第5話 吸血鬼の行方、聖女の存在


 アンが情報を得るまで宿に留まる事になったわけだが、彼女は俺に普段貸し出していない特別な部屋を用意してくれた。


 エジル王国のレベルに合わせたボロい内装ではなく、レスティアン王国の貴族や豪商が宿泊するような高級感溢れる部屋だ。


 清潔な室内に各種装飾品を飾った豪華な内装。ベッドもフカフカだし、使われている布も上質で寝心地が良い。レスティアン王国王都にある実家のベッドには劣るが。


 加えて、レスティアン王国のワイナリーが生産した高級ワイン。王家御用達にもなっており、晩餐会にも出されるような上等なワインだ。


 更にはアンが用意した若い娼婦がベッドの上におり、俺は彼女の腰に手を回しながらワインを楽しむ。


「はぁ……。旦那様、もっと楽しみたいです」


 とろんと蕩けるような表情を向ける娼婦の態度は、とても商売として学んだ演技とは思えなかった。一晩中、思う存分鳴かせてやった結果だろう。


 全裸のまま肌を密着させてきて、鎖骨の位置に頭を乗せてきた。彼女はスリスリと頬擦りしつつ、俺の胸にある傷跡を指でなぞる。


「ぁんっ」


 彼女の尻を撫でながら内心で「アンはまだか?」とも思った。さすがに一晩では情報も集まらないか。


 だったら、まだ腕の中にいる娼婦と楽しむ時間もあるかもしれない。もう一回くらい……と思ったところで、部屋のドアがノックされた。


『お客様、よろしいでしょうか』


 ドア越しに聞こえたのはアンの声だ。俺はそのままの状態で「入れ」と告げる。


 命じた通り入室して来たアンは俺達の状況を目にするが、目を伏せてから「失礼します」と頭を下げた。頭を上げると娼婦に向かって退室するよう命じる。


 命じられた娼婦はしぶしぶ離れていき、脱ぎ散らかした自分の衣服を集めた。最後に俺へと振り返り――


「旦那様、またお相手して下さいね」


 娼婦は名残惜しそうに部屋を出て行った。


 アンは彼女を見送ったあと、俺をジッと見つめてくる。何か言いたいことがありそうだったが、彼女は咳払いをしてから仕事に取り掛かる。


「詳細が判明しました。といっても、どうして魔物の情報が入らなかったか、ですが」


 彼女は長い髪を耳にかけながら淡々と告げる。だが、どうも得た情報が気に食わないようだ。思い出すだけでもムカつく、と言わんばかりに内に煮え滾る怒りを漏らしていた。


「聖徒教会の仕業です。教会が情報封鎖を行っていました」


「教会が?」


 聖徒教会とはエステル王国に本部を置く巨大な宗教団体だ。教会発祥の歴史はエステル王国建国まで遡らないといけない。


 エステル王国の王族は自らを神の使徒と名乗っており、神から王になるよう命じられた一族であると主張していた。その件については真偽不明であるが、彼等の言葉をより強く広めるために建国と同時に設立されたのが聖徒教会である。


 教会のトップは王家であり、その下に教会に属する者達を指揮する大司教――あくまでもエステル王国の王族は神の使徒であるため、神の使徒の下に大司教が位置する――が存在する。


 大司教はエステル王にお伺いをしつつ、教会を動かしているというわけだ。


 別に他国の人間が何を信じようが勝手だろう。俺達レスティアン王国の人々も「竜信仰」という独自の文化がある。


 教会が信徒を集め、彼等に何を説くのかも勝手だ。


 しかし、アンが教会に対してあまりよくない感情を抱いているのは、教会の中にレスティアン王国騎士団魔物討伐隊と同じような部門があるからだ。


「教会の浄化部隊か」


「はい」


 エステル王国が帝国と戦争を行った際、表舞台に立ったのは「エステル王国聖騎士団」という軍勢だった。聖騎士団はレスティアン王国騎士団と同じように国防から警備、対人戦を意識した軍勢だ。


 聖騎士団はエステル王国の正規軍と言えるような存在だろう。


 しかし、建国と同時に設立された教会にも特殊な部隊が存在する。それが「浄化部隊」と呼ばれる対魔物戦を意識した軍勢だ。


 俺が所属するレスティアン王国騎士団魔物討伐部隊と同じように対人戦よりも対魔物戦に注力しており、領土内の魔物を片っ端から殺し回るような奴等だ。


 まぁ、一言で言えばレスティアン王国とエステル王国は「対魔物」に関する部分が似ているのである。昔から二ヵ国の「対魔物」に関する上層部はお互いをライバル視しており、その感情が下の者まで伝わっているというわけだ。


