第3話 うさぎ先輩
今日の放課後から仮入部できるらしく、帰りのHRが終わったあと、とりあえず行ってくるとひかりに告げて別れる。
一応、体操着とジャージは持ってきた。
ラケットは貸してくれるのかなぁーと考えながら、靴を履き替えて、ソフトテニスの部室へ向かうことにした。
部室は校舎とは別に、グラウンドの近くに隣接して建っている。
テニスコートもちゃんとあるし、設備がしっかりと整っているようだ。
部室に到着し、コンコンとノックすると中からはいはーいと声がする。
「あの、仮入部希望なんですけど」
「お! 1人目の仮入部。いらっしゃーい!」
中から出てきた先輩に部室の中へと案内される。
「橋本さくらです。 よろしくお願いします」
とりあえず、自己紹介を軽くする。
「さくらちゃんね。私は部長の佐藤だよ。よろしくね」
部長がニコニコしながら自己紹介をしてきた。
お互い、簡単な自己紹介を済ませ着替えを始める。
それから少しあとに仮入部と思われる1年生がぞろぞろと入ってきた。仮入部は私含め5人らしい。
違うクラスの子達っぽく、軽く会釈して挨拶を交わす。
なんかみんな初々しいなぁ。私も1年だけど。
「さくらちゃんって、中学時代もソフトテニスやってたの?」
佐藤先輩が着替えながら横目で聞いてくる。
「中学は陸上部でした」
「なるほど、だからいい脚してるんだねぇ」
「そうですか?」
いい脚か。それは引き締まってるとかそういうことなのかな?
さすがに同性だし、変な目で言ったわけではなさそう。というか変な目ってなんだ。
着替えが終わった私はグラウンドに出る。
春とはいえ、冬の名残りがまだ少しあるのか少し肌寒い。
ジャージの上着を持ってきて正解だった。
今日の仮入部の流れを説明で受けたあと、コートに入って実際にボールを打ってみることになった。
「仮入部の子達はラケットを持ってね。とりあえずボール打ってみようか」
佐藤先輩がこれ使ってとラケットを持って声を掛けてきた。
それをありがたく使わせてもらう。壊したりしないように気をつけないとな・・・。
ソフトテニスというかテニス自体やったことないけど、簡単に打てるものなのかな。
若干、不安になりながらも言われた通りコートに立つことにした。
「じゃあいくよー! とりあえず打ってみるだけでいいから!」
佐藤先輩がいるコートの反対側に部員が集まる。
仮入部の1年生を除くと、15人ぐらいか。
名前覚えるの大変そう。まだ入部するって決めたわけじゃないけど。
最初に打つのは嫌だったので、皆がどうするか様子を見ていたが、中々打つ順番が決まらない。
打つのをどうぞどうぞと、お互い譲り合った結果、結局私から打つことになってしまった。
傍から見たらお笑い芸人みたいなやりとりに見えたに違いない。
仕方ないと私はコートに立つ。
「いくよー!」
先輩が球出しした白いボールがポーンと山なりに飛んでくる。
ボールがワンバウンドして目の前にきたところをえいや、と心の中で言いながらとりあえず打ってみる。
パンッ、と乾いた音が響いたあと、反対側のコートにボールが飛んでいく。
ほうほう。
ラケットにボールが当たったけどあんまり打った感触がない。ボールが軟らかいとこんな感じなのね。
反対側のコート内に入ったのを確認し、次の1年生と交代する。
それから何回か交代で打ち続けていると
「じゃあ次はバックで打ってみようか!」
バックってなんだ? 多分打ち方のことだとは思うけど・・・。
どうすればいいんだろうと悩んでいると、先輩がこちら側のコートに来て打ち方を見せてくれた。
「バックの打ち方見せるから見ててねー」
部長の佐藤先輩が球出ししたボールを打ち返す。
綺麗なフォームから打ち出されたボールは、見事に反対側のコートへと入る。
なるほど。逆側で打つのね。
「これがバックだよ。じゃあやってみよー!」
ちょっと難しそうだなぁと思いつつ、ボールを見様見真似で打ってみる。
えいやっ!
