第2話 魔物を狩る男 2


「へぇ~。西の方では海運業が盛んなのかい」


「ここ最近では大きな船が量産されているよ。近くの島と貿易を始めて、新しい品物がたくさん取引されているね」


 俺の隣に座っていた男は頻りに質問を繰り返していた。特に大陸の西側――俺の故郷であるレスティアン王国について何度も質問してくる。


 内容としては国の政策や国民の暮らしぶり、西側では最近どんなことが流行っているのかなど。そういった事を聞きつつ、自身が暮らす村や周辺地域との違いを噛み締めているようだった。


 まぁ、質問としては妥当だろう。


 この村がある国の名はエジル王国という名だが、国の規模としては小国だ。隣にあったアーバン帝国の元属国であり、搾取され続けてきた歴史がある。最近ようやく解放されたが、まだまだ尾を引いている状況だ。


 平和で活気溢れる西側諸国と大きな戦争が終わったばかりの東側諸国を比べるのは、こちら側に住んでいる人達からしたら当然なのかもしれない。


「それだけ国が栄えていると、人も多いんだろうねぇ」


 そして、何度も口にするのが人口についてだ。


 男は「戦争で多くの人が死んでしまった」と嘆き、これから人が増えて国が立ち直れば良いのだがと酒を飲みながら何度も呟いていた。


 その度に聞き流しているが、男は西側諸国の文化よりも「人」の多さについて興味があるように聞こえてくる。


「お兄さん、今晩はどうするの?」


 男から質問攻めにされた結果、もうすっかり夜になってしまった。


 俺が「ああー」と曖昧な返事を返していると、男はニコリと笑って言う。


「うちに泊まればいい。話を聞かせてくれたお礼だ」


「そうかい? 悪いね」


「そうと決まればうちで飲み直そう!」


 席から立った男を見て、俺は内心「やっとか」と呟いた。俺も席を立ち、足元に置いておいたリュックと剣を手に持つ。


 リュックを背負い直し、剣を腰に差して。そのまま男の後に続く。ドアに向かいながらマスターを振り返るが、彼からウサギ肉の料金を請求されることはなかった。


「フッ」


 思わず鼻で笑ってしまうが、酒場にいる者達は誰も気付かない。


 外に出て、家に泊めてくれるという男の背中を見つめた。


 一歩、二歩、三歩、四歩。丁度、村の中心にある井戸の近くまでついていくと、俺は男に向かって告げる。


「なぁ、そろそろ教えてくれないか」


「ん? 何がだい?」


 男は足を止めて俺に振り返った。


 俺は口元を吊り上げて言ってやるのだ。


「どうしてこの村は腐臭がするんだ?」


 気付いていないとでも思ったのか。そう言わんばかりに言ってやった。すると、俺にニコニコと笑顔を向けていた男の表情が真顔になる。


「隠しきれるわけないだろう? 花の香水で誤魔化せると思ったのか?」


 恐らく、俺のような生業をした者じゃないと見抜けない。小さな村の中で腐臭がしてもそれっぽい理由で誤魔化される者がほとんどだろう。


 たとえば、厩舎で馬が死んだだとか。日持ちしなかった食料が腐ったから捨てたばかりだとか。


 しかし、腐臭の原因は分かってる。というよりも、村から漂って来るんじゃない。


「腐臭の原因はお前だ。いや、お前達と言うべきかな」


 そう、腐臭の原因は目の前にいる男。男の体から漂ってくる。過剰なほど塗り込んだ花の香水に混じり、ほんの微かに腐った肉の匂いがする。


「……いつから?」


 男は真顔のまま問いかけてきた。


「村の外を見回ってた時からだ。お前も見ていたんだろ?」


 外を見回っていた時、家の中から視線を向けていたのはこいつだ。たった今向けている視線と気配に既視感がある。


「よく考えられているな。花の香水を体に塗りたくって、たまに訪れる旅人を騙すのか。村の中心に大きな酒場を建てたのも、旅人が立ち寄りやすくするためか?」


「…………」


「誰の入れ知恵だ? お前達じゃないだろう? ご主人様の指示なんだろう?」


「…………」


 目の前にいる男はギョロギョロと必死に眼球を動かす。俺はその姿を見て笑ってしまった。


「考えるなよ。考えられないくせに。らしく本能に従え」


 俺が肩を竦めて馬鹿にすると、目の前にいた男の瞳が赤く変色した。同時に口からは牙が生え、その獰猛な本性が露わになる。


「フゥー! フゥー! お前、お前ええええッ!!」

 

「やっぱりか。吸血鬼の眷属にされたんだろう?」


 少しばかりの思考能力、本能を抑えた時に見せる人本来の行動はグールの中でも吸血鬼によって変異させられた者の特徴だ。


 吸血鬼によってグール化し、眷属となった者は主である吸血鬼の命令を忠実にこなす。この男の行動も吸血鬼によって与えられた「誘い込み」の演技に過ぎない。


「実に利口な手口だ。村人である行動を見せながら人を騙し、騙されたところをバクリ……。いや、捕まえて主に献上するか?」


 俺が手口を語ってやると、後ろにあった酒場のドアが勢いよく開いた。


 中から出て来た村人達の様子は目の前にいる男と同じ。赤い瞳と飢餓感に苛まれるグールと化していた。


「女子供は食らったか? それとも主に献上したか?」


 聞きながら、俺はポケットからタリスマンを取り出した。


 六芒星を刻印した青い水晶。長い紐で結ばれたそれを首にかける。背負っていたリュックを井戸の傍に投げ、腰のベルトに差していた魔銀の剣を抜いた。


「今、楽にしてやる」


 俺は一言呟いて、剣を上段に構えながら目の前にいた男へと踏み込んだ。飛ぶように一気に踏み込み、男の肩口に剣を落とす。


 レスティアン王国騎士団お抱えの鍛冶師が打った剣は切れ味抜群。男の体を簡単に斬り裂いた。同時に魔銀という対アンデット用の素材も相まって、切断面からは白煙が噴き出す。


