第9話 もっと知りたい

「いい加減にしてください。被害者もいないのにいつまでも。名誉毀損ですよ。どう責任取るんですか!? え!?」


「ッ……」


 サラリーマンの男に責められ言葉に詰まる。なんでアタシが痴漢した奴に文句を言われないといけないんだ。周りは誰も助けてくれないし。


 泣きそうになっていると、横から救いの手が伸びてきた。


「おい、歯食いしばれ」


 その手は男の肩を掴み、もう一方の手で顔面を殴り飛ばした。


「ぼへらっ!!」


 男は吹っ飛んで連結部分の扉に突き刺さる。人が飛ぶところを初めて見た。周りの乗客と同じように口を開けてポカーンとする。


 我に返ると、すでに助けてくれた男の人はいなくなっていた。急いで電車を降りて追いかける。


 すぐに見つかった。あんまり離れてなかったし、その人はTシャツにパンツを合わせただけのかなりシンプルな格好だったから。それに背が特別高いわけではないけど、かなり鍛えられている、そのたくましい体つきは遠目でも目につく。


「あの、ありがとう!」


 追いついて、その背中に礼を言う。


「どういたしまして」


 振り返った男は花の香りのように柔らかい笑みを浮かべた。けれどすぐに標準装備らしき仏頂面に戻ると、じゃあな、と軽く手を振って歩き出した。


「待って! お礼させて!」


 この場限りで終わってしまうのは寂しいと思って、咄嗟に呼び止める。


 好きになったわけじゃない。でもあんな風に助けてくれたから第一印象はよかった。だから知りたくなった。強くて正義感がある。ぶっきらぼうだけど優しい。その印象は本当なんだろうか。他にどんな一面があるんだろうか。もっと彼の人となりを知りたくなった。


「当たり前のことしただけだ、必要ねえよ」


「いや、ぜひ!」


「わかった、頼む」


 結構強引に誘ったけど、彼は嫌な顔せずOKしてくれた。そしてサ○ゼリヤに行くことになった。


 サ○ゼリヤに着いた。彼の名前は奈佐将誠というらしい。彼にぴったりだと思った。


「どんどん頼んで!」


 と言うと本当にどんどん頼んだ。テーブルにドリアやパスタやピザがやってくる。目を輝かせた奈佐君は子供みたいにバクバク食べていく。こんな一面があるとは知らなかった。かわいい。母性本能をくすぐられてむずむずした。


 それからアタシはいくつも質問した。年は一個上らしい。


「俺昨日まで刑務所入ってたから」


 そう聞いた時はびっくりした。でも不思議と嫌悪感みたいなのはなかった。


 犯罪者だったと聞いて驚いたけど納得した。どこか影があったから。


「引いた?」


「引かないよ、何か事情あったんでしょ。奈佐君いい人だって知ってるし」


 自然と口をついて出ていた。会ったばっかりなのに。でも確信していた。奈佐君はいい人だって。


 紙ナプキンに連絡先を書いて渡した。出所したばかりで働き先も見つかってないってことだったから、何か困ることがあるだろうと思って渡した。それは純粋な善意からだったけど、少しだけ下心もあった。今日だけで終わってしまうのは寂しい気がして、もっと関係を続けたいと思って渡した。


 でもかかってこないかもしれないと思ってたから、部屋が隣だった時は驚いた。まさか隣の部屋に住むことになったなんて、そんな偶然があるとは。嬉しかった。


 咄嗟にスイーツを食べるのに誘った。我ながらいいアイデアだったと思う。ちょうどスイーツを買ってきていてよかった。


 奈佐君の部屋には何もなかったので、自宅からテーブルを持ってきて、その上にスイーツを並べていって、食べ始める。


「てかホント助かったよ! アタシコンビニのスイーツが好きで、将来スイーツ開発したいなって思ってて研究してるんだけどさ、一人でこんだけ食ったら太るじゃん。だから一緒に食べてくれるの助かる! ありがと!」


 アタシが言ったら、奈佐君は意外そうな顔になった。失礼な! アタシのことをなんだと思ってたんだ!

 まあ別にいいけど。


「だって奈佐君もアタシのこと好きになったでしょ?」


 冗談を言うと、目を逸らされた。男慣れしていると思われてしまった。でもちょっと顔赤くしてるし悪い印象は受けてなさそうだ。このまま乗っかっちゃおう。カフェ巡りの約束を取り付け、去り際に、


「デート楽しみにしててね」


 あざとく言った。ちょっと恥ずかしかったけど、奈佐君が照れてるのでよしとしよう。顔をパタパタ手で扇ぎながら隣の部屋に帰った。


 カフェ巡りの日。へそ出しコーデで部屋の前で待っていると、奈佐君が出てきた。


「よっす!」


 明るく挨拶する。でも内心ちょっと緊張していた。この服気合い入れすぎちゃったかな。かわいいって言ってくれるかな。


「おう、行こうぜ……」


 奈佐君は首に手をやりながら素っ気なく言うと、先に歩き出してしまった。かわいいとは言ってくれなかった。デートでは女の子を褒めるのが鉄則なのに!


 でも顔赤くして目を逸らしてた。明らかにかわいいって思ってた。だからよし!


「うん!」


 ご機嫌に返事をして、弾むような足取りで追いかけた。


 その日以降も何度かカフェ巡りをしたり、コンビニスイーツ品評会をしたりした。映画を見たり、料理を作ってあげたりもした。


 今日もカフェに食べに行って別れたばっかだ。何度もデートしてるし、これは奈佐君もアタシのこと好きなのではないだろうか!? 笑みが出る。


 でも奈佐君から誘ってくれたことはないんだよなー。いやでも好きでもない子とこんなに遊び行ったりしないよね。奥手なのかな? じゃあもうアタシから告白しちゃう? そしたら付き合って下の名前で呼びあったり! 手繋いだり! 旅行行ったり! ウフフフフ! 思わず笑みがこぼれる。


 そうしてニヤニヤと笑っていると急に口を塞がれた。え!? 何!? 笑い声が気持ち悪くて塞がれた!? そんなわけの分からないことを考えている内に意識を失った。




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