第12話 そして土曜日 -さくらside-

 夕陽が沈みかける街並みの街灯に明かりが点き始めた。

 春分から3週間程経ち、暗くなるまでの時間も長くなりつつある。


 部活を終えた私は帰宅の最中だった。

 明日はうさぎ先輩とラケットを買いに行くことになってしまい、今から色々と不安になる。


「はぁ・・・」


 深く溜息をついたところで、急に後ろから声を掛けられる。


「はしもとさん」


 どこかで聞き覚えがある声に名前を呼ばれる。

 振り向くとそこには夢で見た少女、案内人のくぼちゃんがいた。


「・・・」


 あまりの突然の遭遇に言葉を失い棒立ちになる。


「こんばんは」


「・・・・・・」


 喉から声が出ず、池で餌を待つ鯉のように口をパクパクさせてしまう。


「お魚のように口をパクパクさせてどうしました?」


「・・・夢、じゃなかったの?」


 くぼちゃんは確かに今、ここにいる。

 それはあの出来事が夢ではなかったことを証明することとなる。


「そう言ったじゃないですか。はしもとさんも変な人ですね」


 私からしたらあんたの方が変な人だよ。


「えっと」


「はい」


 ・・・何を話せばいいかな。

 あ。挨拶返してないからとりあえず挨拶するか。


「こ、こんばんは」


「こんばんは」


「げ、元気ー?」


「元気ですよ」


 なんだこれ。

 こんな会話をしたいんじゃない。


「くぼちゃん・・・だよね?」


「はい。くぼちゃんです」


 やっぱりくぼちゃんだ。

 初めて会った時と何一つ変わっていない。

 金色に輝く髪も、白く透き通るようなワンピースも、瞳の色も。


「ま、まさかまたこんなに早く会うとはね・・・。あはは・・・」


「また会いましょうって言ったので会いに来ました」


 そんな気軽に会いに来られても・・・。


「そ、そうなんだ」


「そうですよ」


 あの出来事が半信半疑だった為、もう会うことはないんじゃないかとも思っていたけど・・・。


「明日はうさぎ先輩とお出かけですか」


 なんでそのことを知っているんだ。

 まるでうさぎ先輩との会話を近くで聞いていたみたいだ。


「フフフ、なんでもお見通しですよ」


 また心を読まれた。エスパーなの?


「確かに出かけることになったけど、なんでくぼちゃんがそれを知ってるの? 近くにいたわけじゃないよね?」


「それは秘密です」


 でた秘密。この子は秘密が多すぎる。


「まぁ、いいや。もしかして、くぼちゃんが言ってた『うさぎ先輩と仲良くなりましょう』ってやつが明日のことに関係してるの?」


「鋭いですね。その通りです。明日は細かいことは気にせず楽しんでください」


 楽しめる自信がなくて悩んでいたんだけど・・・。


「細かいことって?」


「会話を繋げなければなど、気を遣ったりすることですね」


 言われてみるとそんなこと考えそうだ。変に気を遣いそう。


「わ、分かった」


 とりあえず、くぼちゃんの言ったことを覚えておこう。


「それにしても・・・もう少し時間がかかると思っていましたが、意外と早かったですね」


「何が早いの?」


「うさぎ先輩の行動力には驚かされます」


 くぼちゃんはフムフムと頷いていて、こっちの話しなど聞く由もない。うさぎ先輩の行動力って何?


「伝えることも伝えましたし私は行きますかね。またすぐに会えるでしょう」


 え!?

 こっちは聞きたいことたくさんあるんだけど!

 というかどこに行くの? 帰るの?


「ちょ、ちょっと待ってよ! 色々聞きたいことがあるんだけど!」


 今回は逃がすまいと引き留めようとすると──。


「あ! ひかりさんがいますよ!」


 くぼちゃんが私の後ろを指差す。


「え?」


 振り向くがそこには誰もいなかった。


「ひかりなんていないじゃん! てか、なんでひかりのことも知ってるの!」


 そう言って前を向き直すと、くぼちゃんの姿は既に消えていた。


「えぇ・・・?」


 もう何がなんだか分からないよ・・・。

 近くを見渡すもくぼちゃんの姿はどこにも見当たらない。

 くそー! 次会った時覚えてろよー。


「はぁ・・・帰ろ」



 帰宅しても何もやる気が起きず、色々と考えることも面倒だったので、ご飯を食べてお風呂に入りさっさと寝ることにした。



 次の日、いつも通りの私服に着替え家を出た私は、待ち合わせの場所へと向かうことにした。

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