 しかし、たまに「神のお導き」という謳い文句を武器にレスティアン王国領土内まで無断で入り込み、魔物を狩ったり信仰を集めようとするのはどうかと思うが。この辺りもアン達のような人間から嫌悪される理由の一つだろう。


「浄化部隊も俺達と同じように魔物情勢を探っているのか?」


 もしかして、村人を眷属化させた吸血鬼はエステル王国側へと移動しているのだろうか? だったら最高なんだが。


「いえ、どうも聖女認定の儀式が行われているようです」


「ああ……」


 聖徒教会が持つ特殊性の一つに「聖女」と呼ばれる存在を作り上げるシステムがある。


 曰く、神の祝福を得た少女を「聖女」として祀り上げ、神からの啓示や信者からの崇拝を求めるというものだ。


 本当に神の祝福とやらがあるのかは不明であるが、世界には稀に起きる魔法という神秘が存在する以上、絶対に無いとも言い切れない。


「認定の儀式で魔物を殺してるのか?」


 聖女候補である少女が最終的に「本物の聖女」として認められるには、教会から「人類の敵」と認定されている魔物を殺すことが条件だと聞く。


 低級アンデットであるグールなどを殺しても認められず、最低でも中級アンデットである吸血鬼を殺さねばならないんだとか。といっても、これは聖女という存在に箔をつけるための行為でしかなく、聖女自らが殺害しなくても良いという裏の条件があるようだが。


「はい。そのようなんですが……。どうにも聖女は吸血鬼殺害に失敗したようです」


「失敗? あり得るのか?」


 聖女ってのは教会のシステムだ。信者を獲得し、獲得した信者に強い信仰心を抱かせるための道具に過ぎない。


 だから教会は「しばらく聖女がいません!」なんて愚行は犯さない。何がなんでも認定の儀式を成功させ、先代の聖女が引退する前には次の聖女を絶対に用意するはず。


 故に仮に聖女候補である少女が「外見だけで選ばれただけの少女」だったとしても、認定の儀式には浄化部隊に属する屈強なバトルプリースト達が同行して手助けを行う。要は少女が戦えなくても「聖女様の指揮によって勝利した」と建前を作るわけだ。


「バトルプリースト達でも手に負えない相手だったということか?」


「聖女に関しての情報は、失敗したとだけしか掴めませんでした」


 討伐に失敗したとなると、聖女候補だった少女はどうなったのだろうか?


 吸血鬼に殺されたか? それとも、バトルプリースト達が少女を連れて撤退したか?


「聖女が殺害されたが故に情報封鎖されたのでしょうか?」


「…………」


 俺は問われながらも、顎をさすりながら考える。


 聖女が殺されてしまい、教会の権威が落ちないよう隠蔽目的なのか。それとも聖女はまだ生きていて、リベンジを狙っているから邪魔されないよう情報封鎖しているのか。


 どちらにせよ、教会は今回の吸血鬼を利用するはず。仮に今回の聖女が死亡していたとして、別の少女を聖女に担ぎ上げるにしても一度戦った吸血鬼を討つ方が情報的にも準備的にも楽だろう。


 ならば、教会の連中がどこにいるか分かればヒントが得られるかもしれない。


「教会の連中はどこにいる?」


「それが……。クローベル王国に向かっていると」 


 最悪だ。思わず舌打ちしてしまうほど。


 教会の連中が本国に向かっているなら「聖女は死亡した」と考えるのが妥当だ。替えの聖女を受け取りに行く途中だと推測できる。


 しかし、本国に戻らず西へ向かってるとなると吸血鬼を追っている可能性が高い。聖女は生きており、リベンジを狙っていると考えるのが妥当だ。


 ……このままクローベル王国内で認定の儀式を終わらせてくれるならいい。


 だが、吸血鬼が我々の懸念通りレスティアン王国を目指しているなら。追跡している教会勢力が二度目の敗北を喫すると――次はレスティアン王国内でドンパチが始まることになる。


 レスティアン王国騎士団がライバル視する教会の戦力はライバルながらに優秀であるが、だとしても放置しておくのはあまりにも危うい。


「面倒事になりそうな予感がする。アン、馬の用意をしてくれ。俺は教会を追う」


「承知しました。すぐに準備致します」


 部屋を出て行った彼女を見送り、俺は旅立つ準備を始めた。

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