第11話 閑話 オープン初日の運営部屋



 ここはAGOのゲーム運営──アルタイル社の入るビルの一室。

 本日正午にオープンを迎えて4時間が過ぎた頃。


 AGOの対応に追われ社員が慌ただしく動き回っている中、部屋の中で一人椅子に腰掛ける男は苛立つように机を指先で叩き続けていた。


 そんな苛立つ男がいる部屋にノックもなく、バンと勢いよくドアを開きズカズカと入り込んでくる女がいた。


「来てやったっすよーカニサキー」


「ようやく来たかアホ犬。それと柿崎だ、いい加減覚えろ」


 アホ犬と呼ばれた女、犬塚は怒るでもなくヘラリとした態度を崩さず言葉を返した。


「いきなり人のことをアホ呼ばわりは酷いっすよー。可愛ければ人の名前でも覚えられるんすけどねー、か…カニ? ハナサキ…でもなく……。なんでもいいっすね、サッキー」


「……まあいい、呼び出してから一時間以上過ぎて悪びれもせず来たのも今はいい。それよりそのふざけた格好はなんだ?」


「あっ、そんな経ってたっすかー? いや~忘れてた訳じゃないっすけど、優先すべきことがあったんで許してほしいっす!」


 そう言い訳する犬塚の衣服はいかにも普段着といった装いで少し草臥れているくらいの物で、この職場では取り立てて珍しくはない。のだが、それよりも上。

 犬塚の頭には何故かAGOで必須の新型VR用ヘッドセットの試作機、頭部や目元まで覆い隠してしまうVRメットを被っていた。


「それで、これっすかー? ふっふっふっ…これはこうやって横たわって寝てぇ」


 不敵に笑いだした犬塚は、部屋に備え付けられたソファーを無視して床に寝転びだした。


「微動だにせず寝てれば『あれ?犬塚さんゲームでもしてるのかな?』なーんて思ってる相手を追加で付けたカメラで確認したところでガバアッ!! っと起き上がって驚かせることが出きる優れ物っすよー」


