を目指して移動しているのか。
レスティアン王国にいた吸血鬼が根城にしていた場所は、王国内にある大きな力場だった。過去にレスティアン王国で猛威を奮っていた吸血鬼は力場から力を授かり、始祖吸血鬼と同等の力を持って王国と対峙したってわけだ。
東側にいた吸血鬼もレスティアン王国にある力場を目指し、そこで始祖の力を得ようということだろう。
「吸血鬼の目的は分かった。ならば、俺は本国に戻る」
目的が判明した以上、ここにいる必要はないだろう。すぐにレスティアン王国へ戻り、力場のある土地を封鎖して吸血鬼を待ち受ければ良い。
教会に無断で入国するなと釘を刺しておき、国境付近で吸血鬼を待ち伏せすれば完璧だ。
さっそく俺は席を立とうとするが――
「いえいえ、待って下さい。まだ話は終わってませんよ」
しかし、シーエンに止められた。まだ話は終わっていないと言われて、席に座るよう促される。
「吸血鬼は確かに力場を目指していると思われます。ですが、他にも目的がありそうなんですよ。帝国を裏で操っていた理由が分かりませんし」
そう単純な話じゃないと彼は言った。
「長老の予言もです。漠然とした事しか分からなかったそうですが、あの堅物で外界との接触を嫌う長老が私に外へ伝えて来いと言うほどですよ? よっぽどの事が起きると思うんですよね」
予言は今回の吸血鬼を指しているのかは分からない。だが、吸血鬼が帝国を裏で操っていたとしたら一番可能性が高いのも事実。
長老の言う「大きな事」がどれほどなのは不明であるが、レスティアン王国にも影響を及ぶんじゃないかとシーエンは語る。
「それに教会は聖女に討たせようと躍起になってます。仮に二度目の討伐が失敗したら……。無断でレスティアン王国内に進入しますよ」
「馬鹿言わないで下さい。次こそは必ず討伐します。聖女様の力は絶対ですから」
司祭はシーエンの言葉に対して「心外だ」とばかりに反論した。腕を組みながら言う彼の顔には聖女への絶対的な信頼があった。
「あの凶悪な吸血鬼は聖女様にしか討てまい。レスティアン王国騎士団が相手しても無駄に被害が出るだけだ」
俺は無言で睨みつけるが、相手も失言だったと撤回はしないようだ。
しかし、ふざけるなと喧嘩は吹っ掛けない。時間の無駄だ。
「うーん。どうでしょうね?」
中立を自称するシーエンは睨み合う俺達に向かってそう告げた。
「私の見立てでは聖女とバトルプリーストだけでは無理でしょうね。とんでもない数のグールを率いていますし」
そう前置きしたあと、彼はピンと人差し指を立てて言った。これが言いたかったとばかりに。
「ですので、グレン君も協力して下さい」
「「 はぁ? 」」
シーエンの言葉に俺と司祭の声が重なった。
今回ばかりは俺も司祭も「何を馬鹿な事を」と意見が一致する。
しかし、シーエンは意見を変える気はないようだ。それどころか、名案だと言わんばかりな態度を見せる。
「貴方も聞いているでしょう? バトルプリースト達が簡単に殺されてしまったんですよ? それにエジル王国と旧帝国に続いてクローベル王国内でも眷属を増やしている。中にはダンピールまでいるんですよ?」
彼の言ったダンピールとは、吸血鬼が人間に対して眷属化させる際に「適応」した人間を指す。グール化するのではなく、半吸血鬼になった人間の名称だ。
強さで言えばグール以上、吸血鬼未満。だが、どちらにせよ厄介な相手であるのは変わりない。
「グレン君も無駄に騎士仲間を失いたくないでしょう? それに事の真相、最低でも吸血鬼の力を掴んでから本国へ報告したいはずだ。だったら、教会に同行した方が得策だと思いますが?」
俺と司祭は同時に言葉に詰まってしまう。確かに正確な情報は欲しいところだが……。
「教会本部、エステル王国が許すはずがない」
「こっちも同じ意見だ」
組織の人間として、上層部が認めるはずがないとまたもや意見が一致する。
「なら、お互いに組織の上層部へお伺いを立ててみては?」
それからでも遅くはないだろう、とシーエンは笑った。
彼の笑い声を聞きながら、俺と司祭は再び顔を見合わせた。
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