第6話 如何に人類は滅んだのか

「……ここです」

「ここは?」

 アインと未来の二人は図書館の地下に来ていた。フロントの裏にある職員用の部屋にあった階段を下りた先にあった場所だ。

 先ほどのこの図書館の権限を移行されていたアインはこの場所の事を知ることが出来ていた。

「この図書館の閉架図書です」

「閉架図書って?」

「何らかの理由で一般の閲覧が制限された書物等がある場所ですね」

「……なんでそんなとこに?」

 アインに着いてきた未来が疑問気な表情で目の前の扉を見つめている。アインは未来から視線を外して扉横のタッチパネルにパスワードを打ち込む。

「ここには過去の新聞や雑誌のデータベースもあります。……もちろん日本語の物も」

 アインがパスワードを打ち込むと目の前の扉が開く。そうして未来の目の前には大きな部屋が広がっていた。正面の机にはパソコンが数台づつセットで、その奥には書架が続いている。

「未来、長いお話になります。座って話しませんか?」

「……分かった」

 部屋の中に入りアインが椅子を引いて座ることを勧めてくる。未来は一呼吸置き、緊張した面持ちでその椅子に座った。


「それで、アイン。人間はどうして滅びたの? いつ滅んだの? なんで、私だけコールドスリープされてたの?」

 未来の目の前にアインが座ると、彼女は耐えかねたようにアインへの質問を開始する。アインはその未来の視線を受け止めた後に彼女へ一つ言葉を告げる。

「その前に、未来。一つお願いがあります」

「何?」

「まず、私が何を言おうとも冷静に聞いてほしいのです。どうか何があろうとも。お願いです」

「……わ、分かった」

 アインは懇願するように未来へ念押しを行う。未来はそんな彼女の様子に驚くも、表情を引き締めて頷いた。

「では、未来。今は西暦何年だと思いますか?」

「……2500年くらい?」

 アインからの最初の質問に未来は少し悩んだ後に返答した。おそらく自らが2160年以前の生まれだと想定しての答えだ。自分が眠りについてから数百年は経過していると覚悟しての言葉だったが。

「……いいえ。違います。今は。……現在の西暦は3724年です」

「……え?」

 その先のアインの言葉は未来にとって途方もない先の西暦だった。

「現在は西暦3724年。未来。貴方がコールドスリープに着いてから1500年以上経過しています。」

「嘘……」

 未来の表情は信じられないと告げていたが目の前のアインがその言葉を訂正することは無かった。

「いいえ、未来。残念ながらこれは本当です」

「いや、そんな。だっていくらコールドスリープって言ってもそんな長い間生きれるわけ」

「……信じられないと思います。ですのでこの場所です」

 アインはそういって近くのパソコンを起動する。起動したパソコンの日付はアインの言った通りの西暦であった。

 茫然としている未来に対してアインは本題を話し出す。

「これらの、人類が滅ぶことになったすべての原因。それはAKウイルスです」


「それって、あの研究所で調べられてた……」

 未来がやっと口にできたのはそんな事だった。二人が以前訪れた研究所で研究されていたウイルス。その名前だった。

「はい。その認識で間違いありません」

 未来の言葉にアインが頷く。

「けど、アインはあの時感染しても症状は大したことないって」

「はい。そのとおりです。あの時に話したウイルスの感染時のに嘘はありません。だからこそ、全世界の人間に感染し、人類が理解した頃にはすべてが手遅れでした」

 アインは少し間をおいて再び話し出す。

「あのウイルスの真に恐ろしかった点は、感染後のウイルスの経過です」

「……いったいどういう」

 未来にはアインの言葉が理解できていなかった。感染時の症状は大したことが無い。しかしその後の経過が恐ろしいとはどういう事なのだろうか。

「まずAKviruso。これはLa plej adabla kaj kruela virusoの略です。日本語では『最も優しく残酷なウイルス』になります」

「最も優しく、残酷なウイルス……?」

 未来が首を傾げながら呟く。この説明だけでは何も分からない。ゆえにアインは一つずつ説明を開始する。

「そう、ですね。未来。貴方はウイルスの増殖方法を知っていますか」

「……ううん」

 アインからの問いかけに未来は首を横に振る。

「簡単に説明をします。ウイルスに生物のような生殖活動はありません。他の細胞内に入り込み、その中の機能を利用して増殖します。工場の機械に無理やり別の設計図を組み込むようなものだと思ってください。そこの機械と材料を使い、自らの複製を作り上げます。ここまで理解できますか?」

