第1話
冒険者ギルドは今日も賑やかだった。仲間同士で話し合う者、魔物討伐の依頼を受ける者、報酬金で酒を飲む者、それらが渾然一体となって、独特の空気を形成している。
バン!
扉が勢いよく開け放たれた音に、一瞬その空気が止まる。中にいた全員が彼女に視線を向けた。
「あの、冒険者ギルドって、ここですか?」
勝気そうな少女は、特に緊張した風もなくそう尋ねた。年は十六、七くらいだろうか。赤い髪を頭の後ろにまとめて流している。目は大きいが目尻が上向きで、その行動も相まって大人しい印象は受けない。ローブに身を包んでいるので装備は見えないが、背中の剣を見るに、彼女も冒険者、もしくは志願者なのだろう。
「そうだが、何しに来たんだ? お嬢ちゃん」
その声音にはからかおうとする意志が滲んでいた。女、それもまだ若く、体もできあがっていないであろう彼女が、魔法職には必要のない剣を背負っていることから、その実力を侮っているのだろう。
「依頼を受けに来たに決まってるでしょ」
それは彼女にも伝わったようで、吐き捨てるように答えて受付へと向かう。
「いや悪い悪い。侮辱したつもりはないんだ。ただここのギルドの依頼は難しいのが多くてな。少し心配になっただけさ」
「ご心配どうも」
彼女は一瞥もくれずに言う。話しかけた男は、やれやれ、というように肩をすくめた。
「今ある中で、一番報酬の良い依頼はどれですか?」
受付につくなり、彼女はそう言った。
「恐れながら、ライセンスを確認させていただいても?」
カウンターを挟んで座る若い女性の返しに、彼女はローブの中から冒険者ライセンスを取り出して見せる。受付の女性が困ったように笑った。
「ご気分を害してしまうかもしれませんが、ご要望の依頼を紹介するのは難しいかと。もう少し他の依頼で経験を積んでから」
「それじゃあ間に合わないのよ!」
彼女が声を荒らげる。どうやら
「しかしですね、報奨金が高い依頼は危険度も高く、最悪の場合命を落とすことも」
「命が惜しくて冒険者なんかしないわよ! あるなら早く出しなさい!」
言葉遣いも荒くなる彼女に、受付の女性は悲しそうに目を伏せた。
「……それでは、手数料をお支払いください」
「手数料、って、お金?」
どうやら手数料の存在すら知らなかったようだ。断る理由を見つけた女性は僅かに目を輝かせつつ、淡々と続ける。
「はい。ギルドの業務も多岐にわたりますから」
「い、いくらよ?」
「十万サードルです」
「はあ!?」
「勿論、報奨金はもっと高いですよ?」
「だからって、依頼を受けるだけでなんでそんなにかかるのよ!?」
「いくつか理由はありますが、大きいのは保険ですね。危険な依頼では冒険者の方が大怪我して帰ってくることも珍しくありませんから、その治療代として使われます。死亡された場合は、どうしようもありませんが」
当たり前のように放たれた重い言葉に、彼女は一瞬怯んだようだった。
「お支払いいただけますか?」
微笑む受付の女性に、彼女は暫く黙ってから、口を開く。
「いらない」
「はい?」
「もし私が大怪我しても、治療なんて要らない。だから手数料を下げて」
「申し訳ありませんが、そういうわけにはいきません。規則を守れないのであれば、報奨金も支払えません」
「ならお金を貸して! 絶対に返すから!」
「この手数料は、お金に困った冒険者が無謀な依頼を受けることを防止するという目的もあります。お金の貸し出しはできません」
「……っ」
彼女の目から涙が零れる。余程切羽詰まっているのか、泣き落としか。ますます重くなる空気に、先ほどまで楽しげに酒を飲んでいたパーティーからは舌打ちが洩れた。
ポタ
床に雫が落ちる。
「なら、手数料は俺が出そう」
二人の視線、いや、全員の視線が、今度は俺に集まった。
やっちまった。居心地の悪さを感じながら、カウンターの上に十万サードルを置く。
「ホント!?」
「あの、流石にそれは……」
驚きの表情を見せる彼女と、困り顔を見せる女性。自分でも余計な首を突っ込んでいると思うが、最早止まれない。マフラーで顔の下半分を隠した俺は、目だけで笑って見せる。
「大丈夫。この子は俺に任せてくれ。お前もそれでいいか?」
「う、うん! ありがとう!」
先ほどの表情とは打って変わって、満面の笑みを浮かべる彼女。受付の女性は少し迷った風だったが、やがて頷いた。
「分かりました。こちらの依頼、よろしくお願いします。どうかご無事で」
「ああ」
そうして俺は、彼女を連れてギルドを後にした。
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