第3話

 二日後。

「本当に、本当にありがとうございました……!」

「いや当然のことをしたまでですよ。あはは」

 センというらしい彼女の両親に頭を深く下げられた俺は、できる限り自然に笑って返す。

「とんでもない! 娘を救ってくださり、お金まで貸していただけるだなんて、感謝のしようもございません。どうかお礼を」

「いえいえ、これからすぐ別の仕事がありますので、それでは」

 引き留める声を背にしつつ、足早に村から去る。

 まずいまずいまずい。魔物の討伐にも、ヤブ医者に代わっての治療にも、その間の移動にも、かなり強力な魔法を使ってしまった。王国軍はすぐにでも探知し、その付近で助けを呼ぶに違いない。もしそれが俺の耳に届いたら一巻の終わりだ。俺は一生国の便利屋になってしまうだろう。

 一先ず、またしばらくは耳栓をつけて、人里離れた山の中にでも籠るとするか……。

「おぉーい!」

 肩が震える。もう追手が!? と思ったのも束の間、この声はセンのものだ。振り返ると、やっぱりそうだった。

「良かった、追いついた……」

「どうした? まさか、妹の容体が悪化でもしたか!?」

「あ、ううん。もうずっと見てないような、穏やかな顔して眠ってるよ」

「そうか……」

 ホッとして、ハッとする。

「ならもう俺に用はないだろ。妹の傍にいてやれ」

「……それはできない」

「どうしてだ? 金が足りなかったのか?」

「そうじゃない!」

 強く否定した後、センは神妙な様子を見せると、深々と頭を下げた。

「お願い。私にお礼をさせて」

「道中でも散々聞いたし、その都度答えただろ。これは俺が勝手にやったことだ。礼なんかいらない」

「でもこのままじゃ私たちの、ううん、私の気が収まらないの。だからお願い! 私を一緒に連れて行って!」

「いやいや、それがどうしてお礼になるんだ? 自分の世話くらい自分でできるし、逆にお前の面倒まで見なくちゃならなくなるだろ。メリットが見当たらないんだが」

「メリットならある」

 センが顔を上げた。

「私が、あなたの身代わりになる」

 ……どういうことだ? 俺は黙って、話の先を促す。

「ずっと考えてた。どうしたらあなたにお礼できるかって。お金にも、実力にも困っていないあなたに、私が何をできるんだろうって。それで、やっと思いついたの」

 少し迷う素振りを見せつつも、センは強い意思を秘めた瞳を、正面から俺に見せる。

「私があなたくらい強くなれば、あなたの代わりになれる。私が王国のために働ければ、あなたは自由の身になれる。……どう、かな?」

「いや、それは……」

 それは、確かにありえない話ではない。しかし俺は首を横に振る。

「駄目だ。俺が嫌で逃げ出した役目を、どうして他人に押し付けられる」

「あなたが逃げ出したのは、スキルのせいでこき使われていたからでしょ? 私はそんなスキル持ってないから、あなたほどひどい境遇にはならないと思う」

「問題はスキルだけじゃない。過酷な依頼だって山ほど受ける羽目になるんだ。そもそも、どうやって強くなるつもりだ?」

「……職業『冒険者』は、危険を冒すことでその技能を高めることができる。だから手っ取り早く強くなるためには、過酷な環境に身を置いたり、分不相応な相手と戦ったりしなくちゃならない。でも私一人じゃ、すぐに死ぬでしょうね」

 自嘲するセンの言葉に、頷く。俺だってこうなるまでに、何度も死にかけた。それに短期間で追いつこうとするならば、相応の無茶をしなくてはならない。余程の運がなければ、途中でたおれるだろう。

「だけど、あなたが居てくれれば話は別。死にそうな目に遭っても、絶対に助けてくれるでしょ? だから、あなたの傍に居続けることで強くなるつもり。お礼がしたいって言っておいて、こんな要求は筋にあわないと思うけど……」

「そういうことか……」

 センの言う通り、彼女なりに考えた上での提案だったようだ。しかし自分の身代わりを育てるだなんて、そんなこと……。

「お願い! このまま別れたら、私は一生後悔する。家族の恩人に何も返せなかったって、ずっともやもやする。ずるい頼み方だけど、私を助けると思って、ついていかせて!」

 再び頭を下げるセン。残念だがその程度の詭弁じゃ俺のスキルは反応しない。

 だが、このまま逃げ続けていてはキリがないのも確かだ。俺がいない分魔物の被害は増えるだろうし、後継者を育てるという過ごし方も、悪くはないかもしれない。お互い、過酷な道にはなるだろうが。

「苦しむぞ」

「あの子に何もしてあげられなかったこと以上に、苦しむことはないわ」

「死ぬかもしれないんだぞ」

「冒険者になったときから、命を惜しむ気持ちなんてないってば」

 センの目を見る。強い意思が宿った目だ。俺はゆっくり頷いた。

「分かった。セン、これからお前を、俺の後継者として育てる。よろしくな」

 右手を差し出すと、センは喜色を露わにして握手に応じた。

「うん! ありがとう! これからよろしくね、あ、えーっと……」

 呼び方に困ったらしい。俺は少し考えて、

「俺のことは、先生、とでも呼んでくれ」

「分かった。それじゃあ先生、早速修行に行きましょう!」

 飛ぶような足取りで前を歩くセンに苦笑しつつも、俺は教え子の後を追うのだった。

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