第10話 皆殺し

 バイトへ向かう途中、人相の悪い奴に立ち塞がられた。ニヤニヤ笑っている。気持ち悪い奴だ。無視して行こうとすると呼び止められた。


「久しぶりだなあ」


「誰だ?」


 ああ、田辺か。片手の小指が欠けているのを見て思い出した。高校の時俺をいじめていた奴だ。今さら何の用だか。


「そんな態度とっていいのか? これを見てみろよ」


 田辺はスマホを突きつけてきた。画面には有馬が椅子に縛りつけられている写真が写っていた。目隠しをされ、口の端には叩かれたような赤い跡があった。


 てめえ……! 瞬間的に怒りが沸き起こった。この屑共と自分に対して。俺はなんでこいつを殺さなかった!? 子供だったから手加減したのか!? だがこいつらは反省しない。何度だって繰り返す。割りを食うのは善人だ。今すぐにでも殺してやりたい。


「おっと、暴力は振るうなよ。この子の居場所が分からなくなるぜ」


「黙れ」


 得意気に語るゴミを蹴り飛ばす。


「てめえ話聞いてたのか!?」


 尻餅を着き、腹を押さえながらも叫ぶ。


「黙れ。今すぐ有馬の居場所を教えろ。でないとまた指ちぎるぞ」


 ゴミのそばに腰を落とし、小指の欠けた左手の薬指を握る。


「どっちが立場上か分かってねえのか、てめえ!!」


 青筋を立てて至近距離で唾を飛ばしてくる。だがそんな答えは求めていない。俺が求めているのは有馬の居場所だけだ。さっさと話せ屑野郎。


 怒りを込めて薬指を引きちぎる。ゴミは汚い呻き声を上げうずくまる。その顔を、髪を引っつかんで無理矢理持ち上げる。


「何本ちぎってほしい?」


「待て! 待て……! 言う! 言うから! あっちの空き倉庫だ!」


 田辺は情けない声を張り上げる。汗を滝のように垂らし、醜く歪む顔は間抜けそのもの。嘘はついていないようだ。


「そうか、分かった」


 田辺の指を全て引きちぎる。


「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア!!!」


 耳障りな叫び声が辺りに響く。


 よく分かった。ゴミは処分しないといけないと。皆殺しだ。


 8本の指を上に放ると同時に、田辺の頭を踏み潰す。周囲を血飛沫が覆った。



 倉庫街の一画に轟音と共に着地する。扉の開いた空き倉庫の中には椅子に縛り付けられ目隠しをされた有馬と30人ほどの輩がいた。内2人は見覚えがある。田辺の金魚のフンのデブと坊主だ。


 他の輩は大半はヤンキーや半グレだが、4人は明らかに堅気じゃなかった。身につけたスーツの裾の隙間から刺青が見え隠れしていた。


「誰だお前?」


 こちらに気付いた下っ端の1人が尋ねてくる。


「ああ、こいつの彼氏か?」


 無視して歩を進める。


「待て、近づくな。殺すぞ」


 椅子に座っているリーダーらしきオールバックのおっさんが手で制し、子分のヤンキーが有馬のこめかみに銃を突きつける。


 有馬の肩がビクッと跳ねたのが分かる。体は小刻みに震えている。今有馬はどれだけ怖い思いをしているのか。こいつらは絶対生かしておいちゃいけない。


 歩みを止め、足を開いて腰を落とす。左手を前に突き出して照準を合わせ、右手を引き絞る。


空手からてが何で空手からてって言われるか知ってるか?」


「あ?」


 ”空手拳くうしゅけん


 憎しみを込めて正拳突きを放つ。拳によって圧縮された空気が弾き出され、銃を持ったヤンキーの頭が吹き飛ぶ。さながらライフルで撃たれたかのように顔の上半分が木っ端微塵に弾ける。味方の頭が爆散するという突然の悲惨な出来事にヤクザ共は呆然としていたが、味方の死体が床に落ちた音で我に返る。


「殺せ!」


 瞬時に臨戦態勢に入ったヤクザ共は一斉に銃を取り出して打つ。雨のような弾幕。それを空手の受けの技を駆使して、拳や腕で全て弾く。一瞬の攻防。俺が無傷だったことにヤクザ共は言葉を失う。


 その間抜け面を晒すヤクザのリーダーの目の前まで一歩で瞬時に距離を詰める。そして正拳突き。座っていたヤクザの頭が四散する。


 飛び散った肉片が顔にぶつかったことで、横にいたヤンキーはヤクザが死んだこと、俺が間近に来ていたことに気付き、恐怖を打ち消すように叫びながら銃を向けてくる。


 だが撃たせる間を与えることなく、肘鉄をみぞおちに打ち込む。衝撃で肉と背骨が飛び散る。


 さらに近くの奴の顔を裏拳で殴り付ける。ア○パンマンみたいに顔が飛ぶ。


 逃げる間も与えない。周囲を囲う輩共を貫手、孤拳、手刀、上段蹴り、前蹴り、回し蹴り、後ろ蹴り、次々と技を繰り出して殺していく。頭が弾け、首が飛び、胸に穴が空き、腹から臓物が飛び出る。


「ま、待て! こいつを殺すぞ!」


 脅してくる奴を手刀によって作ったかまいたちで切り裂く。


 10分にもみたない時間だった。あたりに30人の死体が転がる。散らばった首や腸や手足からだくだくと血が流れるさまは、まるで血の池地獄のようだ。


 ウプッ。オエーッ。


 思わず嘔吐する。臭え! さすがに30人は臭すぎる。耐えられなかった。


 いや、こんなことをしている場合じゃない。俺が吐くくらいなんだから有馬も臭いはずだ。早くこの場から移動しなきゃ。急いで有馬の元に駆け寄る。


 有馬は震えながら、見えない目で突然静かになった周囲をキョロキョロ見回していた。安心させるために、なるべく落ち着いた声で語りかける。


「もう大丈夫だ」


「奈佐君!? どうして……」


「後で説明する。まずこの場を離れよう」


 椅子に後ろ手に縛られている有馬の縄をほどいていく。


「目隠しはいいって言うまで外さないでくれ」


「ど、どうして?」


 声が震えている。何が起きたか薄々察しているのだろう。だがそれでもこの凄惨な光景を見せるわけにはいかない。確証がなければ、それが逃げ道になり、有馬が追い詰められずに済む。


「それもあとで説明する」


 縄をほどいて有馬を立たせる。ちょうどその時、入り口から大きな音がした。俺がここにやってきた時と同じ音だった。





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