第3話 エスケラーン 1


 村でグール達を殺害した俺は西に向かい、エジル王国の主要街道に出た。


 途中で出会った商会の馬車を駆る御者と交渉し、エジル王国の中心である王都まで乗せてもらうことに。


 交渉内容は商会馬車の護衛――主に盗賊からの護衛であったが、運良く遭遇することはなかった。そして、三日かけて王都に到着する。


「旦那、着きましたよ」


 幌を張った荷台で寝ていた俺は御者である中年男性に起こされ、御者台の近くに改めて座り直した。


 御者の背中越しに見える景色には、エジル王国の王族が暮らす小さな城が見えた。故郷であるレスティアン王国王城と比べるとかなり小さく、その規模は二倍ほどの違いがあるように見える。


 というか、あれは城なのだろうか。


「なぁ、あれは城なんだよな?」


「そうですぜ」


 どう見ても三階建ての屋敷にしか見えないが。屋敷の隣に建つ三角屋根の長い塔が辛うじて威厳を放っていて、屋敷自体はレスティアン王国王都にある貴族の屋敷とそう変わらない。


 もしかしたら、貴族の屋敷以下かも。


 ただ、王都内にある平民家屋や商会も……。正直言うと小さくてボロい。


 門から王都の中を覗くと木造建築がほとんどで、レンガ造りやコンクリート製の建物は数軒しか見られない。奥の方にある薄汚れた白いコンクリート製の建物は豪商の家だろうか。


 下手すると王族より豪商の方が金を持ってそうだ。


 しかし、王都を囲む壁と門だけは立派だ。これは隣国に帝国があったからだろう。歴史的には属国になってしまったが、元々は帝国の侵略に備えての設備に違いない。


 まぁ、先にも言った通り属国となってしまったので意味はなかったようだが。


 御者が門番と一言二言会話して、俺は黙ったまま彼等の会話を聞いていた。


「旅はどうだった? 東に盗賊はいたかい?」


「いんや。盗賊とは遭遇しなかったね」


「そりゃ運が良かったな」


 エジル王国は東側戦争――アーバン帝国を相手した戦争――にて、帝国を討つために派兵を行ったが大して活躍もしなかった。


 帝国を討ったのは北東の大国、エステル王国という国だ。エステル王国は聖騎士団を進軍させ、圧倒的な力を見せつけて帝国を蹂躙した。


 帝国が滅ぼされたあと、従属状態であった西のクローベル王国とエジル王国は解放されて自由の身になった。


 しかし、だからといって国内が自然に発展するわけでもない。


 同時にエステル王国が周辺諸国に対して権利を主張することもなかった。エステル王国は帝国軍を討ち、帝都を占拠して皇帝の首を獲るとあっさり引き返していったのだ。


 現在の旧帝国領土では旧帝国貴族が新しい国に再建しようとしているようだが、噂によると難航しているらしい。


 結果、絶賛大混乱中の旧帝国領土からは貧困した元国民がエジル王国へと流れ込んでいる。流れ込んだ元帝国国民はエジル王国西側で盗賊や山賊活動を行っているとの情報は得ていたが、今では東側にもそれは広がっているらしい。


 余談であるが、もう一方のクローベル王国に流れ込まないのは、我が物顔で生活していた帝国人を処刑しているという噂が流れているからだろう。


「エステルが帝国領を統治してくれりゃよかったのに」


 帝国から無理矢理属国とされていたエジル王国からすれば、現状は踏んだり蹴ったりといったところか。自由になったら今度は戦争以前よりも国内が荒れてしまったのだから。


 エステル王国が帝国を占拠して領土化しなかったのも、無駄に膨れ上がった旧帝国国民を制御できないと考えたからだろう。


 脅威は排除するが、その後の責任も取らない。そんなスタンスで引き返したエステル王国軍は旧帝国との国境で騎士団を展開させながら旧帝国国民を近づけないらしい。


 旧帝国貴族が王国として国を再建させたあと、多額の賠償金を請求したり、無理難題な条約を結ばせるに違いない。そうして骨の髄までしゃぶり尽くすのがエステル王国のやり口だ。


 もしくは、別の理由があったのか――


「んじゃ、また」


 考えを巡らせていると御者と門番の会話が終わった。王都南側にある入場門を通過した商会馬車は北に向かってゆっくりと走り出す。


「旦那、どこで降りるんですかい?」


「エスケラーンって宿は知ってるか?」


 俺は御者に王都に存在する目的地の名を告げた。


「ああ、西側にありやすよ。壁の近くだ」


 御者は王都西側へ続く道で降ろすよと言った。王都の中心よりやや南側にある十字路に差し掛かり、御者は西に続く道を指差して「ここを真っ直ぐ行けば見つかりやす」と言った。