「……な、なんとなくは」

「そうして増殖したウイルスは細胞から放出され別の細胞へと侵入します。この過程で身体内の免疫細胞の反応が現れたり、組織に異常が出現して症状として現れます。普通はここで免疫や医学で対応するのですが、このウイルスは一つ特異な性質を持っていました。AKウイルスは細胞内のミトコンドリアという器官と酷似した性質を持っていたのです」

「ミト、コンドリア……?」

「ミトコンドリアの機能には様々な物があります。大きく取り上げると細胞内の恒常性の維持、そしてATPという細胞のエネルギーを作り出す事です。このAKウイルスはこのミトコンドリアより高いATP産生効率を有しており、より高度な機能を持っていました」

「ん、んん?」

 アインからの説明に未来は何とかついて行っていたが、ここで訳が分からなくなった。元々の物より高度な機能を持つからと言ってどうなるのだろう。

「AKウイルスはミトコンドリアの上位互換でした。AKウイルスはミトコンドリアに成り代わり、細胞内の器官の一つとなります」

「それで何が起きたの?」

 未来はアインを急かすようにどうなったのか聞こうとする。しかしアインの返答は予想外の物だった。

「その時点では何も」

「何も、って」

 今度こそ未来の頭は混乱する。アインは人類滅亡の原因はAKウイルスであると告げたが、今までの話でそんな事は出てこない。

 むしろ、何も問題が無いように思えた。

「確かにAKウイルスはミトコンドリアよりも高度な機能を有していましたが、それだけです。体の一部だけなら細胞のエネルギー効率が良くなったところで、さほど変化はありません」

「なんで、それが。……待って、アイン。一部だけなら?」

 しかしアインが告げたとある言葉が未来の思考を止める。アインは未来に視線を合わせつつ、小さくうなずいた。

「……ミトコンドリアの特徴の一つ。それは核のDNAとは別に独自のDNAを持つこと。そして受精の際に、精子側のミトコンドリアは排出されますが、卵子の物は受精卵に取り込まれる事です。……つまり。AKウイルスに感染した女性が妊娠すると、その子供はAKウイルスを持つ受精卵から成長することになります。結果」

 そこまで言われれば未来にも見当がついた。妊娠とは一つの受精卵細胞から始まり、それが分裂することにより人間の形を作り上げていく。AKウイルスを含んだ受精卵から細胞が分化していけばどうなるのか。

「全身の細胞の中にAKウイルスは含まれる……」

「はい。感染した人間の第二世代はミトコンドリアの代わりにAKウイルスを保有しています」

 未来の言葉にアインは正解です、という風に頷く。

「この世代の人間は後の時代に新人類と呼ばれました。新人類の特徴として、ATP産生効率が高いため食事の回数が少ない事があります。旧人類は食事を日に一度以上取っていたそうですが、……未来。これはあなたも自覚がありますね?」

「1日に一度なんて無理、だね……。そんなに食欲なんて無いよ」

 未来が自らのお腹をさすりながら答える。

「これが以前にあなたと話した人間の体と食事の頻度の不具合の答えです。急激な身体機能の変化に体が順応していないのです」

 いつかの二人の会話。未来は何故アインが食事を大切にしていたのか理解した。そもそも今の身体状態は普通ではないのだ。

「そしてもう一つ。新人類には段階があります。これは幼年期と成熟期と呼ばれました」

「……それは?」

 未来は自らの体をかき抱きながらアインに続きを促す。自分の体にどんな変化が起きているのか空恐ろしかった。

「……旧人類には第二次性徴というものがあったそうです。脳の視床下部という組織から性腺刺激ホルモン放出ホルモンが分泌。それが下垂体を刺激し性腺刺激ホルモンを分泌。その結果として生殖機能が発達します。AKウイルスはこの性腺刺激ホルモン放出ホルモンにより活性化します」

