第4話 桜木先生

「お風呂入っちゃいなさーい」


 母親の呼びかける声で目が覚める。

 仮入部から帰宅したあと、ベッドに横になっていたら眠ってしまったらしい。


 んー・・・。

 なんか変な夢を見たような気がしたけど思い出せない。

 ま、いいかとお風呂へと向かうことにした。


「なんだか久しぶりに疲れたなぁ」


 温かい湯船に浸かりながらそう呟く。

 中学で部活を引退してから、久しぶりにちゃんと体動かしたような気がする。

 体を動かすのが好きと言っても、部活引退後は小さい時みたいに外で遊ぶわけでもなく、運動という運動は体育の授業ぐらいだった。


「ソフトテニスか」


 佐藤先輩こと、うさぎ先輩がふと頭に浮かぶ。


「・・・・・・」


 触られた、いや、撫で回されたと言った方が正しいだろうか。

 その感触がまだ脚に残っているような気がする。

 触られてる時、恥ずかしかったのもあるが、それとは別に変な感情が心の中にぐるぐると渦巻いていた。

 それがいい気分ではなかったことは確かだ。

 ただ筋肉? を確認していただけのはず・・・。


「うーむ・・・」


 考えてもしょうがないし、あんま気にしないでおこう。

 湯船から上がり体を洗うことにした。



 お風呂から上がり、部屋で髪を乾かしていると携帯が鳴った。

 携帯の画面を確認するとひかりからのメッセージが届いていた。


『ソフトポンポンどうだった?』


 ソフトポンポンってなんだ。


「ポンポンしたよ」


 適当に返事を返す。


『そうかそうか。ポンポンしたか。帰宅部も楽しかったぞ』


「ただ帰宅しただけしょ」


『ワハハハハ。では寝る。おやすみ』


「おやすみ」


 ・・・なんだったんだ。

 中身のないやりとりを終え、ドライヤーで髪を乾かすのを再開する。


 ──ピローン


 また携帯が鳴った。

 しょうもないメッセージを、またひかりがしてきたと思いながら携帯を見ると、ひかりではなくうさぎ先輩からのメッセージだった。

 なんとなく名前をうさぎ先輩と登録しておいた。


『さくらちゃん。今日はお疲れ様。また明日待ってるよー』


 メッセージしてくる程の内容なのかこれは?


 うーん・・・。なんて返そう。

 まさかこんなすぐうさぎ先輩から、連絡がくるとは思わなかったから返信に困る。


「お疲れ様です。明日もよろしくお願いします」


 こんな感じでいいかと返事を返し、携帯をベッドに放り投げる。

 そのあと、うさぎ先輩からの返事はなかった。




 ───次の日


「今日もポンポン行くのかー?」


 放課後、帰り支度を済ませたひかりが聞いてきた。

 もうソフトテニスのソの字もない。


「一応行くつもり」


「わたしも見に行こうかなー」


「見るなら参加すればいいのに」


 ひかりが参加してくれると嬉しいけど参加しないだろうな。


「帰宅部に入部したので遠慮します」


 ほらやっぱり。

 しかもご丁寧にお辞儀までして断ってきた。

 はいはいとひかりをあしらう。


「見に来てもどうせすぐ飽きて帰りそう」


「失礼な! 帰宅部も忙しのだ」


 そんなやりとりをしながら教室を出て、部室へ向かうことにする。

 得に会話をすることもなく、程なくして昇降口に着く。

 上履きから靴に履き替え、本当に見学するのかひかりに聞こうとするが・・・。


「じゃあ頑張れよー」


 そう言い残してスタスタと校門へと歩いていく。

 帰宅部だもんね。そりゃ帰るよね。

 自由気ままなひかりに少し呆れながら、私は部室に向かって歩き始めた。



 コンコンと部室のドアをノックし開ける。

  中に入ると部室の中に知らない人がいた。顧問かな?


「お。さくらちゃんやっほー」


 うさぎ先輩が挨拶をしてきたのでこちらも挨拶をする。


「顧問の桜木先生だよ」


 先生か。なんかすごい美人でいい匂いする。

 しかもスタイルがめっちゃいい。どうしたらあんな胸が大きくなるんだ?

