第4話  青のヤキモチ




ギクシャクするという意味は、こういう感じなのだと、瑠里はその後身を持って知ることとなった。


大好きなのに、その大好きを伝えられない。

大好きでいてくれているはずなのに、その大好きを伝えてくれなくなった。


瑠里と青の自主練も、毎回真衣が参加するお陰で尚更二人での会話が減った。


真衣は、とても才能のある選手だった。

去年の自分とは比べ物にならないほどの身体能力を持った子だ。

体は小さいが、体幹が強くバネがある。

瑠里の専門とする5000メートルより、3000メートルや1000メートルに向いているかもしれないと、イライラの中でも冷静に判断していた瑠里には、彼女を自主練から排除する理由が見つけられなかった。


一方で、夏海が確かに二人が付き合っていることを伝えてくれたはずではあったが、真衣に変化はなかった。

とにかく青にまとわり付いた。

そして、彼女の計算なのかそうでないのかは不明だが、まとわりつく理由が陸上に対しての熱意的なネタだったが故に、青もあからさまな拒絶をしなかった。

それが尚更瑠里のイライラを生んだ。


そして、瑠里は徐々に青と一緒に走らなくなってしまった。

真衣が青を追いかけるから、瑠里はむしろ離れる一方になるし、そうなると二人で自主練する意味がなくなった。



とうとうある日、瑠里は二人には黙って自主練中のサブグラウンドから先に帰ってしまった。

なんだか居場所を失った気分がたまらなく耐えられなかった。


当然、黙って姿を消した瑠里に青からメールが飛んできた。


ーー どうした?何かあったのか?


自分の部屋の机の上で青からのメールを開く。

黙って帰ればメールが来るのは予測出来たが、答えを用意して無かった。


ーー ごめん、ちょっとお腹の調子が悪くて。


嘘をついた。


ーー 大丈夫なのか?


ーー うん、もう治まった。


ーー なんで黙って帰った?


返事に困った。

居場所が無かったから……

二人が走っているのを見たくなかったから……

そんな事は言えない。


ーー お腹がピンチだったから〜ww


瑠里は笑いでごまかした。


ーー 冷えたのかもな。暖かくして寝ろよ。


気遣ってくれる言葉に、罪悪感が押し寄せる。


ーー うん、ありがとう!……それと……


ーー なんだ?


ーー 自主練……ちょっとお休みしてもいい?


瑠里は今日の帰り道、考えていたことを思い切って文字にしてみた。

顔を合わせてだと色んな感情が出てしまう気がして、メールなのがありがたかった。


ーー 理由は?


携帯を手に、瑠里は迷いながら考えていた言い訳を打ち込む。


ーー 授業の組み方がまだ決められなくて、ちょっとそっちに時間割きたいんだぁ。


青の返信に少しだけ時間が空いた。


ーー わかった。


ーー ごめんねー。


ーー 帰りはどうする?先に帰るのか?


ーー うーんと……


最近の帰り道の微妙な気まずい雰囲気も、瑠里は避けたかった。


ーー 時間が読めないから、それもお休みで!また約束出来るようになったら連絡するねー


また青からの返信に間が空いた。


ーー わかった。


ーー 出雲駅伝の予選会までもう一ヶ月だから調整、無理しないでね!


最後だけは、嘘のない言葉で締めくくったが、どんよりとした重さが心を占めた瑠里だった。




口にした以上は、それを嘘にしたくなくて、瑠里は授業の組み立てを頑張った。

新たにアスレチックトレーナーの資格を取得する為の必須科目も調べながら組み直しもした。


軽めの部活練習後の自主練を休み、家に持ち帰らず図書館に残ったりもした。


青との自主練を休んで一週間過ぎたある日、図書館を出て帰ろうと歩いていると、後ろから呼び止められた。


「 高宮!」


部活帰りの橋垣だった。

予選会前の駅伝チームはこのところ別メニューで調整をしてるから、瑠里達とは終了時間が違っていた。


瑠里が出てきた建物を見上げながら、


「 ん?図書館にいたのか?課題か何かか?」


「 例の授業組み立て!」


瑠里はちょっと苦笑いで答えた。


「 で、出来たの?」


「 うーん、あと少し。もう出来たも同然!かなー 」


橋垣は、ハハハと笑った。


「 橋垣君は、調整順調?」


「 うん!今回はバッチリだ!前みたいな気負いも無いしな。」


瑠里はニッコリ頷いたあと、ちょっと口籠もりながら尋ねた。


「 ……チームとしても順調?他のメンバーとかも…… 」


橋垣はちょっとの間、瑠里の横顔を眺めたあと


「 今回のメンバーの仕上がりはかなり良いんじゃないかなぁ?特に月城さんは群を抜いてるよ。」


その一言で瑠里の顔がパァッと輝くのを見て、橋垣はやれやれと笑った。


するとその時、瑠里の少し離れた右側を見覚えのある自転車が風を切るように追い越して行った。


青の自転車だ。

スピードを落とすことなく門の方に向かって小さくなっていく背中は、紛れもなく青だった。


瑠里は、思わず立ち止まった。


「 あれ?月城さんだったよね?」


「 ………うん。」


「 一緒に帰らなくてよかったの?いつも帰ってたよね? 」


そう、いつも一緒だった。

青が遅い時も、瑠里が待って帰っていた。

でもそれを暫くやめると言ったのは自分だ。

それでも、こんな風に一人で去られると、こんなに淋しいのだと瑠里は思い知った。


その夜、「調整は順調?頑張ってる?」という瑠里のメールに青からの返信は無かった。


心がキリキリと痛んだ。

  

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