「え? あ、え? ア、アイン。ちょっと待」

 未来はアインの言っていることが理解できずに困惑する。彼女が何を話しているのか全く分からなかった。しかしアインはそのまま言葉を続けていく。そして結果的にどうなるのかを告げた。

「AKウイルスの機能はさらに発達。結果として細胞のテロメアの回復などのさらなる機能の発現、つまりは老化の停止。新人類は第二次性徴が始まる直前に成長が止まります。そして性腺刺激ホルモン放出ホルモンがAKウイルス活性化によって使用されることでの生殖機能発達阻害。……子供が作れなくなります」

「そ、れは……」

「人類の不老化、そして世代交代の途絶。それがAKウイルスの真の症状でした」

 アインの言葉を聞いて未来が考え込む。一つだけアインの話におかしな事があった。

「……ねぇ、アイン。仮にそれが本当の事だったとして」

「はい」

「私がコールドスリープされてた原因って……」

 未来は自分の下腹部に目を落とした。AKウイルスによる生殖機能発達阻害。それは未来には当てはまらなかった。何故なら未来には月経が起こっている。そしてだからこそ。

「……はい。貴方がウイルスの変異により、唯一生殖機能の発達が確認された新人類だったからです」


「そういう事……」

 未来は自らの下腹部に視線を向ける。自分では女性として当たり前の生理的現象と思っていた。しかし、そうでは無かったのだ。アインはパソコンにとある名前を入力する。『石神 未来』。

 結果、過去のニュース記事が出て来た。2069年。11歳の少女に奇跡が起こった。人類の救世主となりえるのか。など大仰な言葉で飾り立てられている記事には緊張した面持ちの少女が映っている。記憶には無い。けれど。

「これが、私……」

「はい。これが貴方です、未来。貴方は人類にとっての最後のイブであると同時に救世主と呼ばれた存在でした」

「……実感ないぁ」

 未来は自らが映っている写真を見つめて微かに笑う。何かのフェイクニュースとでも言われたほうがまだ笑えた。

「けど、アイン。確かに私は生殖機能を持ってるのかもしれない。だけど、ほら。医療技術が発達してたでしょ? 何か方法が」

「……たしかにそういう技術はありました。しかし、未来。子宮の機能が発達しないという事は卵子を作れないというだけではありません。妊娠もできないのです。つまり、母親になることができる新人類は貴方一人だけです」

「き、機械でとか……」

「……それには莫大なコストがかかります。全世界の人口、数億人を賄うだけの人工子宮などいくら資源があっても足りません。一部地域に限定しても同じことです。いずれ限界が来ました。人口減少に歯止めをかける事はできません」

「そ、れは」

 未来が示した可能性をアインは一つ一つ否定していく。

「……私がコールドスリープされてた理由は分かった。けど、アイン。今までの話だけなら人類は滅びない、というか人類は繫栄したんじゃないの?」

 自らの事情を把握した後に未来はアインに先を促す。AKウイルスは人類から老化を無くした。これが『優しい』部分。しかし代償として子供を作れなくなった。それが『残酷』な部分。確かに大きな混乱を人類にもたらしただろう。しかし不老という事は実質的な不死である。なぜそれで人類が滅びるのか未来には想像もつかなかった。

「確かにその後、人類の文明は最盛期を迎えました。そして、新人類は寿命がある旧世代の人類とは違う、新たな人類であると思いあがっていたそうです。新人類、エスペラント語での言語統一もその一部でした」

