第3話  瑠里のヤキモチ




次の日、瑠里が上級生との坂道ランからグラウンドに戻ると、走り込みを終えた青達駅伝チームと一緒になった。


すると、一年のサーキットトレーニングをしていた高木真衣が、駅伝チームの青に駆け寄って行くのが見えた。


「 月城先輩!お帰りなさいー!」


少し離れたところでその光景を見た瑠里は、目を丸くした。

陸上部の誰かが、それも女子が、青に駆け寄る光景など見たことがなかったからだ。

誰とも深く関わることを拒否している青に近づく部員は、居ない。

それこそ、青と関わっていたのは瑠里だけだった。


ただ、二人が付き合い出したことは、マネージャー神崎からあからさまにしないことを言い渡されていた。

部内の恋愛自体は禁止ではなかったが、競技に響かないように部活中は持ち込まないというのがルールだったからだ。


そもそも、二人はベタベタするようなカップルでもなかったし、練習メニューは全く別、週の二回程の自主練で一緒に走り込むのと、帰り道時間を合わせて一緒に帰るくらいのものだった。

変化があるとしたら、二人きりの時には、お互いを好きだという気持ちを隠さなくなったことだろう。



「 ねぇ!あの子……脳天気なのか、天然なのか、それともあざといのか、どれだと思う? 」


いつの間にか、夏海が横に来て瑠里に囁いた。


「 え?どれって……そんな子じゃないと思うけど…… 」


「 瑠里ちゃん、甘いよ!この前なんて、月城さんのこと青先輩〜!って呼んだらしいよ!」


「 え?そうなの?」


瑠里はちょっと驚いた。


「 さすがに月城さんも例の冷たい感じで拒否ったらしいけどねー。」


夏海の言葉にちょっとホッとする。


「 あの子、瑠里ちゃんと月城さんが付き合ってること知らないで月城さんに付きまとってるのかなぁ?言ってないの?」


瑠里はぶんぶんと首を振った。


「 言わないよ!神崎さんにも部活に持ち込むなって釘刺されてるし 」


夏海は腕組みをしながらうーんと唸った。


「 わかった、私からなんとなく伝える。私は瑠里ちゃんの友達でもあるから、それなら問題ないよね?」


瑠里はそれが正しいことなのか判断出来ずに戸惑った。


「 大丈夫!私に任せて!」


夏海は瑠里の腕に自分の腕を絡ませながら、ウィンクをして見せた。




夏海が言っていた心配の種は、次の日に実感することとなった。

いつもの約束通り、自主練をしにサブグラウンドに向かうと、青は先に走り始めていた。

それはいつもの光景だったのだが、その青の後ろをかなり遅れながら追いかけるように走る小さな姿があった。高木真衣だ。


瑠里は、階段を降りる途中でその姿に気づき、立ち止まった。

なんで……?

なんで青が彼女と走ってるの?

一緒にというよりは、真衣が青を追いかけてるような走り方ではあったが、でも、なぜ一緒に走ることを許可したんだろう?

以前は……青が自分を思い出す前は、とことん拒否られた。

一緒に走るなんて最初の頃は有り得なかった。

なぜ、真衣は許したんだろう?

瑠里の中に大きな違和感が生まれた。



「 高宮先輩!」


瑠里がサブに降り立つと、真衣がコースを外れてこちらに走って来た。


「 お先に始めてました!」


ニコニコ笑う真衣に、約束なんてしてないけどと、胸の中で呟く。


「 今日は、走り込みメニューなの?」


「 本当はサーキットと四肢歩行なんですけど、月城さんの走りが素敵すぎて、フォーム教えて欲しくておいかけちゃいました!」


「 ……そっか。で、教えて貰えた?」


真衣は、とんでもないと両手を振った。


「 思いっきり断られましたよ!でも、技術は目で盗めというじゃないですか?だから追いかけて走ってました!」


瑠里は、少し冷静に考えながら言葉を選んだ。


「 月城さんのフォームって、綺麗よね?あんな風に走りたいっていう高木さんの気持ちは私も一緒!」


「 ですよねー!」


「 だからそこ、何より体幹が必要なんだと思う。去年の私もひたすらトレーニングから始めた。特に四肢歩行とか。おそらく、まだ月城さんの体幹にはほど遠いけどねー 」


「 了解です!なら、先輩!四肢歩行見てもらってアドバイス貰えますか? 」


素直に頷いた真衣に、瑠里もニッコリ笑って頷く。

そして、目の前で四肢歩行を始めた真衣の体幹の強さにちょっと驚いた。

重心がきちんと腰に乗っているし、安定感もある。


そこへジョグを終えて水分補給に来た青が一言。


「 去年の高宮よりずっと出来てるな。」


「 ホントですか!?ホントにホントですか!?」


真衣が興奮気味に青に尋ねた。

青はボトルを流し込みながらその問いには答えなかった。

だが、真衣以上に驚いたのは、瑠里だった。


青が……人を誉めた。

少なくとも、瑠里が知っている限り、青が他人を誉めたり認めたりするのを見たことがない。

なぜか、ショックを受けた。



その日の帰り道、瑠里は無口の虫に襲われた。

モヤモヤと、小さなイライラが心を占めた。


青は、そもそも口数が少ないからいつも通りだが、瑠里が喋らなくなると会話が成り立たなくなる。

それに、なんとなくだが、青が不機嫌な気がした。


もうすぐ正門、というところまで来て、瑠里は思い切って口を開いた。

ずっと気になっていたことを確かめたかった。


「 ……一昨日さぁ、オープンテラスの横通り過ぎたよねぇ?」


すぐに返事が返って来ない。


「 ……青を見かけたんだけど、覚えてる?」


「 大学には来ていたな。」


「 目が……合ったよね?」


また少しの間を空けて


「 ……覚えてない。」


前を向いたまま、そう返ってきた。

嘘だ。確かに目が合った。


なぜかはわからないが青が、嘘をついた。

瑠里の中にもう一つ、大きな違和感が生まれた。


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