第12話 本当の始まり
だあっ! チクショウっまたおかわりに負けたっ!
もっぺん…って、あれ? もう暗くなりかけてるや。
あー…また熱くなって周りの確認忘れてたわ。そういや途中誰かに話しかけられたような気がするけど……なんて返したっけ?
まぁいいや! それより夜は…ん?
──Beeee!Beeee!Beeee!...
「うるさっ!? えっ、何これ周りに迷惑すぎっ?!……って、あれなんで??」
慌てて騒音の原因だろう視界に浮かぶCALL通知に触れると音は鳴り止み、そこには《運営(管理者)》の文字。
どうやら謎のアラームは運営からのコール音だったようだ、おまけに周囲にはこの爆音が聞こえていなかった様子。
慌てる必要はなくなった。だがそれより気になるのは《着信時間 15:16》の表記。
一方辺りを見渡せば夕暮れ時。
AGOの一日は20時間、SFみたいに倍速機能は無い…事もないがどうにもトラブルが多く、イベント以外使用は法律で禁止されたので、6日かけて一巡していろんな時間帯をプレイできるようにされている。
一日の時間短縮はゲームに依ってまちまちだが、どのゲームも夜の時間を削っているのがほとんどだ。
AGOもまた夜を削っている。
夕暮れ時は季節、地域変動があるがほぼ現実準拠。
そしてオープン初日が12時ちょうどに始まったように、ゲーム内の世界もまた12時ちょうどの時刻だったわけで、現実も夏の夕暮れ時な時間だろう。
もっとも初日からの2日間、金土だけは24時間になっていて、それ以降からが20時間になるらしいので今は関係ないが。
長々と考えたが詰まる所、現在時刻19:22。
「4時間も放置してたのかぁ、良く気づかんかったな俺」
ようやくとはいえ気がついたのだ、今さらでも急いで応答しないとなっ…と。
通話ボタンを押すと──。
『ああやっと繋がりましたー!! っとすみません、そちらラン様でよろしかったでしょうか?』
どうやら女性管理者が応対相手のようだ。
仕事上で用件があるのは当たり前だが、4時間もかけ続けていたと思うと
「はい。おっ…ランはランですよ」
うっかり素で話しそうになったが、口から出る幼女ボイスに幼女ロールのことを思い出し慌てて言い替えた。
が、運営相手なら年齢くらい確認できるだろうし、別にロールする必要はないからやらなくていいのでは?
まぁ言い直した後だしこのままでいくか。
「はぁぁぁ…ようやく繋がって安心しました。
あっ失礼しました。わたしは管理者とも言われますがGMの石渡です。
それで用件ですが、ラン様にお伝えしないといけない事がございまして、少々お時間いただいてもよろしいでしょうか?」
なにやらすごく不安にさせていたようだが、その伝えたい事と関係があるのだろうか?
「はい、ランは大丈夫ですよ」
時間はまだまだあるんだし、拒否する理由もないから行くけど、なんだろ……?
「ありがとうごさいます。それでは管理者用の応接室に転送させていただきます」
転送…? ってうおっ!?
噴水前から一瞬で室内へ飛ばされるってなんか変な感じだな、視界が混乱するわ。
室内はどこに続いてるのか分からない扉に、シンプルなソファーと机、それに観葉植物くらいしか置いてなくてゲーム世界くらい色々置いてもよさそうなものだが、本当に話をするためだけといった内装の部屋だ。
シンと静まり返った部屋にコンコンとノックの音が響き、返事をすると「失礼します」とスーツ姿の女性が入ってきた。
「先程ご連絡差し上げた石渡です。改めてお時間を取らせてしまい申し訳ございませんラン様。どうぞそちらにおかけください」
手持ち無沙汰で突っ立っていた俺がソファーに座ると、対面に女性…石渡さんも腰掛けた。
「あの、4時間も待たせてごめんなさいです! それで……えぇと、お話ってなんですか?」
社会人の女性とサシで話をする機会も今までなかったのも影響してか、謝罪がまだなのと緊張からちょっとした間に耐えられずランの方から話を切り出していた。
「今回お呼びしたのはこちらの不手際が原因ですので、ラン様が時間を気にされなくて結構なのですが、お気持ち頂戴いたします。
それでですが、ラン様には謝罪しなければいけない件がございまして、こちらにお招きさせていただきました。
すでに不利益を被らせたこちらが言う事ではないのですが、この話はラン様に不利益は無い内容ですのでその点はご安心ください。
ですが、お気づきになっていない話も含まれていますので落ち着いてお聞きください。
それと、ちょっと失礼しますね」
そう言って指先を空中で動かし、なにやら操作をして数秒。
席の間に置かれた机の上にはお茶とお茶請けの焼き菓子がいつの間にか出現していた。
石渡さんに進められるままに手に取り、部屋は飾り気の無いとこなのにこんなところはゲーム的だなぁ……。と考えながらポリポリとクッキーを食べ、お茶を頂いた。
「……落ち着かれたようですね」
微笑みながらそう言われ、緊張してると見透かされてお茶セットを出してくれたのだろう。
実際に年上との話し合いだという緊張も少しはほぐれ、落ち着いて話が出来そうだ。と頷いて答えた。
「まずはこちらで把握している、ラン様に起こった出来事についてお知らせさせていただきます」
話をざっくりまとめると、あの落下スポーンは本来の仕様ではなく一人の開発スタッフの暴走らしい。
それとどうやらアバター作成終了からオープン配信を行っていたようだ。
ついでに強制配信もその開発スタッフの暴走らしく、どうにも子ども限定でそれらが発動するギミックだったようだ。
異常に気づいた人たちの通報もAIがブロックしてしまい発覚が遅れたが、現在それらは修正済みで被害にあったのは俺だけだそうだ。
なにやらその開発スタッフに面識はないが、心当たりがあるんだが……………………ちょっと待って。
「えっ、今も配信されて……?」
「えぇ…と、そうですね。駄け…開発やGMには外部サイトの設定ですので、本来ならこちらから操作する権限のない項目なので、ラン様が『配信設定』と言っていただいてから、『コメント表示』や『カメラ表示』と仰っていただければわかりやすいかと……」
今明らかに件のスタッフを駄犬呼ばわり……いやそれより、マジで?
