人探シノ報セ

雪国匁

第1話

『探しています! 少しでも情報をお持ちの方は、連絡ください』

そんな文言が笑顔の女子高生の写真と一緒に張り紙として、電柱に貼られていた。

私は自分で言うのもなんだけど不謹慎な人間であるから、この哀れな少女が一度死んだと仮定しての今際の際の話を頭の中で流した。

山奥へと一台の自動車が走って停まる。人が三人出てきて涙ぐむのは一人。ナイフを持つ人はほくそ笑み、涙を浮かべた一人が「嫌だ、死にたくない!!」という――――ただそれだけの何の変哲もない他愛もない物語。


『こんにちは、シュラン。また新しい仕事を頼みたいんだ』

郵便受けに入っていた手紙の一文目だけを見て、シュラン――――本名はシュレーディンガーと言うのだが、その彼女はとりあえず手紙を後ろに放り投げた。

またいつもの用件に決まってる。もううんざりだ。何の因果かなんて知らないけど、自分をアイツに会わせたことは紛れもなく神様が指を折って数えるべき失敗だ。とでも言いたげな表情をシュランは浮かべた。

そして数十秒経ってから、手紙を拾いに行く。嫌な気持ちを何とか押し退けて、ギリギリの感情で読み進めた。

『こんにちは、シュラン。また新しい仕事を頼みたいんだ。

今度の相手はとある女の子。難易度自体は決して高くないから、是非受けてもらいたい。

これを読んだら、いつもの番号へ連絡してくれ。

追伸 前回はお疲れ様 今回も期待しているよ』

手紙はシュランが想像していたのと大体同じようなことを告げた。

この手紙の差出人の欄には、例の如く『ストレ』の文字。これが、全ての元凶だ。

「……連絡しなきゃ、どうするかくらい分かってるっての」

誰に言うわけでもない呟きを発して、シュランはもう見飽きた電話番号を押した。


「それで、今回は誰を呼ぶんですか」

「後で写真を見せるよ。先に今回の段取りを聞いておいてほしい」

午後十時。シュランとストレは同じ自動車の中に座っていた。シュランは未成年なので、車の持ち主は当然ストレの方である。

「車を走らせて、ある家の前に停める。客人には家の前に立っていてもらうから、とりあえず君にはその子をこの車の中まで連れてきてくれ」

「多少手荒でも大丈夫ですか?」

「好きにしていいよ」

そうストレが言った瞬間、車が排気ガスを吐き始めた。

「それで、これがその子の顔写真だよ」

右手でハンドルを握りながら、左手で写真をシュランへ寄越した。

「暗いからはっきりと見えないのはしょうがないけど、まぁ頑張って」

怪訝な目をこっそりストレに向けた後、仕方なくシュランは写真に目を通す。

そして、驚きのあまり写真を落とした。

「……この子が、客人ですか?」

「そうだよ。何かあるのかい?」

そこに写っていたのは、シュランの1番の親友とも呼べる存在だった。

「誰かから、依頼があったんですか」

「匿名だから本当に『誰か』だけどね。でも、依頼があったのは事実さ」

乗っている自動車だけは淡々と、無機質に走り続ける。

「……できませ」

「ところで、今回の依頼主の人だけど」

拒否の言葉を言い終わる前に、知ってか知らずかストレは一方的に喋り始めた。

「何故かは知らないけど相当客人のことを恨んでいるらしくてね。もし失敗したら、僕も君もどうなるか分かったものじゃないんだよ」

途端、シュランの背筋は凍りついた。

『どうなるか分かったものじゃない』。そんな言い方をされなくても、どうなるかくらい知っている。

こんなストレだが、今までシュランに嘘をついたことはただの一度もない。

お出迎えしなければ、この世にさよならを告げることになるのだ。

「さて、やる気になってくれたかい?」

「……はい」

口ではそう答えたが、頭ではまだ迷っていた。

他人のために自分を差し出す、英雄のようなことをするのか。

自分のために他人を差し出す、人間のようなことをするのか。

いくら考えても結論は出ない。

「……着いた。ほら、あそこにいる」

そんなことを考えている内に、とうとうタイムリミットが来た。

「いつものようにするだけさ。早く行ってきなよ」

運転席から急かす声が聞こえるも、シュランの足は動かない。

だが次の瞬間、シュランはいつの間にか車の外にいた。

「――――!?」

ストレが何かした? いや、そんなことはあるはずがない。

自分から、外に出たのだ。

体が勝手に動く。まるでマリオネットのように。

ポケットからハンカチを取り出して、薬の瓶に浸す。

そして客人の元へと歩く。ここまで全部、自分の意思とは関係なかった。

家の前に立っている彼女はシュランの方を向くと、知り合いがいるのに気づいたようで手を振る。

「おーい、シュラン! 何してるの……」

後の言葉は、ハンカチに遮られて聞こえなかった。

素早く薬を嗅がせて彼女を眠らせた後は、頑張って担いで車まで運んでいく。

「お疲れ様。流石だね」

ストレがシュランに言葉を投げるも、シュランへは届かなかった。

何でこんなことをした? 何かの間違い? いや、そんな……

「じゃあ次の段取りを説明するよ。と言っても、段取りと言えるような大層なものはないけどね」

その言葉でシュランは我へと帰り、ひとまずストレの言葉を大人しく聞いた。

「この子を人形にして、山奥で処理する。分かった?」

分かっていた。けど、認めなくなかった。

「…………」

「まだ抵抗あるだろうけどさ、そろそろ慣れてよ。僕らの仕事はこうなんだから」

「…………分かりました」

なんでこんな奴と会ってしまったんだろう。ねぇ神様。

そして車内が重い空気で満たされてから十数分が経過した後、車は停まった。

「着いたよ」

助手席に座って物言わぬシュランに、ストレは出るように言った。

車のドアをバタンと開けて、地面に降り立つ。辺りは立派な山奥で、車で来れたのが不思議なくらいなものだった。

「じゃ、頼むよ」

後部座席から未だ眠っている彼女を運んできて地面に転がした後、ストレはシュランに宣告した。

手には鈍く光った鋭利な刃物が握られている。そして、その凶器をシュランへ握らせた。

「ほら」

早くしてよと言わんばかりに、ストレはシュランの方に視線をやる。

シュランの持つ手は酷く震えていて、とても人を刺せる状況ではなかった。

はーっ、はーっと息を荒らげ、シュランは何とか平常心に戻ろうとする。

その甲斐虚しく、ただ時間ばかりが過ぎていく。

それを見かねたストレがシュランの肩に手を置いて、こう言った。

「君と彼女にどんな関係があるかは知らない。けど、何もしなければ君の番だよ。いつもやってたことじゃないか、知り合いだろうが何だろうがすればいいさ」

シュランはまだ、首を振り続けた。

「それとも僕が、君を人形にしてあげようか?」

そう耳元で囁かれた瞬間、シュランは全ての感情が恐怖で吹き飛んだ。

握っていたナイフを目の前まで持ち上げる。

たった一文、「嫌だ、死にたくない!!」とだけ叫んで。

そのまま『ほくそ笑みながら』『涙を浮かべて』シュランは彼女の胸元を貫いた。



――――という、創造の産物でしかない、取り留めのない物語だ。



ところで、私個人の意見だけれど。


きっと張り紙の少女が見つかるのは、この町の山奥だろう。


もう一つ言うと。




そこに転がっている人形は、二人であることだろうね。

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人探シノ報セ 雪国匁 @by-jojo8128

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