 私の申し訳程度に膨らんだ胸と比べる。

 ・・・私も将来あんな感じになれるかしら。


「仮入部の子?」


「はい。橋本さくらです」


「顧問の桜木よ。英語を教えているわ」


「よろしくお願いします」


 よろしくねと頭をポンポンとされた。


「私は戻るからあとは部長、よろしくね」


「えー。もう戻っちゃうんですかー?」


 ブーブーとうさぎ先輩が頬を膨らます。


「3年の担任になると忙しいのよ。また時間できたら見に来るから」


「はーい」


 桜木先生はいい匂いを残して部室から出ていった。


「すごい美人な先生ですね」


「でしょでしょー。綺麗だし、スタイルいいし」


 ふへへと、変な笑い方をしながらうさぎ先輩が言う。

 何歳ぐらいなんだろう。

 パッと見では20代半ばぐらいかと思ったけど。

 桜木先生の香りが残る中、私は着替えを開始する。


 着替えの最中、ワイシャツに手をかけたぐらいで何か違和感を感じ取った。

 どこからか視線が・・・。

 視線の先を見ると、うさぎ先輩がまたジーッと私を見ていた。

 反応するとまた触らせてとか言いそうな雰囲気だったので、無視して黙々と着替えることにした。


 着替えが終わり、コートへと向かう。

 今日も昨日と同じような流れで練習するらしい。


 まずはフォアから打つ練習。

 少しはコートに入るようになったが、相変わらずバックは上手く打てない。

 まぁ、始めたばっかだし仕方ないか。

 そのうち打てるようになるだろう。


 その後、先輩達の試合を見て解散となった。



 部室に戻ると別のクラスの子達が入部しようかなと話していた。

 会話に加わろうとしたが、話してる最中にいきなり話しかけてもなぁと思いやめておく。


 私はどうしようかなぁ。

 ソフトテニス部はあまり強いわけではない。

 そのこともあってか、楽しんでやってねーとうさぎ先輩が言っていた。なので、気楽に出来そうではある。

 大会前以外は平日のみの練習で水曜日は定休日らしい。

 毎日練習はちょっと勘弁してほしかったので、ちょうどいいのかもしれない。


 そんなことを考えてる内に、他の1年生が帰っていく。

 みんな着替えるの早いな。

 ・・・私が遅いのか?


 他の1年生が帰った数分後、ガチャ、と部室のドアが開いた。


「お疲れさくらちゃん」


 うさぎ先輩がタオルで汗を拭きながら部室へ入ってきた。


「お疲れ様です」


 1年生の面倒見たり部長は大変そうだ。

 私は絶対に部長なんかやりたくないなぁ。


「どうどう? ソフトテニス楽しい? 入部しない?」


 うさぎ先輩がいきなり入部を勧めてきた。


「私的にはさくらちゃんが入ってくれるとすごーく嬉しいんだけどさ」


 そんなに嬉しいのか。

 すごーくの部分を両手いっぱいに広げて表現しながら言う。

 他の1年にもそう言ってあげればいいのに。


「まぁ、入部してもいいかなぁとはちょっと思ってます」


「ホント!? やったね! 明日は定休日で休みだから、もし入部するなら木曜日からだね!」


 仮入部の期間はまだあるけど、もう入部しちゃうか。


「入部届けって桜木先生に出せばいいんですか?」


「そうそう。それか私に出してもいいんだよ」


 結局先生に渡すなら二度手間では?


「じゃあ桜木先生に出します」


 そう伝えたが、うさぎ先輩は嬉しいなぁとか、可愛い後輩が入ってきだぞーとか、一人で盛り上がっていた。

 なんだか大袈裟な気がするけど、歓迎されないよりかはいいか。

 喜んでる先輩を横目に、着替えを進めていると昨日のようにまた脚を触ってきた。しかもいきなりだ。


「やっぱりさくらちゃんの脚いいね」


 そう言いながらスリスリ触ってくる。

 急にというか、勝手に触らないでほしい・・・。


「あのぉ・・・」


 少しうさぎ先輩から距離をとる。


「あ、ごめんごめん。また触っちゃった」


「触るの好きなんですか?」


 なんか変な聞き方になってしまう。


「あ、いや、そうじゃないよ!」


 慌てて否定する先輩の顔がなぜか赤くなっていく。

 そうじゃないならなんなのだ。


「まぁ、減るもんじゃないのでいいですけど、急に触られるとびっくりするので触っていいか聞いてからにしてください」


 あ、これだと今後触られる頻度が多くなりそう・・・。言ってから気付く。


「うん! ちゃんと聞いてから触るね!」


 手遅れだった。

 目をキラキラさせながらうさぎ先輩が言う。

 うーん。筋肉がどうって言ってたから、それで触りたいはず。ということで納得しとこう。


 着替え終わり、帰ろうかなと思っていると


「校門まで送るよ!」


 なぜか私が着替え終わるまで待っていたうさぎ先輩がわざわざ送ると言い出す。


「あ、はい」


 一人で大丈夫なのに。

 なんだろう。気に入られたのかな?

 悪い気はしないけど、結構グイグイくる人なんだな。


「いやー、入部してくれるの嬉しいな」


「他の1年生も入部するといいですね」


 今仮入してる子達も入ろうかなと言っていたし。


「そうだね。でも私はさくらちゃんさえ入ってくれれば・・・」


 最後の方はごにょごにょと喋ってて、よく聞き取れなかった。


 そうして校門まで見送られ、それじゃあと挨拶する。


「また木曜日ねー!」


 一度振り向くと、ぴょんぴょんしながら手を振っていた。

 私も軽く手を振り帰路につく。

 入部することにもなったし、入部届けは明日出しに行くか。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る