第6話 少年刑務所
少年刑務所は白くて四角い無機質な建物だった。頭を刈られ、くすんだ白い制服に着替えさせられ、イメージ通りの受刑者になると、独房に入れられた。意外にも独房にはテレビが付いていた。刑務所生活は案外快適そうだ。
少年刑務所には未成年の受刑者が7人いた。意外にも半数はどこにでもいる普通の青年だった。中には虫も殺せないほど気弱そうな青年もいた。もちろんそうじゃない奴もいる。見るからにヤンキーな奴が3人いた。デブ、ピアス跡たくさんチビ、彼女の名前タトゥー彫りマヌケイケメンだ。腕に由奈♡と彫ってある。
この広い刑務所に7人は少ないと思ったが、成人受刑者は100人ほどいるらしい。未成年とは一緒にならないようになっていて、未成年受刑者は専用の舎房に隣接する場所で刑務作業や勉強をし、運動や風呂は時間をずらして行われるようだ。
初日午前の刑務作業を終え食堂で昼食を取る。一汁三菜のバランスのとれた献立だ。悪くない。俺の好きな唐揚げもある。悪くない。
わずかに口角を上げていると、スッと箸が伸びてきて、俺の唐揚げを挟んだ。目の前に座るデブが飯を奪ってきたのだ。さも当然という顔で唐揚げを! 俺の大好物の唐揚げを! 絶対に許さない!
デブの腕を捕まえる。
「あ? 新入りは譲るのがルールだろが」
デブが三白眼で睨んでくる。知ったことか。
「これは俺のだ」
睨み返しながら、腕が折れるくらい握ると、ミシミシと骨が軋む。デブは呻き声を上げ、箸を落とす。
「悪かった! 悪かった! もうしない!」
謝ってきたので腕を離す。
「もうすんなよ」
「あ、ああ」
デブは腕をさすっていたが、やがて痛みが引くと箸を取り直し、俺の横にいた気弱そうな奴の唐揚げに伸ばした。
「馬鹿かお前は?」
もう一度デブの腕を握る。俺とのやり取りは何だったんだ? アホなのか?
「何すんだ!? お前のは取ってねえだろ!?」
何で腕を掴まれているのか全く心当たりがないかのような言い方だ。アホ確定だ。
「誰のやつも取ったらダメに決まってんだろ!?」
「わかった! わかったから!」
デブが情けない声を出すので手を離してやる。
「大丈夫か?」
「……ありがとう……」
横の気弱に声を掛けると、蚊のような声で答えた。
昼食を終え午後の刑務作業が始まった。
「お前は何をやらかしたんだ?」
隣の気弱に聞く。こんな気弱そうな奴が何で捕まったのか不思議だった。
「え、そ、それは……」
気弱は明らかに動揺して、目線をあっちこっちに移動させたが、やがて口を開いた。
「殺人です。母を殺しました」
信じられなかった。
「お前が?」
「はい。母はとても優しい人でした。父の暴力からいつも守ってくれました。でも僕は何もしなかった。父に殴られている母を見ているだけでした」
気弱は語りだした。
『何でやってないんだ!』
『やめて、やめてッ……!』
『お前が悪いんだろ!? 働いてないんだから、家のことくらいちゃんとしろよ!』
「父は何か気に食わないことがあるとすぐ僕や母の髪を掴んだり、殴ったりしました。その日も父は母を土下座させて、腹を蹴り上げていました。
やがて気が収まったのか出かけて行きました。僕は急いで母に駆け寄ります。でもいつもと様子が違いました。ぐったりしていて動きません。呼び掛けても返事をしません。
救急車を呼ばないととスマホを手に取りましたが、そこで父の顔が浮かびました。勝手に呼んだら殴られるのではと。そんなことより母の命の方が大切なのに、僕はパニックになってオロオロするだけでした。そうしている内に父が帰ってきました」
『何も片付いてないじゃないか。いつまで寝てるんだ』
「母を起こそうとしますが、起きません」