 アインが未来の言葉に一度うなずく。そして僅かに棘のある言葉で新人類の説明を始める。そのままアインは次の検索を行った。キーワードは『エスペラント語 公布』。出て来たのはまた新聞記事。2173年。すでに内容はエスペラント語で記されていた。

「……エスペラント語統一。新たなる時代の始まり」

 読めない未来に対してアインが見出しを読み上げる。そこにはまるでお祭りのような騒ぎの様子が写真で映し出されていた。そこに写っている人たちの顔は一様に明るく、希望に満ち溢れている。

「自分たちには次世代なんて必要ない。自らこそが完璧な不死の生物である。旧世代の人類が寿命で絶滅するとその驕りはさらに増長しました。新人類は永遠の理想郷を作り上げた、と慢心したそうです」

「アイン?」

 アインの様子が何かおかしい事に未来が気付く。言葉の鋭さが増したのもあるが、彼女はどこか苦しそうに、誰かの言葉を代弁しているようであった。

「……けれど未来。子供が生まれないという事は、人口が減ることはあっても増える事が無いという事です」

「……あぁ、そっか」

 アインの絞り出すような言葉に未来もようやく理解する。次の検索ワードは『人口減少』。未来には言葉こそ分からなかったが、その写真はすでに人がいない街並みだった。また検索結果が極端に少なくなっている。おそらく記事そのものが少ないのだろう。

「AKウイルスの能力が認知され始めた時期。人類はパニックになりかけました。次世代の人類の生殖機能が未成熟なままなのですから。その時に誕生したのが未来、貴方です。旧人類は人類存続のためにあなたをコールドスリープしました。研究が進み、生殖機能を取り戻すことができるようになる、もしくはイブであるあなたに対してアダムとなれる人類が誕生するその時まで」

「けど……」

 その先は未来にも想像がついた。

「はい。結果、対処法は見つからず。生殖機能を持った他の人間は生まれず。貴方は人類最後のただ一人のイブとして残りました。アダムは誕生しなかったのです」

 アインからの答えに未来は言葉を返す事ができなかった。アインはそんな未来から視線を伏せつつ、続きを語る。

「その後は、単純です。怪我、病気、災害など外的要因により人口は徐々に減少していきます。そうなれば人類は経済、産業、文明、政治、インフラ等を全て維持できなくなります。機械工学ロボットやオートメーションにより何とかしのごうともしましたが、そんなもの焼け石に水でした。そもそもそれらの使用する人間が少なくなっていくのですから」

「それが、人類滅亡の原因……」

「新人類は傲慢になりすぎたのだそうです」

「……え?」

 未来の納得した言葉にアインが言葉を挟んできた。未来は何のことか理解できずにアインを見返す。

「旧人類の滅亡寸前。すでに生殖機能発達の研究は下火だったそうです。何故なら他ならぬ大多数の新人類がそんなもの不要だからと考えていたから」

「え、なんで……?」

「その頃には新人類の不老という特性は認知されていました。そして彼らはこう思ってしまったそうです。……自分たちは不死になったのだと」

「……あ」

 未来は先ほどの自分の考えを思い出す。彼女は先ほど他ならない自分で考えていた。不老とは実質的に不死である、と。アインはそれを否定していく。

「そんな事はありません。先ほど言った通り新人類はあくまで老化が無くなっただけです。けれどある日、自分が事故で死んでしまう等と本気で考えられる人は少なかったようですね。あるいは他の人がいくら死んでも文明が無くなることは無い、と思い込んでしまったのか」

アインは滅んでしまった人類を悼むかのように目を閉じる。未来も人類の滅んだ理由を理解した。

「AKウイルスによる生殖機能の消失、そして人類の慢心。これって……」

「はい。AKウイルスが蔓延した際と同じです。目先の情報で思考停止し、気付いた時には取り返しがつかない。新人類は旧人類に変わっても全く成長できていなかったそうです」