 自らの言葉を現すかのように跳ね起きた犬塚は勢いそのままに立ち上がり、柿崎の前に設置された机の上に頭ごと改造メットを乗せて指差し見せびらかした。


「あっ、当然中身のヘッドセットは取っ払ってただのモニターとネットが見られる程度に組んだ機材にさっき入れ換えたっす!」


「……元々お前に支給された物とはいえ、勝手にバラして改造するな! はぁ…それはもういい、さっさと座れ」


 面倒になったのか柿崎はぞんざいに犬塚を追い払うように手を振り、話を進めることにしたようだ。


「なんすかそれぇ~、素っ気なさ過ぎるっすよ~サッキー」


 悪態をつきつつソファーに腰かけようとする犬塚──


「なにソファーに座ろうとしてる? お前が座るのはそこだ」


 ──を制して柿崎が指差したのは何もない場所、床だった。


「へっ? 嫌だなぁ~サッキー、そこは床っすよ? そんなところに胡座でもかいて座れって言うんすかー?」


「何を言っているんだ、お前は? そんなわけないだろ」


「でしょー? まったく~サッキーの癖にみょ「正座」冗談……んえっ?」


「正座、と言ったんだ」


「えぇー、なんで正座っすかぁ~?」


 まるで正座をさせられる理由に心当たりがないと言わんばかりの嫌そうな声をあげる様子に、柿崎はため息を吐きつつモニターを犬塚に見えるように動かした。


 そこに映し出されているのはAGOのゲーム配信に使われている配信サイトの一つの、とある少女の配信中の動画だった。


「お、ランちゃんっ! サッキーも見てたっすか! あっもしかしてファンとして語り合いたくてウチを呼び出したっすかっ!? それならそうと先に言うっすよー!」


「……当然知っているな。当たり前だがそんなわけないだろアホ犬、いいから正座で座れ」


 改めて正座を言い渡されて渋々ながらも従い、床に腰を降ろした犬塚を確認してから深いため息を吐き出し、柿崎は説教を始めた。


「まずはこのプレイヤーの少女、ランの存在に気がついた切っ掛けだが、それは掲示板の監視に問題がないかチェックをしていた開発スタッフが発見したとあるスレッドだ」


 そのスレッド[【親方!】美幼女が噴水広場に落ちてきたんだが誰か情報ある?【空からロリエルフが!】]にて、叫び声をあげながら空から落ちてきた様子と、それ以前の目撃情報が無いこと、そして話を聞いた女性の証言により、アバター作成直後の初期スポーンまでに何らかのフラグを踏んでそのようなイベントが発生したのでは?

 と、未成年相手だからかマナーに反するようなモノ無許可SS、外見情報等はなかったが、そのような考察がされているという内容だった。


 発見したスタッフはそのようなイベントに心当たりはなく、何らかのバグが発生したのでは?と周囲に確認を取ったのが最初の切っ掛けだった。


 その後他のスタッフにより雑談総合にて件のプレイヤーが配信していることを知り、動画を探し当て実際に起こった内容や配信が行われていると本人が知らない等といったことが発見された。


「それでだ。おいアホ犬、お前ゲームになにか・・・仕込んだろ?」


「ギクッ!? なっ、何のコトっすかー? ウチの作業部分にバグでもあったっすかねー??」


 思いっきり何かしましたと言わんばかりのポーカーフェイスが出来ない性格の犬塚。

 だがしかしそれは無抵抗で降伏する理由にはなり得ず、必死で抗うも……


「ああそういう言い訳は要らん。全部アルテミス統括AIが白状したからな」


「なっ!? あっアルテミスがバラしたっすかっ! この薄情者ぉー!!」


「ごめんなさい、ますたぁ犬塚……。でもワルいおじさんに「誰が悪いおじさんだ!」うるさいです。……このままだまってるとますたぁがクビになってあえなくなるって」「許すっす!!」


 先程までランの配信動画が映し出されていたモニターにはどこかアニメ調な見た目をした白銀の髪の少女──アルテミスに映り変わり、これまでの会話を聞いていたかのように舌っ足らずな声を響かせて謝罪していた。


「はぁ……。お前がアルテミスを作り上げたときからロリコ「可愛いもの好きっす!」…なのは理解しているつもりだが、まさかプレイヤーにまで毒牙に「誰が毒っすかー!?」…話が進まんから黙れ有害物質。毒牙にかけようとしていたことに気がつけなかったとは……」


「ウチ、ケミカル物質じゃないっすよ?」


「そこはもういい、それで何を仕込んだ? アルテミスではそれがゲームを盛り上げるためのギミックか、要らんこと仕込んだアホの欲望の果ての蛮行か判別が出来んそうだ。そうだな?」


「はいです、アクのひと。ますたぁはどれでも『ゲームをおもしろくするっすよー』としかいわないからアルテにはわからないです」


 こめかみをひく付かせながら悪の人、を聞き流した柿崎はどうなんだ?と、黙って犬塚を見つめる。が……


「んー…何仕込んだかよく覚えてないっす!」


 アドリブで生きる自由人の気ままな生き方により、開発チームスタッフに眠れぬ夜が訪れることが確定した。


「……どうせそうなるだろうってのは分かってたことだ、落ち着け…俺っ……ぐぅっ!」


 胃の辺りを押さえ呻き声を漏らす柿崎だが、今は痛みに構ける時ではないと己を叱責し話を続けた。


「それで、このプレイヤー、ランに対して様々なギミックが発動したわけだが、どういった意図でそんなものを仕込んだ?」


 アドリブ人間とはいえ物事には何かしらの理由があるはず。その行動原理を知り、優先チェック項目を炙り出そうとしたのだが……


「ん? あぁ、あれっすか。あの落下スポーンはっすね、幼女の怯えて泣く姿ってなんて言うっすかね、こう…そそるっすよねぇ……」


 初っぱなからイカれた理由に、ホラー・ドッキリ関連のイベントは重点的にチェックを、と考える柿崎の胃と頭に大ダメージを与えたが、うっとりと狂気を漏らすアホ犬はなお止まらず。