「はっ配信設定っ! コメント表示っ! カメラ表示っ!」
[視聴中の人数:58,303 7時間37分前に配信開始]
【コメント】
:おっようやく気がついたー
:駄犬www
:ワンコ28匹狩り凄かったよーランちゃーん!
:管理者も配信してるの知っててここ見せてたんだ
「人数……多くない? あっ、この管理者の応接室が配信初公開だから増えたの…? どこから…えっ、掲示板で話題に? どういうこ…あ、へぇ~コメントさんが掲示板経由で配信してると教えようと動いた結果ね。えぇ…4時間以上も追いかけてた? なんかゴメン……」
うん、さっぱりわからん!
なにこの状況?
「あの、よろしいでしょうかラン様」
「あっはい」
もうワケわかんないんで、なんでも来いですよ?
「この配信はラン様の意思で始められた訳ではないので、必要でしたらこちらから削除申請を致しますが、いかがされますか?」
「あー……。配信されてるくらい問題ないので別にいいですよ」
ゲームやるのに支障がなさそうだしね。
「そうですか、配信自体は問題ないと。それでしたらご提案があるのですが、これを断られても問題はないと先に申し上げておきます。
提案というのは、これからも配信をしながらAGOをプレイする運営公認の配信者になっていただけないか、というものです」
うん? 配信しながら遊べと?
それ自体は構わないけど……運営公認?
「運営公認で配信ってどういう…?」
「はい、ラン様は現在オープン初日のレベルトップとなっています。それも何をしてそこまでのレベルにまで上がったか、配信を通して知られています」
わお、俺ってばレベルトップなの? やったね、スタダ大成功だ!
にしてもあの犬、そんなに倒せてないはずだけど経験値美味しかったんだなぁ……って、そういやスライムや兎とは遭遇してないな。何でだろ?
「正直申し上げまして、初日から西の草原で狼を倒すプレイヤーが現れるのはこちらも想定外だったのですが、その結果ラン様が不正、いわゆるチートを使用していると疑う方もおられまして……。
ですが、毎回一匹倒したあとにすぐ死に戻りしているので、その疑い自体はごく一部の方だけに留まっていて、ほとんど信じられていない様子ですが」
うぅん…ちょっと待って。
西? 東じゃなくて西??
初心者向けの東じゃなく、自殺スポットと小耳に挟んだあの西?
俺……もしかして、行き先……間違えました?
そしてそれを配信で、延々長々と皆様にお届けしちゃいました??
…………恥ずかしっ!!
これ絶対顔赤く…おいコラコメントっ!
なにガッツリ俺が道間違えて見当違いの相手に喧嘩売り続けてたと気づいて赤くなってると正解してやがるっ!!
まったく……勘の良い視聴者は嫌いだよ!
「ですので、今は実害がなくても運営公認の配信者になっていただければ運営側もチェック済みと分かり、チートの疑いをかけられることはないはずです。仮にいたとしてもこちらも否定に動きやすくなります。
ラン様がプレイする上で少しは煩わしさを解消する手助け出来るかと」
あっ、なんだっけ? そうそう、チーター疑惑ね。
あれそんなにヤバい犬畜生だったの? その辺良くわからんけど、面倒事が減るのはいいね!
けど運営公認って……
「運営公認だと気を付けないとダメなこととか、やらないといけないこととかあるですか?」
「いいえございませんよ。あるとしてもなるべく配信しながらプレイしていただくことと、一般マナーを守っていただく程度で後は自由に、それこそPKerになられても問題ございません」
えぇ…運営公認のPKerって……それマナーもへったくれもない外道プレイじゃないの?