 未来の言葉にアインが同意した。AKウイルス発見時に人類は大したことが無いからと対策をしなかった。そしてその後も。不老に目を奪われて自ら生存の可能性を捨て去った。

「もちろん、すべての人類がそうだったのではありません。旧人類は研究に力を入れていましたし、新人類の一部の人間も将来を予期して研究を続けました。たとえ変わり者と揶揄されようとも」

「あの研究所……」

 未来が思い出したのはアインと二人でたどり着いたあの研究所だった。あの場所は最後まで研究を続けていたのだろう。感染対策設備が無いのも納得だった。すでに全人類に感染しているウイルスだったからだ。

「けれど、それ以外の新人類は先ほど話した通りです。旧人類が滅んだ後、一番最初に行ったことは統一言語の普及でした。曰く、旧人類との決別を図るため。ここまでが新人類の歴史の初期です」

 アインがまとめた言葉に未来は悲壮な表情をする。もうすでに人類の滅びは決まったも同然の内容だった。けれどまだ続きがあるらしい。

「……まだ、あるの?」

「……中期に入ると人口減少により中小都市は機能不全になりました。各大都市は孤立し通信での連絡を行うのみになります。この時点で運送、都市間の移動手段は途絶します。幸い、新人類の特性から食糧問題はさほど起きませんでした。というより食糧問題が起きない地域に人口が集中しました」

 もうアインはパソコンの方を向くことすらしなかった。おそらく公的な電子記録はほとんど残っていないのだろう。

「この街とか?」

「あとは以前に立ち寄ったショッピングモールがあった街ですね」

 アインと立ち寄ったショッピングモール。けれど未来には違和感が残っている。

「けど、じゃあなんであの場所は物がほとんど残ってたの? 人が集まってたんでしょ?」

 未来からの疑問にアインはさらに眉をよせ、悲し気な表情をする。

「中期の一番の死因は単純です。自殺です」

「うそ……。なんで? 食べ物があれば生きれるでしょう? たしかに怪我や病気もあるかもしれないけど、なんで……」

 アインの言葉に未来は信じられないという様に顔をゆがめる。

「……未来。新人類では世代交代が無いのです。そして彼らは人類文明の最盛期を経験しました。しかしそこから彼らが辿るのは衰退だけです。人口は減少を続け、かつ資材もいずれ限界が来ます。やがてインフラは崩壊し彼らは農耕生活を余儀なくされるようになります。何も働かなくても生活できていた人間が、です。そしてそれらはこれからも悪化し、それが永遠に続くのです。彼らの文明は真綿で首を絞められるように崩壊していきました」

「……だから?」

「……一人が自殺を行うと連鎖的に起こりました。集団自殺です。都市のリーダー的な立場にいた人間は何とか阻止しようとしました。その頃よく使われていたのは『過去に学び、今を生き、未来に希望を』という旧人類時代のある偉人の言葉です。自分たちならこの状況を乗り越えられると、なんとか踏み止まろうとしました。けれど、その頃になると既に人類の大半が気付いています。もうどうしようも無いのだと。仮に生き残ったとしても後に残された人はさらに悲惨な生活を余儀なくされます。何もかもすべてが携帯端末やICチップで解決できていた人間が農耕、もしくは狩猟生活です。耐えられる人間は限られました。これが新人類史中期です。この街も初期から中期前半にできたものでしょう」

「それからは?」

「……その後は、終末期と呼んでいました」

 アインは一呼吸置いてからさらに話し出す。

「あとはもう言わなくても分かるかもしれませんね。農耕、狩猟生活に適応できた人たちの話です。彼らは集落、村と呼ばれるような人数で生活していました。しかしそれは自然状況に左右される不安定な生活です。災害や異常気象が発生すれば壊滅してしまいます。他の生物であれば少人数でも生き残れば再興の手段が取れますが、新人類はできない」

