第11話 覚醒者

 入り口から大きな音がして、振り向く。


「チッ、嫌な予感して来てみれば……」


 男が立っていた。ワインレッドのスーツを着た長身金髪の男。一目見てヤバイと分かる。俺がここに来た時と同じような着地音だった。最低でも俺と同じ強さということだ。思わず息を飲む。


「何が起こってるの……?」


 目隠しを取った有馬は、あたりに散らばる無数の死体を目にして、声にならない悲鳴を上げる。


「これは……奈佐君が、やったの?」


 声を震わしながら尋ねる。幾度も目にしてきた、化物を見るような目だ。有馬にだけはこんな目で見られたくなかった。ずっと笑顔だけを向けられていたかった。でも今さらごまかすことはできない。


「そうだ。引いたか?」


「……」


 有馬は返事をしない。初めて会った時のように引かないよとは言ってくれない。


「お前らがやったのか?」


 スーツの男が聞いてくる。


「俺がやった」


「そうか、二人とも地獄で仲間の下僕として働かせてやるよ」


 自分たちのことを棚に上げてキレた男は手を振り上げる。その手に火が纏われる。それに俺たちが驚くのと同時に、手刀が水平に振られ、三日月形の火の塊が高速で飛んでくる。


 咄嗟に有馬の頭を押さえてしゃがむ。ウッ、と有馬が呻いた。二人の髪を掠めた火の斬擊は、そのまま倉庫の壁にぶつかり、水平に細長い穴を空けた。


 間一髪だった。有馬が地面にぶつけた顔を押さえている。すまん。つい乱暴になってしまった。だが食らえばひとたまりもない。それに予想できなかった。まさか火を放つなんて。どうやって火を出してるんだ!?


 俺の驚き顔が間抜けだったのだろう、火を放った男は鼻で笑う。


「自分以外の覚醒者は初めてか?」


「覚醒者?」


「そう、人は適応する生き物だ。例えば拷問を受けた時、炎に包まれた時、99%の人間は壊れる。だが残り1%は適応し、進化する。そういう人間の限界を越えた奴はヤクザを30人殺せる力を手に入れたり、火を出せるようになる。こういう風にな!」


 男の10本の指先に火の玉が作られる。まさか!?と思った通り、銃弾のような速さで発射された。


「くそっ!」


 有馬を抱えて横に飛び退く。横を掠めた火の玉は地面や壁にぶつかり大爆発を起こす。さらにそれで終わらず、男は火の玉を次々とガトリングのように放ってくる。威力は大砲並み。仲間の死体も構わず撃つから、あちこちに肉塊が飛び散る。まるで戦場のようだ。


 くそ、有馬を抱えたままじゃ攻撃に転じられない。これじゃジリ貧だ。いつまで躱せるか分からないし、着地の衝撃や爆発の音や熱だけでも有馬には負担になる。


 ……仕方ない。180度方向転換して、走り出す。火の玉を掻い潜りながら元いた方へと走る。そして爆発で空いた穴に向かって有馬を放り投げる。


「えっ、キャアアッ!」


 有馬は地面にぶつかって二回三回と転がり、腕や足に擦り傷を作った。手荒だが、これしか道がない。有馬を抱えたままじゃ勝てないし、あの男が二人で逃げるのを見逃してくれるとも思えない。


「逃げろ!」


「え、でもっ」


 わずかな会話の間にも男は火の玉を連射してくる。それが有馬にぶつからないように、俺は体を大きく広げて、背中で受け止める。無数の火の玉が背に当たり大爆発を起こす。灼熱に焼かれ、思わず意識が飛びそうになる。


 だが、なんとか足を踏ん張って、倒れずにその場にとどまる。服は焦げ、頭や腕、背中は焼けただれ、血が滴る。


「足手まといだ」


「――ッ」


 ひどい言い様だが、有馬は分かってくれたようだ。


「ごめん……!」


 擦り傷の痛々しい足で走り出した。骨折とかはしていないようだ。よかった。


「いくら逃がしても、お前が負けたら意味ないがな」


「負ける気なんかサラサラねえよ」


 額にへばりついた髪を滴る血ごと掻き上げ、オールバックに固める。

 そして構えた俺は一瞬で男の懐まで距離を詰め、正拳突きを放つ。しかし、


「残念」


 軽く弾かれる。


「近接の方が得意だ」


 逆に回し蹴りを食らい吹っ飛ぶ。

 ッ!弾かれた右腕と回し蹴りを受けた左腕に痛みが走る。見てみれば火傷したように赤くなっていた。どういうことだ、と男の方へ目をやれば、男の体は赤く火照り、蒸気が立ち上っていた。


 男の姿が陽炎の揺らめくように消えた。と思ったら目の前に現れる。一瞬だった。早いッ。 驚いている間に拳が振られ、俺の顔面に熱波と共にめり込む。そして吹っ飛ばされる。今度は顔が熱湯をかけられたみたいに痛む。


 そういうことか。熱はエネルギーだ。奴は熱を使って身体能力を強化してやがる。炎を操れるなら熱を操れてもおかしくない。


 考えている間に男が距離を詰めてきて、次々に殴打を加えてくる。目にも止まらぬ速さだが、なんとか空手の型で受ける。だが、その度に受けた箇所が熱で爛れ、血が出る。骨が軋む。熱と衝撃で激痛が走る。


 だが、これくらいで怯む俺じゃない。足が血だらけになっても、全身の骨と筋肉が痛んでも鍛練してきたんだ。痛みでは止まらない。それにいくら相手の方が早くて強くてもやりようはある。空手は攻防一体なのだから。


 迫る男の拳を左腕の中段外受けで弾くと同時に右手の一本拳を放つ。攻撃のタイミングという最も隙のあるタイミングで繰り出した拳は男の脇腹に突き刺さる。かと思われた瞬間、男の左手が素早く動き、腕を掴まれた。灼熱の指がめり込む。熱で熔けるのではと思うほどの痛みが骨の髄まで走る。思わず呻く。


 さらにそこに畳み掛けるようにラッシュが加えられる。無数の拳が顔や胴に突き刺さる。それはまるで灼熱の嵐のよう。


 どれほど殴られたか分からない。俺の意識が朦朧としてきた頃、男は必要のない跳躍をすると、一回転して回し蹴りを放った。燃える足がみぞおちに突き刺さり、倉庫の壁に叩きつけられる。


 前のめりに倒れた俺は両手を着いて、血反吐を吐く。立ち上がろうと思っても立ち上がれない。


 力も速さもあいつが上だ。技も通じない。おまけに炎もある。勝てない。 どうすればいい? 勝てなきゃ有馬を守れない。どうすればいい!?


 思案にくれている間に男が近づいてきた。

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