「ありがとう。助かった」


 護衛の仕事は請け負ったが、全く機会に恵まれなかった。タダでは悪いと思い、少しばかり金を払っておこうと胸ポケットに手を突っ込む。


 エジル王国銀貨を二枚差し出し、御者に別れを告げて道を歩き出した。


 道を歩きながらエジル王国王都の様子を観察していく。


 先に感想の結論を語るとしたら、エジル王国は「貧しく瀕死の国」となるだろう。これは旧帝国からの搾取が続いていた結果でもあるが、元々立地的に資源や産業に恵まれていなかったこともある。


 農業主体だった小さな国が力でねじ伏せられ、農業を行うための労働力を旧帝国に奪われ続けてしまった。奪われた労働力は戦争末期になると即席の兵士として扱われ、エステル王国に蹂躙されてしまう。


 奪われた元国民は戻って来れず、元々小さな国だったエジル王国も自力で立て直せるか微妙なところ。


 ――内心、ダメかもしれないなと思った。


 道の左右に広がる家屋や商店の配置は雑多で区画整理が全くされていない。道は土丸出しだし、通りを通過する馬車もボロボロな物ばかり。


 王都であるにも拘らず、道行く人が身に着ける服には煌びやかさもなく。大きな道沿いに堂々とボロを纏った物乞いが座っている姿まであった。


 国民全体の幸福度が低いのは明らかだ。同時に衛生面などの配慮も行き届いていない。


 国自体が貧しく、王都だけでも見てくれの威厳を保つ財力すらないのだ。悪循環に陥っていて、国を発展させようにも発展できないといった感じ。


 内心「化け物共に影ながら蹂躙されるのが先か、疫病で滅びるのが先か」と最悪のシナリオを考えてしまった。


「エスケラーン……。ここか」


 そんな事を考えていると、目的地に到着した。


 木造三階建ての宿の前に立ち、入り口ドアの横に吊るされていた看板を見る。


 エスケラーン。


 ここはエジル王国王都にある宿であるが、実際のところは違う。


 王都の街並みに溶け込むよう外観は小汚い木造の建物になっているが、本気を出せばレンガ造りだろうがコンクリート製だろうが材質問わず建て直しは可能だろう。


 毎日壁を磨く従業員だって雇えるし、高級な外観に合った内装とサービスだって提供できる。


 何故ならここ、エスケラーンの経営母体は『レスティアン王国』だ。我が故郷である王国が国営しており、王国騎士団情報部が運用する「対外国情報収集」用に建てられた偽装宿である。


 俺はドアを押して宿の中に入った。宿の中も相応の内装であり、お世辞にも綺麗とは言い難い。だが、内に浮かぶ感想は「偽装を徹底しているな」という感心だった。


 入り口のすぐ傍にはフロントがあって、従業員の男性が俺に向かって「いらっしゃいませ」と頭を下げた。俺はフロントに近付き、内ポケットからある物を取り出す。


「店主に会いたい」


 そう言って見せたのはレスティアン王国騎士団所属を示す竜の頭部を象ったメダルだ。


 メダルの中心には俺の身分を表す三本の剣が刻まれており、三本の剣の下には名前のイニシャルが刻印されている。


 フロントにいた従業員はメダルを見てハッとなった。慌てて深く頭を下げ直し、彼は短く告げる。


「伯爵閣下。失礼しました」


 改めて挨拶を告げた彼は宿の一階奥――店主がいるであろう場所に案内してくれる。


 扉の前で「少々お待ち下さい」と告げ、男性だけが中に入って行った。俺が来たことを店主に報告しに行っているのだろう。


 一分も掛からないうちに戻ってくると、彼はドアを開けて「どうぞ」と告げた。


 ドアの中には表側の内装とはまるで違う、レスティアン王国様式に近い内装の部屋となっていた。


「ようこそいらっしゃいました、伯爵閣下。このような狭い場所でのご挨拶、誠に申し訳ありません」


 部屋の中にいたのは煽情的な赤いドレスを纏った女性。


 彼女は頭を上げたあと、俺に向かってニッコリと笑った。




※ あとがき ※


 長くなってしまったので分割しました。

 続きは一時間後に投稿します。

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