「……もう人類は全て滅んだの?」

「滅んだ、の定義によります」

「アイン……!!」

 アインのはぐらかすような言葉に未来に口調に力が入る。

「ごめんなさい。けれどふざけているわけでは無いんです、未来」

 しかしアインは申し訳なさそうに言葉を続ける。

「生き残っている他の人がいるのか、という意味ではもしかしたら存在しているかもしれません。けれどネット回線が生き残っている寸前、認識できた個人コードはその時点でゼロでした。いたとしても、その人らと連絡手段はありません。またその人物たちが人類文明を再興できるかと言えば難しいです。何故なら人類はこれ以上数が増えません。もうすでに人類は詰んでいます」

「……」

 アインの言葉に未来は何も返す事ができなかった。今までの現状からすでに人類の状況は把握できたと思う。そして、確かにこの状況はどうしようも無い。

「未来。これが人類が滅びた理由、方法。そしてあなた一人が残っていた理由です」

「……これを聞いて落ち着いていて、ってアインも無茶言うよね」

「申し訳ありません、未来。けれど、どうか。貴方も自殺する事だけは阻止したかったんです」

「貴方も……」

 アインの言葉を未来は反芻する。言葉だけを受け取るなら新人類のように絶望して死ぬ事は止めてほしいという様に聞こえる。しかし。アインの言葉は具体的な誰かを指しているようだった。それはきっとアインが以前に話した大切な誰かであり、先ほど名前も出た。

「ねぇ、アイン。希望のあって誰? アインが私を助けてくれるのはその子と関係あるの?」

「――っ」

 未来の言葉にアインは唇をかみしめる。

「さっき、私に知って欲しいって言ってたけど……」

「……えぇ。そうです。希望のあとは。本名は石神希望」

「――え?」

「私の元主人。そして未来、貴方の妹です」


「い、妹?」

 未来はアインが告げた言葉に狼狽する。未来にそんな記憶は無い。その言葉には強い違和感があった。

 そんな未来に対してアインは優しく語りだす。

「無理もありません。希望は未来がコールドスリープに着いてから誕生した人間です」

「妹……」

 アインの説明に未来はとりあえず落ち着いたが未だ言葉がなじまないようだった。

 アインも承知の上だったのかパソコンのキーボードに言葉を打ち込む。『石神希望』。結果はすぐに出て来た。未だ日本語の記事だ。第二の救世主誕生ととなるか。見出しには誕生したばかりだろう新生児が映っている。

 しかしその後の記事は小さい物ばかりだった。という事は。

「彼女は。希望は、世界中の人間から期待されそして失望され忘れ去られた、と自分を評していました」

「……生殖機能は発達しなかったんだね?」

「はい。彼女は身体機能的にはごく一般的な新人類として成長しました。勝手に社会が失望したのです」

 アインは懐から懐中時計を取り出す。中には機械式の時計、そして蓋の裏には一人の少女の写真が張られている。中には未来とそっくりな、しかし彼女と違い表情に影のある人間がいた。

「この子が……」

「はい。石神希望です」

「どんな子だったの?」

 未来が写真からアインの顔へ視線を向けつつ質問をした。アインは少し懐かしむように口を開く。

「……コーヒーが好きでしたね。私の毎朝の日課でした。他の人間と関わることを嫌い一人で生活していた希望でしたが、コーヒーだけは切らさないように私に買いに行かせていましたね」

「え、あれを?」

 未来は以前のんだコーヒーの味を思い出し顔をしかめる。

「はい毎日。コーヒー豆は貴重でしたがお金を惜しまず購入し、毎日1杯は飲んでいました。私も希望が機嫌の良い日は飲ませて貰ったりしていました」

「あぁ、だから懐かしいって」

「はい。久しぶりでした。味覚センサーで感じるだけなので美味しいかどうかの判断はできませんでしたが、懐かしいと思わず思いました」

「あれを美味しいかぁ……」

 未来は顔をしかめたまま希望の写真を見つめる。

「また、希望は数少ない、AKウイルスの研究を続けていた人物でした」

「……やっぱり、私が理由?」

「貴方を救世主の座から引きづり下ろしてやる、と息まいていましたよ」

「状況を考えれば仕方ないとはいえ恨まれてるなぁ」

 未来はため息を吐きながら呟く。確かに状況を考えれば恨まれても仕方のない事だと思う。石神未来の妹というだけで世界中の人間が勝手に期待して勝手に失望したのだ。恨みを抱く理由には十分だった。