あ・・・。
ボールはラケットのフレームに当たり、高く上がって反対側のコートを大きく通り越した。アウトだ。
「最初はそんなもんだから気にしない気にしない!」
ムズカシイ・・・。
これは慣れるのに時間がかかりそう。
そのあとも他の1年生と交代しながらフォアとバックを交互に打っていたが、あまりコートに入らなかった。ちょっと悔しい。
バックのあとはボレー? とかいうのをやった。
これは顔の前にラケットを構えてれば当たったので、バックよりは難しくなかった。
他の1年生はボールが飛んできたと同時に怖かったのか、ボールを避けるように逃げ出していた。
ボレー練習のあとは先輩達が試合を見せてくれた。
ラケットから打ち出されるボールのスピードがとても速い。
展開も慌ただしく、ポイントが決まる度拍手していた。
私もいつかあんな風に打てるようになりたいな。
試合が終わったあと、部長から1年生は集合してと声が掛かる。
「今日の所はここまでなんだけど、どうだったかな?」
佐藤先輩が1年生を見渡す。
「さくらちゃん、どうだった?」
他の人に聞きますようにって祈ってたけど、一番最初に質問がきてしまった。
「初めてやりましたけど楽しかったです」
当たり障りのない感想を言う。
「結構いい感じだったよ」
お世辞だろうけど、それはどうもと軽く会釈をする。
他の1年生もそんなやりとりをして解散となる。
程よい疲労感を感じ、やっぱり体動かすのはいいなぁと思いながら部室へ戻ろうとしたところで
「さくらちゃん!」
部長の佐藤先輩が声を掛けてきた。
「なんでしょうか」
「初めてにしてはいい感じだったし、また明日の仮入部も来てくれると嬉しいなー!」
ちょうど明日も行こうかなぁと思っていたところだ。
「一応、明日も参加するつもりです。よろしくお願いします」
「本当? それならすっごい嬉しい!」
満面の笑みでそう言いながらぴょんぴょん跳ねていた。
普通の返事をしただけのつもりなのに、そんなに嬉しいのかと心の中でクスっと笑っていると
「あ、笑ったところ今日初めて見た」
どうやら顔に出ていたらしい。
昔から思ってることや考えてることが、顔に出やすいと言われていたなぁ。
「さくらちゃんの笑った顔、可愛いからもっと笑った方がいいよ」
「はぁ。ありがとうございます」
可愛いねぇ・・・。自分ではそんなこと思ったことがない。
「じゃあまた明日ね! 気をつけて帰るんだよ!」
「はい。お疲れ様でした」
そう言って、部長はコートへ戻っていった。
──ガチャ
部室のドアを開けると中には誰もいなかった。
みんな帰るの早くない? まだ終わってからそんな時間経ってないよ?
どうだったとか話したりすると思ったのに。
他の1年生の名前も聞けてないけど、また明日以降聞けばいいか。
そんなことを考えながら着替えていると、急に部室のドアが勢いよく開く。
「さくらちゃん!」
「うぇっ!?」
ワイシャツのボタンを閉めてる最中に、佐藤先輩が入ってきたので、びっくりして変な声が出てしまう。
ちなみに下は下着姿のままだった。
「な、なんですか?」
恥ずかしくなり、咄嗟に下着を隠す。
「あ、着替え中にごめんね! 連絡先聞いておこうと思って!」
なんだそんなことかと思ったけど、まだ入部するって決めてないのに連絡先聞くの早くない? 他の1年生には聞かなくていいのかな?
「まぁ、別にいいですけど」
特に断る理由も見つからないので交換に応じる。
「ホントに? ありがとう!」
「あの・・・着替えてからでもいいですか?」
とりあえず、制服着させてほしい。寒いし。
「あっ! そうだね! 着替え中だったね。ごめんごめん」
「はい」
中断した着替えを再開する。
再開したんだけど・・・。
先輩がジーッと私の着替えを見つめてくる。
見せ物じゃないし、恥ずかしいからそんなまじまじと見ないでほしい。
「さくらちゃんって、やっぱりいい脚してるねぇ」
腕を組み、頷きながら佐藤先輩が言う。
さっきもそんなこと言ってたなぁ。
「ちょっと触ってみてもいい?」
ん? 触るの? 私の脚を?
「筋肉とかどんな感じかなぁって」
あぁ、筋肉か。
・・・私の脚、そんなムキムキかなぁ? 大腿筋見ても泣いてる子、黙らないと思うけど。
「まぁ、いいですけど」
少しぐらいならいいかと、右脚を少し前に出す。
「いいの? じゃあお言葉に甘えて」
そう言って佐藤先輩が脚を触ってくる。
こんな風に人に脚を触られるのは初めてだ。
先輩の指先が私の脚を這うように、だけど控えめに触ってくる。
遠慮がなくなったのか、指先だけだったのがいつの間にか手の平全体で私の脚を撫で回す。
「あの・・・」
結構長い時間触っている。
いつまで触るのかな?
というかずっとスリスリしてるけど。
くすぐったいから早く終わってほしい。
まだかなぁと、困りながら私の脚をスリスリしている先輩を見ていると
「ありがとう。 いい脚だね」
「はぁ・・・ありがとうございます・・・」
やっと終わった・・・。
とても長く感じた。
私の脚を存分に撫で回した先輩はとても満足した様子だった。
着替え終わり、連絡先を交換したあと、先輩はまた明日と言って部室を去っていった。
・・・なんか変な先輩だな。
顔立ちも綺麗でスタイル良くて、人当たり良さそうな感じと思っていたけど・・・。
実際には急に脚を触らせてと言ってくる変人だった。変人は言い過ぎかな・・・?
部室をあとにして、コートで練習中の先輩達を見ながら正門へ向かう途中、佐藤先輩が手を振ってきたので振り返した。
会釈でいいかなぁと思ったけど、手を振ったらぴょんぴょんするんじゃないかと思い手を振ってみた。
すると、笑顔で先輩がぴょんぴょんしながら手を振ってくる。うさぎみたいな先輩だな・・・。
これが私とうさぎ先輩の最初の出会いだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます