第2話
「やっちまったー!」
ギルドを出て暫くしたところで呪縛が解けた俺は頭を抱えた。
「ど、どうしたのよ急に?」
隣を歩く彼女が、突然様子が変わった俺に目を丸くする。さてどう説明したものか……。
「とりあえず、手のひらの怪我は治ったか?」
「え? あ、ホントだ。もしかして、あなたが?」
よし、これ以上は魔法を使わずに済みそうだ。少しだけ安堵してから頷く。
「良く気づいたわね……。でもこの程度、放っておけば治るのに」
「ああ、俺もそう思う」
「……もしかして、それがあなたのスキル?」
話が早い。俺は渋面を浮かべて首肯した。
スキル。それは冒険者などの職業に就く際に神から送られる特殊な技能だ。本人の資質や性格、経験などに応じた能力がスキルとして与えられるわけだが、俺の場合それがとんでもないものだった。
その名も『正義の心』。人助けに際し身体能力や魔法力諸々が上昇するのだが、代わりに困っている人を見過ごせないというとんでもないスキルだった。
正義の味方としてはこれ以上ない能力なのだろうが、要は一生赤の他人の世話をしろということだ。実際に俺はこのスキルのせいで馬車馬のごとく働かされていた。誰かの役に立つことは嬉しかったが、時が経つにつれ都合のいい道具のように扱われるのは我慢ならなかった。
なので俺は努力した。冒険者になった後も、成長に応じて新たなスキルを習得することがある。その新たなスキルが今あるスキルの欠点を解消してくれるものであることを願って経験を積んでいった。しかしそれによって得られたスキルは、欠点を補うどころか助長するようなものばかりだった。
結局俺は、自分を誤魔化すことでスキルの発動を抑えることにした。あの人は困っているように見えるけど実はそうではないんだとか、ああいう人は俺以外の誰かが助けてくれるだとか、言い訳に言い訳を重ねてスキルの発動を抑えているわけだ。それでも事情を聞こうと足が向いてしまったりするわけだが。
「ふぅん。じゃあ私を助けてくれたのも、そのスキルのせいってわけだ」
「一応、そうなるな」
「そ。まあ何でもいいけど。さっきはありがとね。それじゃ」
「おい待て。どこに行くつもりだ」
一人で町の外に向かおうとする彼女を呼び止めるも、彼女はずんずんと進んでいく。
「どこって、決まってるでしょ。依頼を受けたんだから、問題を解決しに行くのよ」
「そうじゃない。俺を置いていこうとするなってことだ」
「え? 私もう困ってないけど。ああ、心配しないでも手数料は返すわ」
「残念だが、困っているかどうかを判断するのは俺だ。それに金に困ってるだけの奴まで助けてたら身が持たねぇよ」
昔はそれでもスキルが発動しそうになったけど。
「じゃあ私が何に困ってるって言うのよ?」
「戦力だ。今は困ってないだろうが、この後絶対に困ることになる。そう判断しちまったからスキルが発動したんだ」
「……ふーん。あんたも私を舐めてんだ」
彼女の目が冷たくなる。
「お金を出してくれたのには感謝してるけど、余計なお世話よ。ついてこないで」
「そうもいかない。お前の実力を見て、困りそうもないって思えるまではついていくしかないんだ」
「そ。ならすぐに見せてあげるわ。この私の実力をね」
彼女は自信満々でそう言った。
「はぁあっ!」
気迫一閃。彼女の振るう剣が標的を両断する。
魔物は断末魔の悲鳴も上げられないまま倒れ、動かなくなった。
「ふう。これで分かった? 私は一人前の冒険者なの。分かったら、大人しくあの町で待ってて」
魔物の群れを斬り伏せた彼女は得意げに言うと、こちらを振り向くことなく歩いていった。
俺はその後をついていく。
「なんでついてくるのよ!」
「言わなきゃ分からないか?」
「目ぇ逸らしてたんじゃないでしょうね!? 私今、魔物を八匹、無傷で倒したんだけど!?」
「お前こそちゃんと見ろ。倒したのは七匹だ」
三匹目への攻撃が浅く、倒しきれていなかった。斬ったのは八回だったが、倒したのは七匹だ。
「な、七匹でも十分すごいでしょ!」
「町から歩いて少しもかからないような場所にいる魔物なんて、冒険者じゃなくても倒せるぞ」
「え」
純粋な驚きが返ってきた。俺は深くため息をつく。
「小動物に毛が生えた程度の魔物を倒しただけで、あの額の報奨金が出るわけないだろ」
「分かったわよ! だったらもっと強い魔物を倒してやるわ!」
啖呵を切って先に進む彼女。俺はその後を黙って追っていった。
「はぁ、はぁ、どうよ!」
二日後、町と目的地との中間地点あたりで、大型の魔物を倒した彼女がこちらを振り向く。
「そうだな。暫くこの辺りで休もう」
「は、はぁ!? げほっ。何言ってんのよ!」
「この二日、ろくに休めてないだろ。少しは休憩しないと、依頼の目標である魔物と会うこともなく死ぬぞ」
「ふん! ごほっ。私を見くびるんじゃないわよ。このくらい……!」
強がりを言って一歩踏み出した彼女、その膝が地面につく。
「あ、え?」
そのまま倒れそうになる彼女を支える。案の定、彼女は抵抗した。
「ちょ、放して! あんたなんかに、げほっ、手を貸して、もらわなくても」
「なら、自力で立ってみせろ」
「……っ」
返事をする気力も惜しいのか、彼女は黙って足に力を入れる。しかしここまで酷使し続けていた体は言うことを聞かなかった。
「なんで、くっ、こんなところで、止まってる場合じゃないのに……!」
「いいから休め。もし倒れでもしたら、俺に助けられるんだぞ? そんなのはごめんだろ?」
「うるさいっ……。こんなの、あの子に比べれば……!」
「あの子?」
反射的に尋ねた。尋ねてしまった。
「妹よ! 私がこんなところで足踏みしてる間にも、あの子は……!」
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