「ギャアアア!?」


 男は体を斬られた痛みではなく、魔銀によって焼かれた痛みに絶叫する。焼けた断面を手で剥がそうとするが、俺は一回転しながら男の首を刎ねた。


 宙を舞った男の頭部が地面に落ちる。その瞬間、背後にいた村人達が一斉に襲い掛かってきた。


「風の息吹!」


 片手で首に垂れるタリスマンを握り締め、剣を相手に向けながら短く呪文を唱える。すると、俺の剣先から強風が吹き荒れた。


 放たれた強風に村人達数名が吹き飛ばされ、酒場の壁を突き破っていく。風の魔術から難を逃れた村人達が俺に向かって来るが――


「フッ!」


 伸ばされた腕を躱し、下段から掬い上げるように腕を切断。そのまま腹を蹴飛ばして、もう一方の村人を肩口から両断する。


 勢いを殺さず剣を横に振り、三人目となって迫って来た村人の胴を横一文字に切断した。


「チッ!」


 上半身と下半身が分かれた男の背後にもう一人隠れていた。俺に向かって両手を伸ばし、口の中にある鋭利な牙を見せつけながら肉を齧ろうと迫って来る。


 少々無理な体勢から蹴りをお見舞いし、怯んだ隙に首を刎ねた。刎ねた瞬間、バックステップで距離を取る。


 ベルトのポーチから小さな革袋を取り出し、片手で紐を解いて村人達へと投げつけた。


「グガッ!?」


「ガァァッ!?」


 投げつけた革袋から漏れたのはキラキラと光る粉だ。


 魔銀を粉末化させた物であり、殺傷能力は低いがアンデットによく効く。服から露出していた肌や顔面に粉末を浴びた村人達は、皮膚が焼け爛れていくことに苦しむ様子を見せた。


 顔面や体から白煙を上げる村人達に対し、俺は再び前へと出る。一気に突っ込んで間合いを詰めると、相手が怯んでいる隙に剣を振るった。


 苦しむ村人達の間を縫うように剣を振り続け、体を斬り裂き首を刎ねる。


「終いだ」


 最後の一人は酒場の店主だった。美味いと評判のウサギ肉もこれで食い納め。


 首を刎ね、グラグラと揺れる体を軽く蹴飛ばした。背中から倒れていく首無し死体を見送り、魔銀の剣に付着した灰を払う。


 剣を鞘に納め、井戸の傍に投げたリュックの位置まで戻った。その場で体を屈め、少しの間だけジッと待つ。


 耳と目に集中力を傾け、村の中にまだグールがいないかを探るが――


「終わりか」


 どうやら全て片付けたようだ。


 だが、まだ俺の仕事は終わりじゃない。


 剣に手を伸ばしながら村の中にある家を巡る。最初に目をつけた家のドアを開けると、土が剥き出しになった床には白い骨が転がっていた。


 人骨だ。骨の形状からして腕の骨だろうか。


 しゃがみ込んで骨を手に取った。革のグローブ越しに触れる骨は異常なほど綺麗である。


「食らったか」


 性別不明の骨であるが、恐らくは女性だろう。標本化できるほど綺麗になった骨は、グールが柔らかい女性の肉を一片たりとも無駄にしなかった証拠だ。


 家の奥にも骨が転がっていた。先ほどの骨も合わせると、人間一人分綺麗に出来上がりそうに見える。この家にいたグールに食われた被害者は一人であると推測できた。


 次の家に向かうと、今度は馬の骨が転がっていた。厩舎で世話していた馬すらも喰らったらしい。


 最も最悪だったのは、他の家よりも少しだけ大きな家。村長の家と思われる場所の中だった。


「……なるほど。村長はリーダーだものな」


 村長家の中にあったのは、十人分はあろう人骨の小山だった。


「献上はしていなかったのか」


 骨は村にいた女性のものだろうか。中には子供の骨も混じっているように見える。もしかしたら、憐れな旅人の骨も混じっているかもしれない。


 どちらにせよ、捕まえた人間は主に献上するのではなく村長が独り占めしていたらしい。


「となると、村人を眷属化させた者は?」


 吸血鬼には知性がある。自分だけの軍勢を作り上げ、より多くの人間を襲おうとするのが吸血鬼の基本だ。


 吸血鬼は拠点と見定めた地域で眷属を増やし、手下となった眷属達は人の社会に溶け込む。そして更に眷属を増やす為、この村のように旅人を誘い込んでは自分に献上させるのが常だ。


 グールと化した眷属が主の獲物を食らうなど許しはしないはず。


「眷属化が目的ではない? もしくは……」


 移動している?


「……情報収集するか」


 村長の家を出て、村の中に転がったままの遺体を焼いた。


 焼いたあと、リュックを背負って村の南側から外に出る。出る瞬間、風の膜を通り抜けるような感覚が感じられた。


 村の四方に埋め込んだ新型の魔物除けは無駄になってしまったな。


 眷属化したグールが殺されたのを察知して、主である吸血鬼がやって来なかったのは残念だ。魔物除けを無理矢理突き破って弱ったところを仕留められたら苦労しなかったのだが。


「まぁ、そう甘くはないか」


 王城の魔道具師共が「効果は保証します!」と胸を張っていたのを思い出しつつ、俺は西に向かって歩き出した。

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