第8話 クローベル王国王都での出会い


 道中で盗賊達との戦闘もあったが、予定通り三日目の昼にクローベル王国王都へと到着した。


 俺は馬を引きながら王都の中へ入り、メインストリートを北に向かって進んで行く。


 途中、王都の中を観察するが、さすがは王都といった感想だ。国境近くにあった街よりも活気があり、道行く人達の顔には笑顔があった。


 街の南側にある巨大市場は随分と賑わっている。市場で露店を開く者の中には異国から来た者もいるようで、クローベル王国人とは違った服装を身に着ける者もいた。


 聞いていた通り、外国から来た商人も多いようだ。


 顔を前に戻すと、王都の最奥に聳え立つクローベル王国城が目に映った。白い壁を持つ城には何本も自国の旗が掲げられており、穏やかな風に揺れている。


 しかし、この王都で最も注目すべきは城じゃない。同じく北側で建設途中となっている「聖徒教会」だろう。


 この国の王族達も足を運ぶと言われているエステル王国の教会はまだ建設途中であった。教会自体は完成しているようだが、その真横に建てられる鐘塔の建設が終わっていないらしい。


 だが、主張激しいエステル王国の紋章――盾の後ろに二本の剣がクロスしていて、盾の中心には羽を広げた鳥が描かれている――が描かれた旗とオブジェはしっかりと高い位置に取り付けられている。


 王都に住む人達からはどう受け止められているんだろうか。クローベル王国は農業を主体とする国家なため、太陽や大地を信仰する自然信仰だったはずだが。


 教会にクローベル王国人が集まっているか確認もしたいが、それよりも先に情報部の拠点へ向かう事が先決だ。


 街の中心まで向かい、そこから西へ向かって歩いて行く。王都の端まで向かい、その近くにある本屋が目的地である。


 レンガ造りの商店、ドアの近くに掲げられた「レバン書店」の看板を見つけて近付いていった。近くにあった木に馬を繋ぎ、頭を撫でながら「待っててくれ」と告げる。


 店のドアを開けるとドアベルがカランカランと鳴った。


 ドアベルに気付き、店の奥にあったカウンターの下からひょこりと顔を出したのは年老いた男性。


「いらっしゃい」


 老人の目はしっかりと俺の髪に向けられていた。表情を変えたことから、俺の正体に気付いたのかもしれない。


 念のため内ポケットからメダルを取り出して見せると、老人は「やっぱり」と口にする。


「閣下、いらしていたのですか」


「ああ、任務でな」


 俺は老人に事の経緯を説明する。


 エジル王国で見た事やアンが得た情報、旧アーバン帝国国民から聞いた吸血鬼が率いるグールの群れの話。それらを聞かせつつ、行きでこの本屋に立ち寄らなかった事の後悔も聞かせる。


 すると、老人は口髭を撫でながら「そうとも言えません」と言った。


「閣下がクローベル王国を通過した頃、まだ教会勢力は王都を訪れておりませんでしたからな。魔物の情報も大したものはありませんでした」


 老人は教会のバトルプリーストらしき人物達が王都を訪れたのは数日前だと語る。


「一台の馬車を護衛しながらやって来ました。恐らく、馬車の中にいたのは聖女候補でしょうな」


 そう当時を語りつつ、老人はカウンターの後ろにあった本棚から一冊の本を抜き取った。本のタイトルは「レスティアン王国と竜」とあり、レスティアン王国では有名な歴史の本だ。

 

 ただ、本の中身は少し違う。前半はレスティアン王国と竜の関係を語る歴史の話が描かれているが、中盤を越えたあたりから老人が集めた情報を記載する白紙のページになっていた。


 老人は最近記載したであろうページを開き、俺に見せてくれる。


「この情報は一週間前に入りました」


 本に記載されていたのは、クローベル王国南東にある村の住人が丸ごと消えたというものだった。


「村人が一人残らず消えた?」


「はい。間違いなく、閣下が追っている吸血鬼の仕業でしょうな」


 恐らくは村人全員が眷属となってしまった。そう察した老人は情報を求めて商人や傭兵に接触を続けたようだ。


「私も不審に思い、更なる情報を集めましたが……」


「教会に情報封鎖されたか?」


「ええ。初報を得てから四日後には誰も話さなくなりました」


 異国の商人や国内を巡る行商から世間話を混ぜつつ情報収集を行っていたが、クローベル王国王都で建設中の教会が騒がしくなってからピタリと魔物に関する情報が得られなくなった。


 これまで通り魔物の情報を得ようとすると、誰もが「知らない」と魔物に関して一切の話題を口にしなくなる。他には「話せない」とハッキリ告げる者も。


 聖徒教会が目撃者や情報提供者に「人々のためにも話さないで下さい」と口封じした証拠だ。


 奴等はいつもそうやって情報を外部に漏らさぬよう封じ込める。


 信者達が情報をもたらしたならば「他の方達を不安にさせないようにしましょう」と真摯にお願いする姿を見せて、如何に自分達が国民の平和と安寧を望んでいるかを見せる。


 他国の人間からもたらされたのならば「貴方達の国が混乱するのは不本意であり、私達にとっても悲しいです」と慈愛の心を見せる。


 これで納得する者達は善良な証拠だ。教会の見せた善意と愛情を受け取って、なんて素敵な組織なのだと晴れやかな気持ちで眠るだろう。しかも、「あの教会は素晴らしい」と他者に語るオマケつきだ。


