第5話
「はぁあっ!」
現場につくと同時に、十数人の兵士を囲んでいた魔物の壁に穴を開ける。
「あ、あなたは!?」
「話は後! 身を守ってなさい!」
私はそのまま魔物の群れに突っ込み、手当たり次第に倒していく。全て知っている魔物だ。行動も弱点も分かりきった相手を全滅させるのに、時間はそうかからなかった。
「ふうっ。全員無事?」
「あ、ああ。恩に着る」
他の兵士よりも立派な装備を持つリーダーらしき男が頭を下げ、それに他の兵士も倣った。
「そ。ところであんたたちの職業、『兵士』っぽいんだけど、こんなところで何してるの?」
「そ、それは……」
リーダーは躊躇いつつも、言葉を続ける。
「実は人を探していてな。この辺りに凄腕の冒険者がいるはずなのだが、あなたは存じ上げないか?」
やっぱりそうか。もしかしたらさっきの回復魔法も探知されたかもしれない。私がもっと気を張ってれば……!
内心焦りながら、口だけで笑って見せる。
「へえ、私は凄腕じゃないって?」
「いや! そういうわけでは。しかしその者は、あなたと同じくらい強いらしいのだ。心当たりはないか?」
「さあ? 私と同じくらい強い冒険者になんて、心当たりはないわ」
先生はもっと強いし。
「そうか。ありがとう」
「待って。あんたたちどこ行くつもり?」
「今言った冒険者を探しにだが」
「ふざけないで。わざわざ助けてあげたのに、また危険な目に遭いにいくっての? 依頼の邪魔だから帰って」
こいつらがまた叫んだら、今度こそ先生が来てしまう。それだけは防がなくては。
「しかし、我々にも任務が……」
「はあ。任務のために死ななきゃいけないなんて、兵士も大変ね。それじゃあ次は助けないから、どこでも好きなところに――」
「うわぁあああ!」
兵士の一人が叫ぶ。その視線を追うと、今まで見たこともないような魔物の姿があった。
あれはまさか、討伐目標? まさかこんな時に現れるなんて……!
さっき倒した群れのボスよりさらに大きいその魔物が、巨体に似合わずかなりの速度で迫ってくる。兵士たちは恐慌状態に陥った。
「ふっ!」
私は魔物に肉薄すると、側面から足を狙って剣を振るう。
ガッ!
「なっ!」
刃が通らない。剣に魔力を巡らせているのに。
「くっ!」
やむなく力を抜き、あえて剣を弾かせて折れるのを防ぐ。しかしそうなると当然、魔物の突進を遮る物はなくなる。
「密集陣形!」
リーダーの男が号令をかけると、兵士たちは慌てながらも守りの陣を敷いた。ここまでの道中はそれで凌いでこれたのだろうが、
「バカ! 避けなさい!」
私が言い終わるのとほぼ同時に、魔物が陣に激突する。
「ぎゃあああ!」
凄まじい音と衝撃が発生し、正面にいた兵士がその後ろの兵士もろとも吹っ飛んだ。
「ぐぁあああ!」
魔物の動きは辛うじて止まるものの、今度はその場で暴れ出し、周囲の兵士にも大打撃を与えていく。
……勝てない。
あの頑丈さといい、膂力といい、今の私じゃ勝てない相手だ。私は冷静にそう判断した。
判断して、そして、
「はぁあっ!」
限界まで魔力を込めた剣が魔物の背中を裂く。魔物は吠え、こちらを向いた。
「逃げなさい! 早く!」
「は、はい!」
魔物の注意がこちらを向いているうちに、残った兵士が倒れた兵士を担いでいく。それを横目に、私は魔物の攻撃を捌いていく。
勝ち目のない相手からは逃げろ。先生に何度も言われた言葉だった。誰も死なせないのが理想だけど、もしもの時は例え誰かを見捨ててでも、自分のことだけを考えて逃げろ。先生がそう言うたびに、私は強く頷いた。
だけど、ああ、ごめんなさい、先生。
ここで逃げたら、私は先生に顔向けできない。
あの時、先生に助けられた私がこいつらを見捨てることは、かつての私を見捨てるようなものだから。人助けがスキルになるくらい優しい先生を、否定するようなことだから。
剣が折れる。腕が折れる。
痛みはない。ただ死が近づく実感だけがあった。
……恩返し、できなかったな。私が先生の代わりになるはずだったのに。
「ごめんなさい、先生」
魔物が、迫って、
「よく頑張ったな、セン」
「え?」
突然魔物が止まった。ポン、と頭に手が乗る。
「……先生、どうして?」
「悪い。心配になってな」
先生は悲しそうに笑うと、私の腕を治してくれた。
「まだ戦えるか?」
「っ……はい!」
今はそれだけで十分だった。私は先生から剣を受け取ると、動き出した魔物に向かっていった。
それが、最後の授業だった。
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