まぁそれもプレイスタイルの一つとして認めてるって話か。
「そういうことなら運営公認の配信者にランはなるです!」
ぶっちゃけもう知れ渡ってるなら今さらこそこそする必要もないしな。
何よりイチャモンつけてくる相手が減るなら公認されてる方がゲームの邪魔にならなさそうだし!
「はい、それでは運営公認の配信者として手続きさせていただきます。公認となった方はAGO公式ページにラン様のお名前と配信チャンネルのURLが記載されますので、後程ご確認ください」
思った以上にあっさり終わった!
「こちらからの話は以上です。なにかご質問などありますか?」
うん質問、質問ね……質問するほどあれこれやってないな、俺。
特にな…あっ、そういや。
「あのこれ……ランは利用する気ないですけど、この表示で問題ないです?」
石渡さんに向けて例の警告文。《
なにやら賛同者とその反対勢力の戦いがコメント欄で始まってしまったがどうでもいいな。
「これは……アバター作成時の設定画面ですね。ありがとうございますラン様、こちらはまだ把握していない人的バグのようですね」
人的バグて、まぁさっきの説明で出たどこぞの暴走スタッフ関連と丸わかりだものなぁ。
「他にはございませんか?……ないようですので最後に一つ、この場をお借りしてお伝えしたいことがございます」
うん? この場をってのは配信をってことか?
「ラン様、そしてこの配信をご覧の皆様。我々AGO運営スタッフ一同はまとも! まともなんですっ!!
ただごく一部駄犬が混じっているだけでまともなんです信じてください!」
ごく一部っていうか一人決め打ちじゃんか。
「我々運営スタッフ一同はこれからも皆様に楽しんでいただけるよう、二度と駄犬が迷い込まぬよう全力をもって駄犬駆除にあたります!」
運営が保健所になった日。
あんなのでもこのゲームの根幹を担ってるらしいのに駆除して良いんか?
ああでも、これもう運営の持ちネタなんだろうなぁ。
β期間に行われた初回公式配信に迷い込む犬の人事件のせいだな。
ずっとスルーしてたけど、今日は迷い犬来ないのー?とかの弄りコメントがちょくちょくあったんだよね。
「ですのでご安心ください! ですがもし万が一駄犬の気配を感じたらご一報ください! 全力で対処させていただきます!!……以上です」
あっ終わったみたい。
どうしよう、聞いてみたいけど……いいや聞いちゃえ。
「あの、石渡のおねーさん。今のを言いたくて配信でもここでの事を見れるようにしたですか?」
「はい、そうですよ」
ニッコリ笑顔でお返事いただきましたー!
「正直に申し上げますと、すでにコメントや掲示板ではラン様が受けた今回の出来事を駄け…犬塚の仕業では?というご意見が数多く見受けられまして……」
あーついに言っちゃったよ、駄犬=犬塚と。
「運営サイドといたしましても、この件は早急に対処する姿勢を見せなければ、と皆様の不安を取り除くべくこの場をお借りする事とさせていただきました」
まぁ別にいいんだけどね? ただこの配信程度で…っていつの間にか10万人近い視聴人数になっとるやないかいっ!
えっ、なにこれ一発芸とかした方がいい?
な、何かあるかな……?
「それでは改めましてラン様。今回の不手際、大変申し訳ございませんでした」
鼻からうどんでも啜…んあ? あ、そういやこれ謝罪の場だったっけ。
って深々としたお辞儀っ!?
「あのっ! ランは気にして…落下以外気にしてませんので頭を上げてくださいです!」
気にしてないこと丁寧に謝罪されると焦るのは何でだろうね?
あっ、俺が小市民って意見は却下な?
「ありがとうございます。落下の件は本当に申し訳なく……後程駄犬に落下スポーンを感情を失うまで体験させますので、それでどうかお許しください」
それただの犬の人調教プログラムでは?
まぁ落下の記憶がなくなるわけでもないしそれでいいや。頷いとこ。
「それと今回のお詫びとして幾つかアイテムを送らせていただきました。
お受け取りは冒険者ギルドにて出来ますので、先にギルドへの登録を済ませてからインベントリに空きがある時にでもお受け取りください」
そういやギルドの登録まだだったわ、あとで受けとりついでにやっとこう。
「それではお帰りはあちらの扉をお使いください。噴水前広場に繋がっております」
こっ…これは、どこでもドアでの帰還……っ!
いっ、いやそこは来た時同様パッと転送じゃないのか?
あれか、一旦ドアを挟んで出現するほうが誰か出てくると分かりやすいって配慮か。
俺が通ると街中にドアが出現するのかな? その瞬間ちょーっと見たかったけど、仕方ないか。
別にあのドアに期待してる訳じゃないけど、詫びアイテムのお礼を伝えてっと、よしちゃっちゃっと帰るベーよ。
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