第15話 お揃いの色

 仕事が休みの人も多いせいか、平日に比べて休日のモールの中は人混みで溢れていた。

 レストランも開店する時間となったので、お昼を食べに来たと思われる家族連れも少なくはない。

 そんな中、私達はラケットを買う為にスポーツショップがある階へと向かう。


「ラケットにはね、種類が色々あって前衛用や後衛用とかあるんだ。でも、とりあえずはそういうのは考えずに初心者向けの安いラケットでいいと思うよ」


 うさぎ先輩がラケットの説明を始める。

 部長だけとあって色々詳しそうだ。こんな時は役に立ちますねって言ったら、こんな時はってどういうことよーと言ってきそうなので、心の中に留めておく。


「ラケットの面が大きければ、ボールは遠くに飛びやすいし当てやすいの。だから、最初の内は面の大きいラケットにしよっか」


 へー。ラケットなんてどれも一緒だと思ったけど色々あるんだなぁ。


「練習に慣れてきて、前衛・後衛どっちにするか決まってから、また新しいラケットにするのがおすすめかな!」


 私はどっちをやることになるんだろ。

 今の段階ではさっぱり分からない。先輩はどっちなんだろ? 聞いてみることにした。


「美桜先輩は前衛・後衛どっちなんですか?」


「私は後衛。ラケットも後衛用の使ってるよ。一応前衛用のラケットもあるけど。この前桜ちゃんが使ったのは前衛用」


 違いがよく分からないけどそうなんだ。


「簡単に違いを説明すると、1本シャフトは後衛に使われることが多くて、前衛は基本的に2本シャフトかな。後衛の人でも2本シャフトを使う人もいるけどね。クローズドシャフトとかシングルシャフトとも言うよ」


 何? シャウト? ボール打ちながら叫ぶの? うさぎ先輩、いつもうるさいもんね。

 なんだかよく分からない言葉が出てきた。首を傾げていると、うさぎ先輩がそれに気づいたのか


「シャフトっていうのは、ラケットの面とグリップの間にある部分のことを言うんだ。スロートとも言うけど、シャフトって言われる方が多いかな。でね、シャフトが閉じてるか開いてるかで、ラケットの重心の位置が変わったりするんだよ。あ、グリップっていうのは握るとこの部分ね」

 

 あの三角形っぽい穴のあいてる部分にそんな名前がついていたのか。

 私が教えることがあるかは分からないけど、来年以降入ってくる後輩の為にも覚えておこう。

 ラケットの説明が終わったところでスポーツショップに到着。

 中へと入った私達はテニス用品売り場へと移動した。


「何回か来てるけどやっぱり広いねー!」


 モールの中では唯一のスポーツショップなだけに、結構な広さがある。

 新入部員が増える時期もあってか、店内には学生と思われる客が多く見られる。

 色々なスポーツ用品を眺めながらしばらく店内を歩くと、お目当てのテニス売り場へ到着する。


 おーーー。


「ラケットがいっぱい」


 この中から選ぶのは大変そうだなと思ったけど、そこはうさぎ先輩に頼ろう。

 今日だけはなんか頼れそうだからね。今日だけは!


「桜ちゃん! そっちは硬式用だよ。軟式はこっち」


 どうやら私が見ていたのは硬式用だったらしい。

 こっちこっちと手招きされたのでうさぎ先輩の方へ移動する。


「とりあえずガットが張ってあるやつでいいかなー?」


「ガットってなんですか?」


「ガットはラケットの面に張られてる糸のこと。バドミントンでも同じように言うよ」


 今日だけでテニスの知識がたくさん増えそう。諸君、分からない事があったら私になんなりと聞いてくれたまえ。


「先輩、詳しいんですね。ちょっと見直しました」


「でしょー! ・・・ん? 見直したって今までどう思ってたの?」


「うーん」


 うさぎって言うのはまずいかな。


「内緒です」


「えーーー! 何それ! めっちゃ気になるんだけど!」


 教えてーと小さい子供のように、腕を引っ張ってくるうさぎ先輩を無視する。


「それでどれ買えばいいんですか?」


「ちょっと無視しないでよー!」


 そう言って頬を膨らます。私もそれやれば可愛く見えるかな。


「また今度教えますから」


「絶対だからねー!」


 その今度があるかどうかは知りませんけどね。私、記憶力にはめっぽう自信がないんです。


「この2つならどっちがいい?」


 棚から2つのラケットを取るとそれを渡してくる。


「どっちも同じ種類だけどフレームの色が違うよ」


 渡されたのはピンクのフレームと青のフレームのラケットだった。


「ちなみにだけど、私の後衛用のラケットのフレームはピンクだよ」


 えへへと聞いてもないのにわざわざ自分が使っているラケットのフレームの色を教えてきた。分かりやすい人だな・・・。


「それはお揃いの色買ってくれたら嬉しいんだけどなぁってことですか?」


「そ、そそそんなことないよー???」


 図星か。

 否定するものの顔は真っ赤に染まっている。

 これが茹でダコならぬ茹でうさぎか。動物愛護団体から訴えられそうだ。


「美桜先輩」


「な、なにかなー?」


「顔、真っ赤です」


 さらに恥ずかしくなったのか、手で顔を覆ってしまう。ちょっとやりすぎたかしら。

 ラケットが掛かっていた場所の値段を見ると、5000円いかないぐらいだった。

 母親から1万円もらっているので値段的にも余裕がある。

 あまり高いのは買うなよーと言われていたし、これぐらいの値段がいいのかもしれない。


「じゃあこっちにします」


 選んだのはピンクのフレームのラケット。

 もう片方の青いフレームのラケットをうさぎ先輩に渡す。


「じゃあ買ってきますね」


「ちょ、え?」


 ポカーンとしているうさぎ先輩をそのままにレジへと移動する。


 購入を済ませ、うさぎ先輩の元に戻るとまだポカーンとしていた。何してんだこの人。


「いつまで情けない顔してるんですか? 置いてきますよ」


「ちょ、ちょっと待ってよ!」


 うさぎ先輩が走ってあとを追いかけてくる。

 どうせ内心ではお揃いの色になったってすごく喜んでるんだろうな。


「これでお揃いですね。嬉しいですか?」


 少しニヤニヤしながら聞く。


「ッ! か、からかってるでしょ!」


「先輩が自分の使ってるラケットのフレームの色を言ってきたんですよー? やっぱり青いフレームのラケットにしてこようかなー」


「やだ! なんか今日の桜ちゃん意地悪!」


 あ、拗ねた。


「拗ねてるんですか? ご飯はやめにしますか?」


「やめにしません!」


 そこはしないんだ。お腹空いたもんね。え? そういうことじゃない?


「じゃあ行きましょうか」


 私達はスポーツショップを出て、レストランフロアへと向かった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る