「で、それを見れるようイロイロ仕込んだはいいっすけど、それを独占してウチしか見られないのは世界への冒涜、或いは背信行為では?と思ったんすよ」


 清々しいほどに愛しい存在幼女と築くべき信用、信頼に背を向けた幼女の敵ダメなロリコンの狂言はまだ終わらない。


「なので人類の共有財産である可愛い子ロリ限定を皆で愛でられるよう自然な姿を見せるためカメラ類非表示で自動配信されるように設定しておいたっす!!」


 本っ当に碌でもない…………


 そう思い、既に目の前のアホとの縁を叩き斬りたい衝動に駆られるが、これでもこの変態はAGOのメインプログラマー。

 先程の総合管理・統括AIアルテミスを作り出し、このAGOの根幹を担っている、若くして天才と呼ばれる部類の存在。


 ……残念ながら、非常に残念ながら天才なのだ。天災であり変態でもあるのだ。


 日本語は天才、或いは変態という言葉が生まれたその時から双方は近しい存在と見抜いていた……?

 なんて言いたくなるほど響きを寄せているなぁ。天才が天災なのも納得だ。


 と目の前のアホ犬に悩まされる度に思うから現実逃避する柿崎だが、ここで話を打ち切っては現状打開の糸口を手放すようなもの。


 気合いを入れ直しアホ犬異常者と向き合った。


「まだあるだろ? とっとと吐け」


「えー他っすかー? なんかあったか…あっそうっすよっ、ランちゃんたら酷いんすよ! せっかくウチのお気に入りマークの犬耳装備あげたのにまだ被ってくれてないんすよっ!!」


 恐らくずっと被っているメットから配信を見続けているであろう犬塚が、また訳の分からないことを……。

 と吐き捨てたくなるが、その装備にも何かしら仕込まれている可能性も捨てきれないので優先チェックに加えた。


「後はぁ~……特にないっすね」


「嘘つけ、種族のレア以上確定ランダムセレクトの件はどういうことだ?」


 らちが明かないとラン発見からログを調査し、判明しているのを直接訊ねることにしたようだ。


「え? あぁアレっすか。あれは元々不手際対応の一つとして最初から実装するの決まってたヤツっすから、ウチは関係ないっすよ?」


「ああそうだ。だがあの程度の事での詫びとしては過剰すぎるだろ」


「んー? ウチはせいぜい子どもロリ限定には優しく、ウチ好みの子にはうんと優しくするっすよーってアルテを通して言い聞かせただけっすよ?」


 十分やってるじゃないか!


 怒鳴り付けたくなるのを必死に抑え、会社で使用しているAIに自分の好みを覚え込ませたアホをどうしてやろうかという思考を一旦隅に追いやった。


「それじゃあ、あの種族・・・・が排出されたのはお前に忖度した結果か?」


「それは無いんじゃないすかね? ウチだってチートでゲームをつまらなくして、退屈に過ごしてほしいワケじゃないっすからね」


 どの口が言うか。


 だが実際はどうなのか?と、アルテミスの映るモニターに目を向ける。


「はいです、ますたぁはアルテだけをみていればいいです。

 なのでますたぁがふきげんにならないように、てきとーにパンダおおめガチャをひかせたです」


「ということはレア以上とはいえユニークを引き当てたのは偶然か……いや待て、詫びとしてパンダ多めのガチャはやめろ!」


「なぜです? パンダもレアです、つよいです。あいがんペットにはおにあいです」


「分かってて言ってるだろ! ネタ種族だからだよっ!!」


「自分達で実装しておいてそれは無しなんてヒドイっすよー? パンダ愛好家を敵に回すっすよ?」


 んなことは分かってんだよ! 使いこなせば最強のロマン種族のネタキャラなんだよっ! それ引いてもいいようにキャラリセ一回無料つけてんだよっ!!