「……いいえ」

 しかし、アインはゆっくりと首を振りながら未来に言葉を否定する。

「確かに希望は貴方の事を話す際に、許さない、絶対に文句を言う、全部あいつのせいだ等口にしていましたが」

「……呪い殺す勢いじゃん」

「けれど、彼女はこうも言っていました。だからこそ、そのために貴方を目覚めさせても良い状況を作り出すと。そして全部本人にぶちまけてやるのだと。おまえの救世主としての役目は終わったんだ、と」

「……そっか」

「そう話す彼女は何処か楽しみな様子でした」

「……ツンデレ妹、なのかなぁ」

 呆れたようにつぶやく未来。しかしすぐに顔を険しくする。そう、今この状況に陥っているという事は彼女の研究は。

「アイン。だけど希望は、もう……」

「……はい。もう亡くなりました」

「そっか……」

 結局、状況は改善しなかったのだ。

「新人類と旧人類の違いは細胞内のミトコンドリアが全てAKウイルスに置き換わっている事です。そのせいで生殖機能の発達を促すホルモンの作用が遮られます。全身の細胞のAKウイルスを全てどうにかするなど不可能でした。ゆえに受精卵に介入する必要があったのですが」

「その方法ができた頃には旧人類は滅んでた……」

「はい。その通りです。AKウイルスの基礎研究。受精卵への介入方法。臨床試験。全てが確立する頃には旧人類は加齢で妊娠機能が失われていました。ゆえに希望達は新人類側の生殖機能を発達方法させる研究をしていたのです。けれど、文明が崩壊していくつれて研究どころではなくなります。臨床試験を行うための設備も人員も集まりません。何かあって死んでしまえばそれだけ人口が減少するのですから」

「なら、その後は……?」

「……特に何も」

 アインは首を横に振りながら答えた。

「先ほどの新人類史などは希望がまとめたものです。ですがそれ以外は基本的に何もすることなく毎日を過ごしていました。ですが」

「……アイン」

 アインが顔をゆがませた。未来はそれで希望に何が起きたのか察する。

「私が周囲に見回りと農業用ハウスの点検を終えて帰ると、彼女は首を吊っていました」

「――なんで」

 しかしアインが口にした内容に未来も顔をしかめる。死んだのは予想出来ていた。しかし。

「なんで。彼女が自殺しないといけなかったの?」

「……」

 未来の言葉にアインは無言で首を振った。

「メモが残されていました。内容は貴方は好きにしなさい、とだけ」

「それで」

「それから、私は希望から聞いていた貴方の話を思い出しました」

 そうしてアインが未来へ視線を向けた。

「私は希望を埋葬し、未来が眠っている研究所を探し出しました。そこであなたが目覚めるまで待って。そこからは未来も知っての通りです」

「……自分も私と同じ状況だと演じた」

「……はい」

 アインの話を聞き終わると未来は黙ったまま考え込む。

「未来……」

「え、ん? あぁ何?」

「貴方は居なくなりませんよね……?」

「え?」

 未来がアインの方へ視線を向けると彼女の眼は不安そうに揺れていた。

「アイン」

「お願いです。機械である私がこんなお願いをするのは変だと理解もしています。けれど、どうか」

「……うん。まぁ、とりあえず死ぬつもりは無いよ」

「未来……」

「けど、なんかいきなりいろんな事が頭の中に入ってきたからさ。ごめん。少し整理させてほしい」

「……分かりました」

「じゃあ、とりあえず外に出ようか」

 未来はアインに手を差し伸べて入ってきた扉に向かった。

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