『おい、これ、お前救急車は?……おい、何で呼んでねえんだ! お前バカか!?』
「救急車を呼んでない僕を責めます」
『お前が殺したんだからな! お前が!』
「父が救急車を呼びました。やがて警察も来て僕を連行していきました。実際僕が殺したようなものです』
語り終えた気弱は唇を噛み締め、顔をクシャッとさせている。
少年犯罪は一月くらいで判決が出されるから、ろくに捜査されないままこいつが捕まったのだろう。だが。
「そうだな、お前が悪いな。お前が殺したようなもんだ」
悲劇のヒロインぶっている気弱に同意した。
こいつは母を助けようと思えばいくらでも助けられた。でもしなかった。俺へのいじめを見て見ぬふりしていた傍観者共といっしょだ。はあ、助けて損した。ため息を吐く。
でも意外なことに傍観者共ほどムカついてはいない。こいつも悪いけど、もっと悪い奴がいるからだろう。
「復讐しないのか?」
「復讐?」
「父親に復讐」
「されるべきは僕です」
「たしかにお前も悪いけど、父親も悪いだろ。ほっといていいのか?」
「今さら復讐しても、母は帰ってきません」
「でも喜ぶかもしれないだろ。自分を殺した男が殺されたら。そうしたらお前も許してもらえるかもな」
ここまで説得するのは別に気弱のことを気にしているわけじゃない。ただ人を殺したクズが野放しになっているのが許せないだけだ。
「……」
迷っているようだ。あと一押し。
「代わりに殺してやろうか?」
「え?」
驚いた顔をする。
「そんなのダメですよ」
人殺しを頼むのは気が引けるのだろう。
「気にするな、三人が四人になるだけだ。変わらねえよ」
「……じゃあ」
気弱の震える口から漏れた。
「ああ、任せろ」
拳で気弱の胸を軽く叩いた。
それから刑務作業を黙々とこなした。人を殺すようなクズの人生など短ければ短いほどいい。そうするためには早く刑務所を出なければならない。最短で出られるのは一年半後の仮出所だ。そのためにはトラブルを起こさず優等生にならなければならない。黙々と椅子を組み立てた。
だが翌日。
「もうすぐ出所だなあ。出たら何する?」
「そりゃ、まず女だろ。ああ、犯してえなあ」
ピアス野郎とデブの会話が聞こえた。
「反省してねえじゃねえか!」
作業机を飛び越えてデブの顔面を蹴り飛ばす。銃で撃たれたみたいに頭が弾け、デブはマネキンのように崩れ落ちる。
「何やってるんだ!! 取り押さえろ!! 救急車だ!! 救急車!!」
4人の刑務官が駆け付けてきて、必死の形相で俺を床に押さえつける。また別の刑務官は救急車を呼びに走る。
4人くらいわけなく払えるが、別に刑務官に恨みがあるわけじゃないので、大人しくする。床にはデブの血が流れ、受刑者は皆俺を恐怖のこもった目で見ていた。
「何てことをしたんだ!! やっていいことと悪いことがあるだろ!! 反省しろ!!」
腕を掴まれ後ろに回されて連行された俺は、独房に乱暴に押し込まれた。
そしてまた裁判を受け、刑を追加されて戻ってきた。
「悪りぃな、延びちまった」
刑務作業をしながら気弱に謝る。
「謝らなくていいですよ。むしろ勇気をもらいました。迷いなく人を殺す奈佐君を見ていると、僕の悩みなんかちっぽけに思えました。父は自分で殺します」
気弱は吹っ切れたような顔をしていた。
「そうか、頑張れよ」
ニヤリと笑った。
そして気弱の仮出所の日。
「ここで待ってるぞ」
「はい、すぐに帰ってきます」
拳と拳を合わせた。
それから一月後。気弱が刑務所に帰ってきた。
「
「はい、
固く握手した。刑務所の中でたしかな友情を感じた。
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