 なに詫び入れてんに喧嘩売るの!? 詫びガチャしたらパンダになったんだが?とか掲示板でネタにされるわ!

 そのうち詫びガチャパンダしか出ない説とか流れて叩かれるわ!! 初っぱなから説立証ならずの子がいて良かった!


「……じゃなくて、他は?」


 話が逸れたと仕切り直した。


「他ほかほーかぁ……うーん、ランちゃん好みのロリに関してはそれくらいじゃないっすかね?」


「本当に本当か? 後からこれもと出てきたら酷いぞ?」


 明確な何かを挙げることはないが、何か気掛かりがあるのか柿崎は脅しと確認を何度も繰り返した。


「もうっなんなんすかサッキー! ウチに心当たりはないって何度も言ってるっすよ!」


 執拗に繰り返されたやり取りに犬塚がキレた。


「……そうか、なら本当にプレイヤーの意思でこちらからの連絡を無視しているのか」


「あれ、もうランちゃんに接触しようとしてたっすか?」


「ああ、システム音は設定を変更しないと入らない仕様だから配信には乗らないが、何度もコールしてる」


 そう、配信のコメントや掲示板では通報や問い合わせが運営に届いていないと思われていたが、そのコメントや掲示板を通してではあるがちゃんと把握されていたのだ。


「へぇ~、仕事が速いっすね」


「これからはけいじばんもけしておく。が、せいかいです。げんろんとーせーこそがせいぎです」


 感心したように頷く犬塚とアルテミス。

 元凶とその協力者のくせに他人事である。


 ……それはそれとして、口は悪いが処理は確かだと放置していたが、アルテミスは本当に信用していいのか一度議題に挙げた方が良さそうだ。


「ああそれと、お前が内外問わず一部幼女関連の通報情報隠蔽を管理AIにさせて、こっち運営に知らせないようにブロックしてたことは割れてるから減給な」


「なっ!? ちょっそれはヒドイっすよっ!!」


「黙れアホ犬! 未成年への対応は気を遣うのにお前のせいで大事になってもおかしくなかったんだぞっ!!」


「こっ、今月はこのメットのパーツとか色々買うのに使ったんで厳しいんすよっ!? ウチを助けると思ってそれだけはやめるっすよ!」


 柿崎にすがり付こうとする犬塚だが……


「うるさい! 本来なら減給どころで済ませられなかったところをこの程度で良くなったんだ、感謝しろ! 特にお前が迷惑をかけてるあのランって子になっ!」


 にべもなく振り払われた。


「うぅ……って、なんでランちゃんに感謝するんすか? ウチが感謝されるのは分かるっすけど」


 なんで迷惑かけられた相手に感謝せにゃならんのだ? 頭沸いてるのか??


「お前頭沸いてるのか?」


 今度は言い留まらなかった。


 もう引っ張り出せる情報は出し切ったようだし、その情報は既に開発室に送ってある。

 今さら本音を抑えて話をする理由はもう無くなった。


 憤慨する犬塚を無視してランに感謝する理由を述べていく。


「そもそもあのランって子がオープン開始直後からログインして、運良く…本人にとっては不幸かもしれんが、我々にとっては早期に発見できるくらい話題になってくれたお陰で、他の子どもが被害に合う前に発見、修正することが出来た」


 そう、ランによって炙り出された仕掛けは既にサイレント修正されている。


 ここまでの話は犬の習性…もとい、犬塚の行動原理やこちらの把握していない仕掛けがないかの確認のためだけであった。


「なあっ!? そっそれじゃこれから、そろそろ学校から帰ってくるウチの天使たちを全世界に見せるという誓いはどうなるっすかっ!?」


「知・る・かっ!! お前の天使でもないしそもそも勝手に危険な行動を取るなっ!!」



 この後も説教は続いた。


 途中から今回の件から大きく逸れた私生活の説教になっていくが、連絡の取れたランより提出された一枚のスクショによって軌道修正された。


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