第12話 不屈

「そうだ、仲間になれ」


 近付いてきた男が言った。何を言っているのか理解できなかった。


「仲間になれば、お前とあの女を助けてやる」


 は? ふざけてんのか!? 今さら何を言ってるんだ!?


「誰がお前なんかの――」


 言葉の途中で、男に頭を踏みつけられた。地面にめり込み、周囲に亀裂が走る。


「まあ、最初は抵抗があるかもしれない。俺もそうだった」


 足をどけた男はまた話し出す。


「でもすぐ慣れる。慣れりゃ快適な職場だ。仕事はたまにしかやらされないし、覚醒者には皆敬意を払ってくれる。

 そりゃヤクザなんてろくでもねえ奴ばっかりだけどよ、そんな奴らも付き合ってみれば意外と悪くねえんだ。

 例えばこいつはシャブの売人だが、料理が上手いんだ。お菓子作りが趣味でよ、元はパティシエになるのが夢だったらしい。こっちはレ○プばっかしてるような奴だったが、愛する妻と息子がいて、毎年妻の誕生日には花束を買って帰るんだよ」


 そこらに転がっている生首や手を取りながら、懐かしむように言う。まるで善人かのように話しているが、極悪人じゃねえか。反抗的な目をすると、また踏みつけられる。


「仲間になるか?」


 返事をしないと、また踏みつけられる。それが何度も繰り返される。踏みつけられる度に身に纏った鎧が壊れていく。鍛え上げたはずの精神が脆く崩れていく。まるで惨めな昔に戻ったみたいだ。


 従属の二文字が浮かんでくる。そうだ、それでいいじゃないか。従ってしまえばいいじゃないか。別にいじめられていた頃に戻るだけだ。それで有馬が助かるなら、いいじゃないか。


「仲間になるか」


「はい」


 俺は受け入れた。


「やっと分かったか」


 微笑んだ男は熱を纏うのをやめて、目の前にしゃがんだ。


「今日から仲間だ。あーでもけじめは着けないとな」


「けじめ?」


「これだけのことをしたんだ、言うことがあるだろ?」


「……はい、仲間を何人も殺してしまい申し訳ありませんでした」


 頭を地に着けて謝罪した。


 これでいいんだ。一人なら戦って死んでもいいけど、有馬の命がかかっているんだから。有馬を助けるにはこれしかないのだから。


 ……本当にそうか?

 脳裏にいじめられていた頃のことが思い浮かんでくる。田辺に中学の時から使っていたスマホを壊された。愛着があった。でも壊された。今回だって同じじゃないのか。いつ気分が変わって有馬が殺されるか分からない。そうだ、大切なものを守るには敵を倒すしかないんだ。有馬を守るためにはこいつに勝つしかないんだ。 俺は決意した。


「よし、組長おやじに紹介してやるよ」


 男が立ち上がり、手を差し伸べてくる。その手を取り立ち上がる。と同時におもいっきり男の顔面を殴る。


「ガッ……!!」


 無警戒だった男はまともに食らい、一瞬気絶する。

 その隙に殴れるだけ殴る。


「オオオオオオオオッッ!!」


「て……めえッ……よくもッ!!」


 意識を取り戻した男にカウンターで殴られる。だが決して手は離さない。距離を取られたら終わりだ。態勢を整えられる前に倒す!


 全身全霊で殴る。男も殴り返してくる。片手は組んだまま、至近距離でノーガードで殴り合う。視界は血で滲み、意識は朦朧としてくる。もはや痛みを感じなくなり、体の感覚もなくなる。立っているかどうかも分からない。それでも無我夢中で男の腕を握り締め、殴り続ける。


 どれほど殴り合っていたのか。気づけば二人とも仰向けに倒れていた。生きているのも不思議なくらい血を垂れ流している。力も入らない。血と共に流れ出たかのようだ。


 だがまだやることがある。瀕死の体に鞭を打ち、立ち上がる。


「チッ、不死身かよ」


 男が視線だけこちらに向けて悪態をつく。たしかに生きているのが不思議なくらいだ。覚醒して超人的な身体能力を手に入れたのかと思っていたが、それだけじゃないのかもしれない。毎日体を傷つけながら鍛練をしてきた。それに耐えるために、超回復的な力も手に入れたのかもしれない。それがなければ勝てなかっただろう。よかった。


「……俺にも違う道があったのかね」


 男は諦念したように呟く。もしかしたらこの男にも何か事情があったのかもしれない。例えば俺みたいな状況になってヤクザにならざるをえなかったとか。まあ、だから何だという話だ。俺には関係ない。それよりも聞くことがある。


「お前らの拠点はどこだ?」


「――――だ」


 男は意外にも素直に答えた。全てを受け入れたような表情で目をつぶっている。


「そうか」


 俺は男の首を手刀で跳ねた。


 それから満身創痍の体を引きずりながらヤクザの本拠地に向かい、全滅させた。そして全身大火傷に大量出血で倒れ込む。死ぬのかもしれない。でも負けなかった。有馬は守れた。悔いはない。

 目を閉じた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る