 ここまで聞けば「魔物から世界を救う良い組織」に聞こえるかもしれないが……。


「中には語ってくれそうな傭兵もいたんですがね」


「消されたか」


 曰く、情報提供者になりそうだった傭兵の男は、王都の裏路地でひっそりと死亡していたらしい。


 相手が善良でなければ――それなりの方法を取るのが教会という組織である。


 表側に見せる姿は全て信者獲得、エステル王国が「良き国」である事を流布するための手段に過ぎない。


「聖女とバトルプリーストが討伐に失敗したんだからな。イチ押しの広告塔が失敗したなんて、教会は絶対に認めたくないだろう」


 信者獲得を盤石とする広告塔が失敗したとなれば、まだ信仰心の薄い信者が離れかねない。信者が離れれば教会の得る資金が減り、国のトップからお叱りをもらうだろう。教会上層部が何よりも避けたい事態のはず。


「聖女というモノはそれほど信者を熱狂させますか」


「そりゃそうだ。可憐で幼い少女が人々の平和を守るために強大な敵に勝つ。しかも、その強さは神から保証されているときた。毎回、英雄の誕生劇を繰り返して信者達を飽きないようにしているのさ」


 聖女システムは一種の演劇ショーである。


 エステル王国は勿論のこと、どんな人間だって「負け」は嫌いだ。自分が死ぬ未来なんて見たくないし、国が滅ぶ未来だって見たくない。


 他国の兵士に蹂躙される事を望む者なんていない。魔物に食われて死ぬ事を望む者なんていない。


 誰だって「勝ちたい」だろう。悪い国があるなら英雄が正すところを見たいのだ。悪い魔物がいるなら英雄が魔物を倒して勝利する姿を見たいのだ。


 皆が望む未来を勝ち取るのが可憐な少女だったらどうだろう? 献身的で清らかで愛らしい少女だったらどうだろう?


 若くて幼い子が自ら努力して、身を削って、自分達の為に尽くしてくれる。しかも、最後は「皆が見たかった未来」を勝ち取ってくれる。


 これほど熱狂できる演劇は他に無い。王道で素晴らしいストーリーだ。


 しかも、神から勝利を保証されているという国のお墨付き。信者達は司祭が語る様々なドラマを聞きながら感涙して、聖女という絶対的な存在に安心感を覚える。


「ある意味、完成した演劇なんだよ。だから信者共はお布施という名のチケット料を払う。聖徒教会の仲間になることで演劇を見るための席に座れるのさ」 


 だが、今はその演劇が途中で崩れかけている。


 演劇を正当化するためにも教会は自分達を負かした吸血鬼に勝たねばならない。俺達のような他国の連中に横やりを入れられたり、獲物を横取りされるなんて以ての外だ。


「ふぅむ……。では、この情報は教会が追い詰められている証拠になりますかな?」


 老人は次のページを開く。


 そこには聖女を護衛しながら王都を訪れたバトルプリーストと共に行動する「部外者」の名があった。


 しかも、その人物について俺はよく知っている。


「これは……。間違いないか?」


「ええ、間違いなく。以前、レスティアン王国へやって来た際に私も本人を見ていますから。あの方の容姿は一度見たら忘れられません。いや、容姿よりも態度ですかね?」


「どちらにせよ、忘れられないだろうな」


 彼の意見に納得しつつ、俺はため息を零した。


「どうしますか?」


「まずは会ってみよう。教会からは話を聞けないかもしれないが、奴からなら聞けるかもしれん」


 

-----



 目的の人物を探すために本屋を出た俺は、王都にある酒場を片っ端から確認することにした。


 教会にどうして協力しているかは不明であるが、奴が大人しく教会の中にいるなんてあり得ない。その確信があった。


 絶対に酒場で飲んだくれている。もしくは看板娘を捕まえて陽気に踊っているに違いない。飲み過ぎて酒場の床で寝ている可能性もあるが。


 王都西側から酒場を示す看板を見つけては中を覗いていく。一軒目、二軒目、三軒目とハズレが続き――


『アハハハ!』


『ヒュー! いい飲みっぷりだぁ!』


 四軒目、王都の東側にある最初の酒場から陽気な音楽と客の歓声や指笛が聞こえてきた。


 ここだ。間違いない。


 俺は確信を持ってドアを開けた。


 中に入ると、酒場の中央では弦楽器を持って陽気な音楽を演奏する三人の男達がいた。彼等の前には酒場のウエイトレスであろう若い女性と手を握り、音楽に合わせて踊りながらも片手に持ったジョッキを呷る一人の男。


 男の恰好は茶のズボンに白いシャツ。シャツの上には茶のベスト。足にはロングブーツを履いていた。


 金の長い髪を振りまきながら、真っ赤な顔で踊る男の耳はツンと尖がっている。そして、容姿は人間よりも美しく整っていた。


「アハハッ! んぐ、んぐっ、ぷはっ、アハハッ! アハハッ!」


 黙ってたら美の神様とも呼ばれそうな美青年であるが、馬鹿みたいに笑いながら酒をグビグビと飲み続けて。


 その知識を披露すれば王からも賢者と呼ばれるはずであるが、馬鹿みたいに人と騒ぐのが大好きな男。


 北西にあるエルフの国、アーバンディア大樹国から出て外世界を見て周るエルフの異端者、シーエンである。


「おい、シーエン! シーエンッ!」


 馬鹿騒ぎする彼の前まで歩み寄り、彼の名を大きな声で叫ぶ。何度か呼び続けてようやく気付いてくれた。


「お? おお~! 我が友、グレン~!」


 彼は真っ赤に染まった顔にニヤケ面を浮かべて、更には酒臭い息を吐きながら俺に抱きついてきた。背中に腕を回されて「我が友よ~、我が友よ~」と何度も言いながら背中を叩いてくる。


 予め言っておこう。


 俺はこいつと友達じゃない。

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